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楽園夜話  作者: 如月瑠宮
本編
1/11

壱夜

 私は、自分が美しい事を知っている。

 だって、私の為にお父様は美しい物を集めるのだもの。

 父・エレボスは美しい娘を更に磨くのに、何も惜しまなかった。


 私は、自分が美しいと・・・父の道具である事を知っている。




「ニュクス」

 父の呼び声に振り向く。私とは違う赤い髪が目に入る。父の燃える様な赤は私にとっては恐怖の対象だった。

「お前の嫁ぎ先が決まった」

 ニュクスは父の言葉に目を伏せた。返事はしない。エレボスは自分本位な人間だ。

 今だって、そうなのだ。勝手に決める。

「・・・お父様、私は既に結婚しております」

 ニュクスは事実を無感情に伝えた。彼女は確かに一年程前に結婚している。同じ一族の男性と。

 彼女の言葉を聞いたエレボスは鼻で笑う。

「あんな男、お前の相手には相応しくなかった。次の相手は相応しいぞ。心して、用意しておれ」

「・・・分かりました」

 ニュクスは落胆した。エレボスは娘さえ顧みない。何時だってそうだったのだ。彼女は自嘲する。

 父の立ち去る後ろ姿をニュクスは見送る。そして、エレボスの姿が見えなくなった時、彼女は嗤い声を上げた。

「私の事など考えてはくれないのですね。お父様・・・私は、愛しておりました。優しい夫を」

 届かないだろう想い。ニュクスの頬に一筋の涙が伝う。

 涙を流している事に彼女は気付かなかった。

 ただ、静かに涙は零れる。彼女の心を置き去りにして。


 用意されていく物はどれも美しかった。しかし、どれもニュクスの心を弾ませはしない。美しいだけの物達をニュクスは嗤う。

 その中に、自身が含まれている事は分かっている。だからこそ、抑えられなかった。

「私は・・・道具。お父様の道具」

 彼女の嗤い声を聞いた侍女や奴隷達が怯える。そんな周りの様子さえ、ニュクスは嗤う。

 本当はもっと大きな声で嗤いたかった。


 真っ白な花嫁衣装を身に纏うのは二度目だ。一度目は愛した人の許へ。そして、二度目の今は決められた相手の許に。

 ニュクスは美しく整えられた自身を滑稽だと思う。人形にしかなれない自分がどこまでも、愚かで悲しかった。

「・・・・・・」

 せめて、夫となる存在は違っていて欲しい。彼女はただそれだけを願った。

「ニュクス様」

 彼女は呼びに来た侍女に目を向ける。侍女はその美しさに息を飲んだ。

 赤い髪は完璧に結い上げられ、緑の宝石で彩られている。白い肌は丁寧に手入れされてきた事が窺えた。

 美しい花嫁を侍女は主となった若い青年の許へ案内する。

 ニュクスは案内された先に居た青年を見た。その姿を見た瞬間になる程と思う。父が好みそうな青年だったのだ。前の夫は優しい人で、一族の中でも弱そうな外見だった。彼女はそんな彼の優しさが好きだったのだが、エレボスは好まない。

 目の前に居るのは、屈強な青年・アトラス。父親はエリシオンに智将として君臨していたのだ。将来が期待出来る。

 ・・・本当に父が好みそうだ。ニュクスは真っ直ぐにアトラスを見つめながら今後を考える。父が好むからと言って、自分まで好む訳では無い。

「・・・・・・」

 どう声を掛けるべきなのか、ニュクスは迷う。いや、ここは声を掛けられるまで待つべきだろうか。そんな風に考える間も、彼女は視線をアトラスに向けていた。

 ニュクスの視線にアトラスは戸惑う。彼にとって、この結婚にあるのは財を得るという価値。情のある相手では無いのだが、彼女の視線は男を落ち着かせないものだった。

 アトラスはクリソテミスを愛している。それは変わる事の無い真実。

 だが、ニュクスの美しさはたとえ作られたものだったとしても、他を圧倒するのだ。

「・・・ニュクス殿」

 アトラスは自分を見つめる彼女を呼ぶ。変わらぬ視線が返された。

「我らは夫婦となる。支え合い、共に歩もう」

「・・・はい」

 凛とした声。流石は長の娘だと彼は思った。だが、違うとも思う。彼が欲しいのは、この声じゃないのだ。

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