五夜
ニュクスは最悪な場面を生み出した。
彼女がした行為は許される物では無かったが、アトラスは温情を与える事にした。
それは彼なりの罪滅ぼしだろうか。尤も、ニュクスには意味の無い物だったが。そう・・・意味など無かったのだ。
彼女にとって、優しさは偽りとなっている。そんな物は無意味だったのだ。しかし、周囲は気付く事が出来ないだろう。何故なら、理解への道は既に閉ざされたのだから。
そして、彼女自身も理解を求めなかった。分かり合う事に価値を見出せなかったのだ。
彼女はただ笑う。
笑って、笑って・・・壊れていく。崩壊は止まらない。
「こんなに美しい赤子は初めて見ましたわ」
ニュクスの耳に入った声。声の女性をニュクスは見た。柔らかに微笑むアイギーナが居る。
「・・・美しい?その娘が?」
有り得ないと口外に言うニュクスにアイギーナは笑い掛ける。そして、侍女が抱くエリテュイアに目を向けた。そこに有るのは、実の母親よりも母親らしい優しい温もり。
「ニュクス様、宜しいですか?この娘は貴女とアトラスの子供。美しくない訳がありませんわ。私の息子等、及ばぬ美貌。エリシオンの宝玉はこのエリテュイア様」
「・・・・・・」
「そうであるのに・・・母君であるニュクス様はご理解なさらない」
まるで、我が子を自慢している様だと感じた。確かに、ニュクスは娘を可愛がる事など無かった。しかし、だからと言って他の女に母親面される筋合いは無いのだ。だが、ふと思う。
「そんなにこの娘を美しいと思うならば・・・貴女が母になられたら?」
冷たい声で紡がれるのは、酷い提案。結局はニュクスが母親になる事は無いのだ。母となる事さえ放棄してしまったのだから。
それは罪なのだろうか?
ニュクスは娘を残して立ち去った。
「・・・・・・やはり、無理でしょうか」
アイギーナの呟きに侍女は眉を寄せる。侍女の腕の中に居る赤子を見たアイギーナは溜息を吐く。
「こんなに・・・お美しいのは、貴方の血を引くからでしょうに」
残念そうな声は望む人の耳には入らなかった。
ニュクスはある日、聞いてしまった。その言葉を。
「ニュクス様も困ったもの」
「せめて、もう少し優しければな」
「笑いもしない」
「我が子を可愛がりもしない」
「酷い女だ」
ニュクスは目を閉じた。そして、再び開いた目には炎が宿っている。その炎は暗い。
炎は話していた者達が離れると直ぐに鎮まる。だが、一度宿った炎は燻り続ける。
ニュクスの顔は笑みを浮かべていた。