異世界の衛兵が送る平凡な日常
冷たい空気が肌を刺す。身に着けている鎧も冷え切っており、吐く息は白くなる。今年も冬がすぐそこまで来ている事を伝えている。ふと空を見上げると、見渡す限りに満天の星空が広がっている。ただ、その星空には俺の知っている星座はどこにも見当たらなかった。
「やっぱり無いか……」
見上げた空に浮かぶ星を眺め、ここは地球とは違う世界なんだと再認識する。分かっているんだ。あれからもう3年経っているんだから……。
「ん?トール、なんか言ったか?」
「うんにゃ、何でもないよリュース。仕事に戻ろうか」
俺は少し先で立ち止まって待ってくれている、栗色の髪を肩まで伸ばしている男性の元に向かう。彼の名前はリュースといい、俺と同期の衛兵だ。俺はリュースに一言謝り衛兵の仕事に戻る。異世界アークディアにあるサンドリア王国の地方都市ルーイセンの巡回に。
俺の名前は高山 徹。高校卒業後に就職した会社が19歳の時に倒産し無職になった。再就職先を探す為にハローワークに行こうと玄関を出たら、目の前に長閑な田園風景が広がっていた。慌てて振り返ってみたがそこに玄関は無く、やはり田園風景が広がっているだけだった。いきなりな状況で途方に暮れていた俺を発見し、保護してくれたのがルーイセンの領主アークス=ファルディス様だった。保護された当初は言葉が通じずコミュニケーションに四苦八苦していたが、とりあえずここが地球ではなく異世界である事が分かった。アークディア、それがこの世界の名前だ。しばらくアークス様の下でお世話になり、会話だけでなく読み書きの勉強をさせてもらった。読み書きの練習として地球の童話や三国志などをアレンジした物語を書いた。今でも物語を書いており、1年ほど前からアニメやマンガを元にした物語を書いている。
言葉を覚えてからは恩を返す為に働きたいとアークス様に相談したところ、衛兵として働いてみてはどうかとアドバイスを受けた。地球出身の俺に出来る事は他に無さそうだったので衛兵になる事にした。衛兵の仕事についてだが平常時はルーイセンの街を巡回している。偶に魔物が発生した時には魔物退治を行う。初めて魔物を前にした時は恐怖心で足が竦んでしまい足手まといになってしまったが、人間は慣れる生き物だ。今では1人でも魔物を倒せる様になった。といっても低級魔物を相手に魔法を使いながらだがな。
そう、アークディアには魔法があるのだ。魔法には初級、中級、上級の3段階あり、属性として火水風地雷光闇の7つがある。地球出身の俺も魔法を使う事が出来たが、所謂器用貧乏といった状態だった。なぜかというと、全属性の魔法を使う事が出来たが、所持魔力量が少ないらしく、初級魔法しか使う事が出来なかった。一般人でも得意属性なら中級魔法を使えるというのにだ。魔法を習いだした当時と比べ、今では中級と同等程度の魔法を使える事が出来る様になっている。まぁ裏技を使ってだけどな
巡回を終えて詰所に戻ると、そこには隊長のガルムさんが待機していた。ガルムさんは白髪の混じった黒髪をオールバックにし、見た感じ歴戦の戦士といった容姿をしている。まさに頼りになる隊長様だ。俺とリュースは詰所に入りガルムさんの元に向かう。
「トール、及びリュース両2名、西区の巡回から帰還しました。特に異常は見当たりませんでした」
俺は敬礼をし、巡回結果を報告した。横ではリュースも同じ様に敬礼をしている。
「うむ。では次の巡回時間まで待機しているように」
「「はっ」」
俺たちは敬礼を解き、二人そろって詰所の奥に入っていった。次の巡回時間まで仮眠をとるか、それとも物語の続きを書くか。
「そういやトール。『武闘騎士伝』の続きって出来たのか?」
