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帰還への扉  作者: 藍園露草
4/7

003

 ――――ぞくり、と嫌な予感がした。

 それが嫌なものだとは分かったが、どうして嫌なのかは分からない。だが浩介は眠っている中でも、その『嫌な予感』を察知した。

 そして、身じろくと同時に胸元を左手で守った。

 瞬間、掌に激痛が走る。

「ぃっ痛ぅううううううう……っ!?」

 痛みと己の口から出た叫びで、浩介の意識は覚醒する。

 火を消し忘れ、明かりのついた部屋。そこにあるベッドで寝ていた自分の傍に人が立っていた。逆光で顔が分からないが、体格的に男だ。男の右腕が自分の胸元へ伸びている。

 その手には短剣が握られ、浩介の左手を貫いていた。

「はっ……ぁ、はっ!?」

 痛みの正体に驚愕する浩介の耳が、くそ、という悪態と舌打ちを拾った。男は今度は浩介の首を絞めようと左手を伸ばす。

 その手を避けると、重心が傾いでベッドから転げ落ちる。その拍子に男が手を放した。手には短剣が刺さったままで、焼けるような痛みと伝い落ちる血の感覚が継続している。

「お、お前っ一体誰だ、よ」

 キッと睨みながら男を再び見つめ、今度はちゃんと見れた顔に呆然とする。

 浩介を指した男は、この家に泊めてくれた夫婦の旦那さんだった。だがあの純朴な顔に、寝るときまで浮かべられていた人好きのする笑みはない。あるのはひどく冷めた薄暗い眼と、能面のようにのっぺりとしていて不気味な無表情だった。

「なんで……がっ」

 問いかけの言葉を無視して、男は蹲る浩介を蹴った。くの字に体を折る浩介には見向きもせず、動けないように踏みつけて扉の方へと声を張り上げた。

「おい、鉈を持ってきてくれ!」

「あら失敗したの? 薬を盛ったっていうのに、珍しいこともあるわね」

「咄嗟に手で防がれた。思っていたより勘が良いようだが、不運な奴だ」

 あのまま寝てれば、ラクに死ねたのに。

 続けられた言葉にゾッとした。夫婦の声には情の欠片もなかった。人を殺しなれた奴の言葉だ。いや、浩介のことを人とは思っていないのだろう。彼らは害虫を駆除したり、ゴミを捨てる時のように淡々としている。

 そう思っていると扉が開く。恰幅の良い肝っ玉母さんな奥さんが、手に鉈を提げて部屋に入ってくる。実物を見たことがない浩介でも分かるくらい、よく磨がれて切れ味のよさそうな鉈だった。

「あ、やめっ……嫌だ、嫌だやめてくれ!」

「こら、暴れるな。手元が狂うだろ」

 彼は受け取った鉈を構えると、一息に振り下ろす。

 恐ろしくて、駄目だと分かっていても目を閉じて首を竦めてしまった。ダァン、とすぐそばで音がした。目を薄く開くと、鈍く輝く刃が首のすぐそばの床にめり込んでいた。

 浩介は、自分顔が真っ青になっていくのが分かった。歯の根がガタガタと鳴り、体が痙攣を起こしたように震える。傷口から流れる鉄錆びた、それでいてどこか生臭い液体が床を伝い、赤く黒く汚していく。

「赤……黒、黒……鉄錆、鉄、鉄……?」

 脳裏に、寝る前に話していた会話が流れる。


『……? なんだ? ちょっと、鉄臭い……』

『それと、なまぐさーい感じしない?』


『にしても汚い部屋だよね。壁や床に染みがあんじゃん。前より増えてるし』

「お前、言葉を選べよ……確かに染みは目立つけど」


 そして、先ほどの夫婦の会話。

 彼らの交わした、言葉。


『あら失敗したの? 薬を盛ったっていうのに、珍しいこともあるわね』

『咄嗟に手で防がれた。思っていたより勘が良いようだが、不運な奴だ』


 ――――あのまま寝てれば(・・・・・・・・)ラクに死ねたのに(・・・・・・・・)


「ぁ、あ……ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 この部屋に漂う臭い(・・)。ちらほらと見られる黒い染み(・・・・)。そして今の状況(・・)。それら全てからこの空き部屋が何のために存在しているかを理解し、ここで何がされてきたのかを察し、浩介は喉が裂けそうなほどに叫んだ。

 このままだと死ぬ。冗談でなく本当に殺される。

 浩介は夫婦からなんとか逃げようと、踏みつけられる体で暴れた。手足をバタつかせ、身を捩り、拘束から逃れて床を這おうとする。

「くそ……押さえつけてくれ。これじゃ首を落とせない」

 彼は己の妻に言うと、彼女は浩介の体と頭を磔にするように押さえつける。

「嫌だ、助けて、死にたくない、助けて、死にたくない! 死にたくないんだよぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

