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第6話 清人の追憶

 そして浩一を陥れた張本人である清人は、浩一との通話が終了してから暫くの間、腹を抱えて爆笑していた。

「あははははっ! だっ、駄目だ、笑いが止まらないっ! うわははははっ!!」

「清人……、いい加減に笑うのを止めたら?」

 自室で一緒にソファーに座っていた真澄は呆れ、些か冷たい視線を投げかけたが、清人の笑いは容易に収まらなかった。


「だがっ、電話の向こうの浩一の間抜け面を想像したら、笑いがっ……。俺達が熱海で嵌められた時は、絶対お義父さんが俺達を笑いものにしてたぞ。『親の因果が子に報ゆ』とは、まさにこの事……。しまったっ! 川島さんに今回の浩一の様子を撮っておくように言っておけば、絶対爆笑DVD集の新たな1ページをっ……」

 そうして息も絶え絶えに笑い続けている清人に、真澄が軽く眉を顰めながら声をかける。

「何? その『爆笑DVD集』って」

 その問いに、清人は目尻の涙を指で軽く拭きながら、笑いを堪える表情で説明を始めた。


「ああ、ストレス解消にもってこいの笑えるやつだ。トップは彼女のホットドッグ早食い画像だが、ケチャップとマスタードまみれになりながらリスの頬袋なみに詰め込んだ『あれ』は、誰が見ても一押しの必見」

「清人。彼女って恭子さんの事よね? 何? そんなしょうもない事までさせた上、記録に残して爆笑してたわけ!? 信じられない!」

「ちょ、ちょっと落ち着け、真澄!」

 話の途中でいきなり顔を険しくした真澄に掴みかかられ、ガクガクと体を揺すぶられた清人は、流石に焦って落ち着かせようとした。しかし真澄はそのままの剣幕で清人を叱り付ける。

「いいえ、前々から、いつかは言おうと思っていたのよ! どうして恭子さんにそんな無茶振りばっかりするわけ!? 常識外れにも程があるわよ!」

 しかしその途端清人は綺麗に笑いを消し去り、仏頂面で吐き捨てた。


「それは出会ってすぐの頃、あいつがまともに笑ってなかったのが悪い」

「何よ、その開き直り。第一、恭子さんは普通に笑ってるじゃない」

「お前や清香の前では比較的そうだが、俺の所に来た当初は表情の乏しい奴だったんだ。作り笑いばっかりしやがって、薄気味悪い上に何かにつけ腹が立ってな」

「清人」

 憤慨気味に反論した真澄に、清人も苛立たしげに言い返す。そして気まずい空気が室内に漂ってから、清人が弁解がましく話を続けた。


「それで……、笑わないんだったら、まず手始めに泣かすか怒らせてやろうと思って、ホットドッグの早食い大会で優勝して来いって言ってみたんだ。そうしたら平然と『分かりました』と言ってエントリーしやがって……」

「自分で命じておいて、何よ。その言い草は」

 ブチブチと文句を口にした清人を真澄が窘めると、清人は真顔で非難めいた口調の理由を告げた。

「てっきり『そんな事できません』って泣いて抵抗したり拒否するか、『どうしてそんな事しなくちゃいけないんですか!』って怒るかと思ったんだ。それなのに録画機材持参で会場に行ったら『あれ』で賞金分捕って、俺はほとほと呆れたぞ。その挙句、能面の様な顔で『賞金です』って差し出された日には、今度こそ泣きを入れさせてやると俺は固く心に誓ったんだ」

「呆れたのはこっちよ! そんなノリで恭子さんに当たり屋の真似させて骨折させたり、雪山登山させて遭難しかける事になったり、高層ビルで逆さ吊りとか、企業スパイ擬きをさせてたわけ!?」

「さすがに最初からそんな事はさせなかったが、淡々とこなしていくから段々難易度を上げていくうちに、気が付いたらそんなレベルになってた」

 流石に形勢不利を悟った清人が、気まずそうに真澄から視線を逸らしながら弁解すると、真澄は自分の額を押さえながら深い溜め息を吐いた。


「自分の夫がここまで馬鹿だとは思ってなかったわ……。殴っても良い?」

「真澄だったら殴って良い」

「やっぱり止めておくわ……。その代わり、彼女があなたの所に来た経過を聞かせて。この前は加積って人が恭子さんをクラブで働かせて、そこで浩一と接点があった事までは聞いたけど、加積さんは恭子の結婚相手を探してたんでしょう? それがどうしてアシスタントな上、毎月少しずつ彼女が借金を返してる状況になるわけ?」

