七夜
その幼い眼は何時も見つめていた。
ニュクスが過ごす日々は守られている。本来ならば、咎められる筈の事であるがアトラスは咎められなかった。
アトラスはニュクスの事をエリシオンの中だけで済むように手配した。それは、優しさでは無い。ニュクスにも分かっていた。だが、彼女は止めない。
アトラスは膝に座らせた娘を見た。妻に似た面差し。彼と似た所は皆無だ。
エリシオンで異質な赤い髪はまだ短い。だが、娘が髪を切る事は無いだろう。長い髪は淑女の証だ。
膝に座るエリテュイアは静かだった。子供の様にはしゃぐ事もせず、ただ何も言わずにそこに居る。
「アトラス様」
親子の時間を過ごしていたアトラスを呼ぶ声に彼は溜息を吐く。子供らしく遊ぶ事の無い娘だが、父親にとってその時間は大切な一時なのだ。それを妨害されたアトラスはただでさえ少ない時間が更に短くなった事を悲しんだ。
アトラスは声を掛けた従者に目を向ける。その視線は流石としか言い様の無い鋭さを持っていた。
「何だ?」
「・・・やはり動きがありました」
「そうか・・・」
不仲だという事はどんなに隠そうと伝わってしまう。苛立ちを滲ませるアトラス。そんな彼を娘は心配そうに見上げる。
親子の様子に従者は顔を歪めた。こんなにも優しい娘を置いて、母親は何をやっているのだろうか。従者は溜息を堪える。主人の前で、幼気な少女の前で、彼らの妻であり母である存在に嘆いてはいけないと思ったからだ。それを許されるのは、本人である彼らだけだと。
「直ぐに会議を開く」
「承知致しました」
エリテュイアがアトラスの膝から降りる。離れてしまった温もりを惜しみつつ、アトラスは彼女の頭を撫でると足早に会議を開く大広間に向かう。
会議が終わるとアトラスは大きく息を吐き出した。芳しくない結果に終わった会議は明日も開かれる事となった。
後僅かで日が沈む。外を見れば、完全な夜が迫っていた。今は少しだけ見える日の色も直ぐに消えるだろう。そうすれば、ニュクスの時間が始まるのだ。
彼女は今日も屋敷を抜け出すだろう。もしかしたら、もう居ないかもしれない。アトラスは溜息を吐いた。
確かに、ニュクスの姿は屋敷には無かったのだ。
ニュクスは日暮れを眺める。輝く太陽が消えたら、彼女の時間になる。夜は彼女が彼女でいられる時間だった。
それは自由という甘えだけれども、それは確かに彼女を慰めたのだ。
「ふふ・・・」
彼女は進む。
その先にあるのは、幸福か・・・破滅か。彼女にはどうでもよかった。ただ、欲しかったのだ。
こちらに向かってくる情夫にニュクスは駆け寄る。そんな彼女は、少女だった。