「五月蝿い! 同じように命乞いする原住民(おれたち)を笑いながら貶めて、嬲って、殺すのが異世界人(おまえら)だろうがっ! 俺たちを玩具か家畜みたいに扱うんだ。自分が同じような目に遭っても文句は言えないだろ!!」

 泣き叫ぶ浩介に大声で言い返すと、彼は再び鉈を振り下ろそうとする。

「いやだぁぁあああああああああああああああああああ!!」

 拘束されて、もう避けられそうにない。それでも死ぬのは嫌だった。殺されたくなどなかった。何とか逃げられないか、浩介は必死に目だけを動かし突破口を探す。

 すると、ゆらゆらと踊る蝋燭の炎を捉える。

「ナルア、ナルアァッ!!」

 助けを求め、ガラガラの声で叫ぶ。すると、クスクスと楽しげな笑い声と共に虹色に輝く髪を持つ人外が現れた。

 奴は常闇のような目を爛々と輝かせ、踊るようにはしゃぐ。

「あっはぁ! 最初の死亡フラグを回避したか!! 初日でお陀仏かと思ったけど、案外やるじゃん?」

「なっ!? 何だお前は、どこから現れた!」

「はぁ? 『お前』……?」

 ぴく、とナルアのこめかみが引き攣る。青筋を浮かべ、吐き出した声には、今までの陽気でふざけた調子が消えていた。

「駒でもない、玩具でもない、信者でもない。余興で遊ぶ価値もないような人間(カス)が、この僕を『お前』呼ばわりだ? 身の程知らずも大概にしろ、人間」

 今の子供にあるのは、息が詰まるほどの圧倒感。呼吸することも許さないほどの、威圧感。神としての、暴力的なまでの威厳があった。

 射竦めるような、深淵の蒼眼。それに晒された夫婦は、得体の知れない恐怖と悪寒に感じたのだろう。夫は鉈を落として膝から崩れ落ち、妻は泡を吹いて失神した。

 拘束が解けて自由のみになり、浩介は身を起こして鉈を引っ掴む。武器を奪い逃げようとすると、聞き慣れた明るい声が降ってくる。

「おーい。そこ、そこのテーブルの隅。カップタイプのキャンドルがあるよ」

「……! 分かった!」

 ナルアが指差す先にあるキャンドルを掴み、燭台の蝋燭の火を移す。アルミっぽい素材の器を持ち、部屋を出るとナルアが浮遊しながらついて来る。

「……異世界人、異世界人が逃げた! 逃がすな、捕らえろ。そして殺せ!」

 階段を降った頃、我に返ったらしい男の声が聞こえた。明らかに、この家の人間以外……他の村人に向けた言葉だ。

「村人全員が敵なのかよ……!?」

「うん。そうだけど」

 ナルアは知っていたらしく、のんびりと頷く。

 自分だけ他人事な神にムカッ腹を立てつつ、浩介は逃げ道を探して走った。



 荒々しい足音が聞こえる。星の散る夜はランタンの炎のせいで明るい。目に入るのは、農具を提げた悪鬼のような顔の村人たち。


「どこだ?」「どこに逃げた?」「そう遠くには行ってないはずだ」「早く捕まえろ」「ちゃんと探せ」「うるせぇな分かってる」「逃がさねぇ」「どこだ異世界人」「殺せ」「殺せっ」「殺せ!」「殺せ!!」「異世界人を殺せ!!」


 聞こえてくる言葉は殺意に満ちていた。浩介を見つければ、きっと彼らは躊躇いなく握り締めた農具で、浩介を嬲り殺すだろう。

 茂みに隠れ、キャンドルの明かりが零れないよう手で覆いながら、浩介は恐怖で震えた。左手に刺さった短剣は抜き、麻服の端布を破って包帯代わりにして止血した。それでも痛みは和らがず、肉体と精神、二つの疲労感は絶えない。