 居住まいを正して質問してきた真澄に、清人も真顔で頷いて応じた。

「ああ、川島さんから聞いたか」

「あ、それも。清人は彼女を『川島さん』って呼ぶ他は、『お前』とか『あいつ』呼ばわりでしょう? 『恭子さん』とか『恭子』とか呼んだり言ったりしているのを聞いた事がないし、極端じゃない?」

「なるほど、確かに気になるかもな。それならまとめて説明しておくか」

 そこで苦笑いした清人は一度黙り込み、軽く頭の中で論点を整理してから改めて口を開いた。


「まず川島さんのクラブ勤めの時期だが、その時点で浩一との直接の接点は無いんだ。彼女が浩一に担当で付いた事は一度も無かったから。だから彼女は俺の家で、俺に浩一に引き合わされた時が初対面だと思ってる」

「はあ? 最初は他の客に付いていたのを見たにしても、次に行った時に指名すれば良いんじゃないの?」

「逆に他の女を指名してさり気なく彼女の情報を引き出しつつ、様子を窺ってたらしいな」

「そこでどうしてアプローチしないのよ……。無性に浩一を殴りたくなってきたわ」

 無意識に拳を握り締めていた本気の顔付きの真澄を見て、些か浩一が気の毒になった清人は苦し紛れに庇う発言を繰り出した。

「まあ、その……、本人に根掘り葉掘り聞いたら薄気味悪がられて店から叩き出されかねないから、ある意味間違ってはいないとは思うんだが……」

「それで?」

 気分を害したまま先を促した真澄に逆らわず、清人が説明を続ける。


「殆どダシにされた女が腹を立てて、あいつが『加積に囲われてる、手を出すには物騒過ぎる女だ』と吹き込んだんだ。それで浩一は慎重に裏を取って考えた挙げ句、俺に頭を下げてきた。『彼女と結婚は出来ないから俺が引き受ける訳にはいかないが、何とかして加積の所から出して、普通の生活をさせてあげたいから力を貸してくれ』とな。あいつ、ちゃんと柏木家の長男の立場と、それに付随する責任の自覚はあったわけだ」

「……そう」

 皮肉っぽく口元を歪めながら告げた清人に、真澄は余計な事は何も言わず、ただ静かに頷いた。すると清人は一転して困惑した口調になって続ける。


「しかし、俺としても困ったんだ。調べてみたら加積は彼女の結婚相手を探してる感触だったが、俺は結婚なんかする気皆無だったし。とある伝手を頼って先方にアポを取ったものの、どう話を持って行けば良いのか皆目見当がつかなくて、殆どヤケで『仕事でこき使いたいので、借金を肩代わりしますから彼女を俺のアシスタントに下さい』と直訴したんだ。そうしたら夫婦揃って爆笑して、条件付きで話に乗ってくれた」

「愛人をアシスタントに使いたいから譲ってくれって……、無理が有り過ぎない? どうして話に乗ってくれたのかしら?」

 不思議そうに首を傾げた真澄に、清人が憮然としながら話を続けた。


「偶々虫の居所が良かったのか、仲介してくれた人が口添えしてくれたかもな……。その時、笑いを収めた加積が真顔で『それならきっかり一ヶ月後、一億五百二十万揃えて持って来たら、取り敢えず話を聞いてやる』と言って、その場は丁重に追い返されたんだ。仕方が無いから俺と浩一は、それから一ヵ月の間必死で金をかき集めた」

「一億って……。でも浩一が保有してる預貯金や株券、不動産を売却すれば、何とかなるでしょう?」

 頭の中で素早く計算したらしい真澄に、清人が注意を促す。 


「そんな事をしたらお義父さん達に一発でバレて、そんな事に関わるなと猛反対されるに決まってるだろうが。だから不動産も株券等も、名義を変えるわけにはいかなかった。俺もその頃何とかマンションの購入代金を支払い終えたばかりで、手元に動かせる金が殆ど無かったんだ」