「ん?……あぁ。最新話は出来ているぞ。今はリスティ様に預けてあるけどな」
「お、そうなるとそろそろ市場に出てくるな。く~、楽しみだぜ!」
武闘騎士伝とは俺が地球のアニメを元に書いた物語だ。原作はロボットが格闘するアニメだ。内容は剣ではなく拳で戦う騎士が主人公の物語だ。熱い展開が売りで、男性を中心に人気のある作品である。原作の技は魔法として扱っている。一応再現出来た物だけ物語の中に出す様にしている。さすがに小さい分身を打ち出すのは出来なかった。
ちなみに話に出たリスティ様とはアークス様の奥方様だ。リスティ様は俺の書いた物語を本に纏めて出版をされている。俺が作家でリスティ様が編集者といった感じか?最新話を書いたらまずリスティ様に預け、手直しをする所があれば直し、問題無ければ出版される。なので、リスティ様に預ける=出版間近という事になる。
……そうだな。今日はもう1つの方を書き進めておくとするか。もう1つの方は魔法少女物だ。農家の少女がある日魔法に出会い、才能を開花させていく物語だ。こちらの物語も人気作だ。勿論、登場する魔法は実際に使えるものだ。
衛兵の仕事の合間に物語の作成といった流れが今の俺の生活サイクルである。
朝になる。鳥たちがさえずり出してからしばらく経つ。この時間帯になると学校に通う子供たちをちらほらと見かける様になる。もう少しで交代の時間になる。
「トールさん、おはようございます」
「師匠!おはようございます!」
「ジョルジュ様、アイリ様。おはようございます」
アークス様の館から出てきた2人の子供に挨拶を返す。ジョルジュ様とアイリ様はアークス様のお子さんで、確か11歳だったはず。2人は双子で、燃えるような赤い髪を短く揃えているのがジョルジュ様だ。アイリ様は輝く金髪を腰のあたりまで伸ばしている。2人とも眼の色は澄んだ空の色をしている。日本人として平凡な容姿の俺とは違い、その整った容姿は将来モテる事間違いなしだ。
「師匠、師匠。今日学校から帰ってきたら特訓しよ?」
「アイリ……。トールさんは夜勤だから無理させちゃダメだよ」
実はアイリ様には武闘騎士伝に出てくる『流派・北天不敗』を教えていたりする。まぁそれっぽいものだけどな。もともとは物語を書くにあたり、動きを再現しようとして1人でやっていた。アイリ様はそれを見ていたらしく興味を持たれ、私も一緒にやりたいと言われた。俺も深く考えずに1人より2人の方が理解出来る事が多いかもと教える事にした。最初は名前で呼んで頂いていたのだが、今では俺の事を師匠と呼ぶようになってしまった。
ちなみにジョルジュ様は魔法に興味を持っており、魔法少女に出てくる青年魔法使いに憧れていたりする。なので青年魔法使いが使う魔法を教えている。俺の器用貧乏とは違い、遠近距離、各属性の扱いが高いレベルで纏まっているのでまさにオールマイティな魔法使いになっている。
「ジョルジュ様、明日は休みを頂いてあるので問題ありませんよ」
俺がそう伝えるとアイリ様は嬉しそうな顔をし、ジョルジュ様は申し訳なさそうな、それでいてどこか嬉しそうな顔をした。2人は約束だと言って元気に学校へ行くのだった。微笑ましく2人を見送ると、鎧を着た人たちがこちらに向かって歩いてくる。どうやら交代の様だ。さて、引継ぎをして少し寝ておくとするか。確か学校は昼までだったから4時間ぐらいは寝れるだろうな。
3年前に地球から飛ばされてきた異世界は剣と魔法のファンタジーな世界だった。そんな世界でも俺は何とか生きている。恐らく地球に帰る事は出来ないだろう。でも大丈夫。この街に俺の居場所があるのだから。俺は衛兵の仕事から帰ってきて風呂に入って疲れを取り、ベッドで一眠りするのだった。これが異世界で衛兵をしている俺の日常なんだから。