意味のない物語
この小説に意味はありません。
俺は疲れた体を引きずるように道を歩いている。
社畜として身を粉にして働き、足を引きずりながら道を歩くのだ。
これが舗装もされていない道なら誰かに語ることもできそうだが、実際はブラックの気のある会社からの帰宅途中だ。これがファンタジーな世界なら盗賊とお嬢様が出てきそうな気もするが、あいにくこんなところに現れるとしたらチンピラとそれに絡まれるサラリーマンだ。とてもじゃないが物語になるような要素はかけらもない。
財布の中には紙幣はなく、小銭もわずかばかり。カードの類も必要ないから家に置きっぱなし。こんなサラリーマンをカツアゲしても無意味なので、俺に絡んでくるチンピラは少ない。
「はあ、どこで間違えたんだろうな?」
高校も大学もそれなりのところに行った。だが、言い方を変えればどれだけ頑張ってもそれなり止まり、いいところには行けない。
必死の三年間の努力は天才の三か月に負け、会社での実績もいまいち振るわない。緊急事態によく回る頭どころか、想定外の事態に硬直する身体と頭だ。いいところなどどこにある?
引きずった足でやっとのことでたどり着いた家には当然のように誰もいない。睡魔が強くて戸締りを済ませてシャワーを浴びたらそのまま死んだように眠る。ただそれだけの生活。
―――だからこそ、この異常事態は待ち望んだものであり、どうしようもなくなることである。
起きてみれば見渡す限りの草原。都会の薄汚れた空気ではなく澄み切ったもの。
俺は、俺が異世界に来たんだと思うのにそれほど時間はかからなかった。
―――俺があの世界であんなにも何もできなかったのは、本当の居場所じゃなかったからだ。本当の俺はこの世界でこそ花開く。
そんなことを考えた。
何も考えずにただ歩く。怖いものなどない。何も起こっていないのだから。
そうかたくなに信じて歩いて、俺は盗賊に囲まれた。
「どうするよお頭。こいつ何にも持ってませんぜ」
「仕方ないからな。奴隷としてでも売り払うさ」
俺は、無力だった。
必死の抵抗は棍棒で殴られるだけで意味をなくし、縛られたらもう何もできない。自決防止なのか、さるぐつわをかまされている。
そのまま荷馬車に放り込まれ、ガラガラひどく揺られながら虚空を見つめる。
―――ああ、きっとまだレベルが足らないからだ。きっと誰かが助けてくれるに違いない。
まだ俺は楽観的に考えていた。いや、楽観的にしか考えられなかった。
だって、俺はこの世界で花開くのだ。奴隷になるわけがない。
三日で馬車は町についた。
盗賊たちは衛兵に堂々と奴隷商人だと告げて俺を見せると中に入って行った。
町は活気にあふれている。荷馬車の中でもそれはわかったのだ。だが、それまでだった。
俺は奴隷商に売り渡された。その金額は銀貨五枚。価値などわからないが、俺の命がその程度だといわれた気がする。
俺はきっとそのまま牢屋に入れられて買い手を探すのだと思ったが、俺はそのまま別の馬車に入れられて、気づけば鉱山にいた。
鉱山では、鞭を持った番人に仕事が遅いと打たれた。同僚に飯を奪われた。落盤に巻き込まれた。だが、どれ程の不幸にあっても救いは一向に来なかった。
命があるだけましなのか? そう思いながら今日も俺は歩く。
足を引きずり、仕事が遅いと罵られながら、奴隷として鉱山で働く。
―――そう、俺の人生とは結局そんなものだったのだ。
これに意味があるとすれば、数あるトリップものに対する強い批判か、夢見る人々への目覚ましです。