「それならどうしたの?」

「偶々その少し前に、お義父さんから柏木産業の外部取締役就任の依頼話がきていたから、無茶を承知で『報酬十年分を現金一括払いなら受けます』と言ってみたら、変な顔をされたが総額六百万強を一括払いしてくれた。浩一も預貯金で五百万位は自由に動かせたからな。それらと俺のマンションを抵当に入れての銀行からの借入金を全部、為替相場や株式市場に逆張りで突っ込んだ」

「それで柏木の外部取締役に就任したのね。引き受けた本当の理由が、漸く分かったわ。でも逆張りって、何?」

 長年の疑問が解消してすっきりとした顔つきになったのも束の間、真澄はすぐに再び怪訝な顔になった。それを受けて清人が淡々と説明を続ける。


「儲けようと思ったら、少しずつ値を上げている銘柄に投資するものだろう?」

「普通そうよね?」

「だが一ヶ月と期間が区切られているから、安定してる銘柄が少しずつ値を上げるのなんか待っていられない。値動きが激しくて乱高下してる銘柄が下がっている時、近いうちにそれが値上がりする事を見込んで買うんだ。ハイリスクハイリターンを地で行く買い方だな」

 そこで真澄が思わず口を挟んだ。

「え? ちょっと待って。それだともし値が戻らなくて、下がりっ放しだったら?」

「当然、金をドブに捨てる事になる」

「清人! そんな他人事みたいに!」

 血相を変えて非難した真澄だったが、清人はどこか遠い目をしながら当時を思い返した。

「もうその一ヶ月、浩一と二人、本業そっちのけでマネーゲームをやってたんだ。最悪路頭に迷う事になると思って、生まれて初めてストレスを感じて胃を壊したな。もし失踪するなら、清香を柏木家に頼まないといけないなと、半ば本気で考えていたし」

「そんな事、真剣に考えないでよ……。それでも何とか期日までに、指定された金額を揃えられたわけよね」

 疲れた様に確認を入れてきた真澄に、清人は頷いた。


「ああ。そして金を持参して出向いたら、あっさり外に出してくれたから良かったんだが、正直持て余してな。浩一の奴は『別に俺の事は彼女に何も言わなくて良いから、取り敢えず彼女の生活が成り立つ様に手助けしてやってくれ』とか『俺は彼女がちゃんと普通の生活を送って幸せなのを、陰から見られたら満足だから』とか、苦労して金を捻り出したくせに相変わらず馬鹿な事をほざくし……」

 そして何やら口の中でぶつぶつと愚痴を零し始めた清人を、真澄は男二人の心境を推察しつつ黙って話の続きを待った。そして我に返った清人が真澄に詫びながら再び話し出す。


「すまん、真澄。話の途中だったな。それで彼女を引き取った翌日、『愛人として引き抜いたわけじゃない、仕事して俺が立て替えた借金を返済しろ』と言って、細かい条件とか説明した後で、一応聞いてみたんだ。『お前には一生かかっても返せないかもしれんが、偶々買った宝くじが奇跡的に当たってあっさり返済できるかもしれん。そうしたら死ぬまで自由だが、その場合何をしたい』って」

「その時、恭子さんは何て答えたの?」

 思わず興味を惹かれた真澄が真剣な顔で尋ねると、清人は真顔で答えた。


「前日までの感じだと『特に何もありません』と淡々と答えると思ってたんだ。そうしたら……、予想外に真剣な顔で考えているなと思ったら『今の今まで忘れていましたが、家族が死んだ後遺骨がどうなっているのか分からないんです。調べてみて、もしどこかに今でも保管されているのなら、父は次男でうちのお墓は無かったので、きちんとお墓を立てて埋葬してあげたいと思います』と、俺を真っ向から見据えて言いやがった。だからそれで俺も腹を括った」