「何なんだよ……なんで、なんでこんなことに……つーか。なんで異世界人だってバレてるんだよ……?」

「なんでだろねー?」

 そう恍けるナルアは、にやにやと笑っていた。完全にこの状況を愉しんでいる顔だ。

「何笑ってんだよ……! 見つかったらそれで即終わりの状況なんだぞ、俺殺されるんだぞ! 分かってんのかよ、おい!」

「ふっふーん。君こそ何言ってんの? ……能力の件、忘れてない?」

「あっ」

 言われて、それがあったことを思い出す。

 ナルアは異世界に行く際、一つだけ能力をくれると言っていた。その場では思いつかなかったので保留にしていたが、今選べば現状を打破出来る。

「な、何がある?」

「んじゃ能力の一覧見せるわ。上にある奴ほど威力は高かったり便利な分、副作用も強めになる仕様だから。どれにするかよーく考えてね」

「よーく考えてって……そんな余裕ねぇよ! 手っ取り早く最強なのにしてくれ!!」

「えー? 最強っつっても、どれも一長一短だから。場合に合わせて強い弱いが変わるんだよね」

「例えば、ほら今みたいに集団に襲われても返り討ちに出来る奴とか。逃げ切ることが出来るやつか。そういうの……」

「ナルア、万能じゃないから分かんなーい。説明読んで自分で考えてちょー」

 左頬の刺青を歪めて笑う褐色の子供に、浩介はナルアがこうして自分が焦る姿を面白がっているのだと理解する。

「くそ、ふざけやがって……何でもいいから助けてくれよ!」

「力でなく助けね……能力と引き換えにしていいなら、構わないけど?」

「それはなしの方向で!」

 一生お世話になるかもしれないチートを、この場限りの危機を打開するために捨てるなど、浩介には考えられなかった。

「あー? 我侭だなぁ……そんじゃ、対価をくれよ」

「対価?」

「そ。対価。ほら、神社で賽銭投げて願い事したり、地蔵に饅頭とか供え物するでしょ? タダ働きとか勘弁だからね、見返りを貰わないと」

「……あ、後払いで」

「嫌だ。そう言って何度も力を使わせた挙句、踏み倒して逃げた奴いたし。速攻で見つけ出して、ブチ殺して下僕にしたけど」

 殺した、という発言に先ほどのことを思い出し、身が竦む。

「そういうわけで、対価は先払いか直払いでよろ」

「つったって……何すりゃいいんだよ」

「僕的に価値が見出せれば、くれるもんは何でもいいんだけどねー。一番手っ取り早いのは生贄かな」

「い、生贄?」

「鉈と短剣があるんだから、足腰弱そうな爺のドタマをぶっ潰して、心臓を抉るなりしなよ。それ貰うから」

 とんでもないことをサラッと告げる人外に、浩介の顎が落ちた。

 すぐ我に返って、叫ぶ。

「出来るかそんなこと!!」

「は? 何でよ? 鶏を絞めんのとそう変わんないだろ。自分の命狙ってる奴相手なんだし、そんな抵抗ないでしょ」

「鶏と人間は違う!!」

「同じだよ。人間も鶏も牛も豚も、蛙も魚もゴキブリも。全部似たようなもんじゃないか」

 子供は意に介さない所か、目をすぼめて鼻を鳴らす。何を馬鹿なことを言っているんだろう、こいつは……と言わんばかりに。

「そりゃ独立した文化を生むだけの知性、食料や機械を造るだけの知能や技術力はあるけどさ。人間って、元を辿れば猿じゃん。しかも他と違って万年発情期のお猿さん。恋人作って、ハーレム形成して侍らして、性奴隷買って、売春宿に行って。そんで飽きもせずセックスしまくって、どんどんガキこさえて増えてくんだから。その気になりゃ無尽蔵に増えるんだし、ちょっと殺しても問題ないって」

「なっ……」

「鶏の産む卵を一兆人以上でほぼ毎日食べてても、鶏を絞め殺して掻っ捌いた肉を食い続けても、ほら、鶏は絶滅してないだろ? それと同じだよ。対象をちょっと変えただけで、なにそんな大事みたいに捉えてんだか。人間のそういうとこ、分かんねーわ」

「…………」

「ま、そのエゴイズムが人間の面白いとこなんだけどね」

 淡々としたその言い草に、言葉を失った。愕然とした。軽いノリとひょうきんさから親しみを多少覚えていたが、目の前にいるそいつは自分達とは決して相容れない存在であるのだと、浩介は悟ってしまった。

「つーかさ、いいの? あんな大声出して」

 指摘するナルアの後を継ぐように、村人の声がした。

「ほら、君が叫ぶもんだからバレちゃった」

 ねぇ、どうする? と、歪んだ笑みを浮かべて奴は問う。

 浩介は歯軋りした後、鉈を引き摺りながら村人の声に背を向けて走った。

「逃げるのかよ~………まぁ、現代の不自由ない生活してたモヤシがそんなもん振り回しても、最終的には袋叩きにされるか。懸命な判断だと思うぜ?」

「うるせぇ鬼畜キチガイ中二病ナルシスト!! 偉そうにすんな!」

「神格とされるこの僕に、よくまぁそんな暴言吐けたね。その蛮勇的な勇気は評価するよ。普通なら不敬で殺して、鼠を模した下僕にするとこだけど」

 そう言いながらも声と表情は楽しそうで、ナルアは浩介の跡を追うように飛ぶのだった。


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