光ある絶望
僕は車から降りた。
目の前をかなりのスピードで車が通過していく。
思い出したくなくても、目に浮かぶ風景。
すべてが同じとは言いがたいが、
空気、アスファルトの色、飛んで走ってく車……
重なるものはいくらでもあった。
かつて僕は、似たような場所で祈っていた――
普通の、変哲もない道路。
ここで僕は命を落としかけ、そして助けられた。
お母さんに連れられ、公園のすぐ脇の十字路に立っていた。
つい一昨日。
サッカーをしていた。
タカシの蹴ったボールが、ワケのわからない方向に飛んでいった。
ボクはそれを取りに走った。
ボールをつかむより先に、クラクションが大きく鳴った。
驚いて目をつむった。
……そして気づいたら、男の人がはねられていた。
お母さんの言うところでは、ボクはその男の人に助けられたらしい。
投げ飛ばされた拍子に、側溝まで飛ばされ大きく腕を切った。
だから今、右腕には包帯が巻かれている。
ボクは手を合わせた。静かに祈った。
風を切る音に、目を開ける。
僕は、罪悪感を心に浮かべていた。
その感覚はあの頃からほとんど変わることなく、ずっと居座り続けている。
子供だったはずの僕が祈ったのは、
たしかに彼――助けてくれた男の人――の無事であることは確かだった。
けれどそれは、命の恩人への『助かってほしい』という願いではなかった。
『罪悪感を拭いたい』という逃避からだった。
むしろ僕は、事故のすべてを忘れ去りたかった。
黒い想い出は、一つたりともほしくはなかった。
その、罰、とでもいうのだろうか。
また僕は助かった。
最愛の妻、という人物を犠牲にして。
運命というものがあるのなら、僕にはそれを変えてみせるつもりだった。
僕が助かることで誰かが犠牲になるのなら、
僕が犠牲になることで誰かが助かるだろう。
そして確実に失われれば、助かる可能性も高まる気がするんだ。
彼女の命がある間に。
僕は一歩、踏み出した。
ビュッ、と切る音に足がすくむ。
地面を蹴る。
僕一つの命では、彼女一つの命しか救えないだろうか。
それとも、こんな命では足りないだろうか。
できれば彼も、助けてほしい。
善意だけで僕を助けてくれた彼を。
釣り合わないことは、承知の上で。
そのぶつかる衝撃は、涙を散らせてくれた。