「腹を括ったって、何が?」

「一人位扶養家族が増えても、食い扶持に困る様な稼ぎ方はしてないからな。とことん面倒見てやろうじゃないかと思ったんだ」

 告げられた内容に驚きながらも、それをすぐに理解した真澄は、無意識に顔を綻ばせた。


「家族を大事にする人間に、悪い人間はいないって事? 清人にしては随分可愛い考え方ね」

 そう言って軽く笑った真澄に、清人は僅かに拗ねた表情を見せながら話を続ける。

「何とでも言ってろ。その話を聞いてから彼女の実家の状況を調べてみたら、地元の寺の住職が引き取り手のない遺骨を不憫に思って、役所の担当者と交渉して彼女の両親と妹の遺骨を預かってる形になってた。それでその寺に二人で出向いて、それまで保管してくれた礼を述べた上で、管理費に相当する額を受け取って貰って遺骨を引き取って来たんだ。今は都内の寺で預かって貰ってる」

 そこまで話を聞いた真澄は、納得した様に頷いた。


「良く分かったわ。身内並みに面倒みるつもりだったから、まともに感情表現ができる様に、まず怒らせたり泣かせたりしたかったわけね。関わり合いたく無かったら、無表情だろうが気味悪かろうが、清人は放置する筈だもの」

「確かにそうだな」

「それに彼女のそれまでの人間関係って著しく偏っていた筈だから、色々な仕事を言い付けたのは、幅広いタイプの人間と彼女が接する為でもあったんでしょう? 恐らくそれで、彼女は人間関係のスキルを身に付けたんでしょうし。だから清人の所に来た当初より、格段に表情豊かになったのよね?」

「まあな。今でも口答えとかはしないが、最近では俺に向かって暴言を吐くわ文句を付けるわで、言いたい放題の時があるからな」

「そうよね。私と話している時も、清人の事を結構こき下ろしているもの」

 そう言ってクスクスと笑い出した真澄を、清人は憮然とした顔付きで眺めた。

「女二人で何を話しているんだか。それで……、先々の事を色々考えてはみたんだが、どうもあいつに関しては思い通りにいかない事ばかりで……」

 そう言って話題を変えようとして、再び愚痴モードに突入しかけた清人に、真澄は怪訝な顔で尋ねた。


「上手くいかないって、例えば?」

「あいつは経験だけは豊富だが、まともな恋愛経験は皆無だからな。一人暮らしをさせた方が男と付き合い易いし、人恋しくなって家庭を持ちたくなるかと踏んでマンションを叩き出したら、あんな安普請のアパートを見つけてひっそりと節約生活に勤しみ始めてな。せっかくだからとさり気なく浩一に紹介しても、浩一の奴がちょっと可哀想なお金持ち扱いでインプットされるわで」

「何よそれ?」

 そこで不思議そうに首を捻った真澄を、清人は若干責める様な目つきで眺めた。


「言っておくが……、それに関してはお前にも責任の一端はあるんだぞ?」

「私が? いつ、何をしたって言うのよ!?」

「彼女『仕事』に関する事以外には淡白でな、男が言い寄っても大抵はすげなくお断りしてるんだ。それで改めて家で俺に紹介された浩一が、川島さんに色々プレゼントを渡そうとしても『そういう物を頂く間柄ではありませんので』と一蹴されて。でも彼女が常日頃借金返済の為に無駄な支出を極力控えていたのを、俺を介して知ってた浩一は、せめて衣類や小物位は援助したかったんだ。それで浩一の奴、断られても後には引けなくて『貰い物で申し訳ないんですが、同じ様な物を姉がもう持っていて使っては貰えませんし、捨てるのも勿体ないので好きにして下さい』と説明して半ば強引に押し付けたそうだ」

「それってどうなの? 確かに恭子さんは、人から無闇に物を貰うタイプの人じゃないけど……」

 何とも言い難い表情で考え込んだ真澄に、ここで清人は衝撃の事実を語った。


「そんな事が何回か続いてから、彼女はブランド物のスーツやバッグを未使用のまま纏めて売り払って現金化して、『臨時収入があったので、これを返済額に入れて下さい』って俺に持って来たんだ。……金の出所を聞いた俺は流石に浩一が気の毒になって、理由を説明して『現金化できる品物は贈るな』と言ってきかせたら、当時かなり落ち込んでた」

(浩一……。恭子さんに悪気は無かったとは言え、不憫過ぎる)

 思わず貰い泣きしそうになった真澄だったが、ここで清人が若干口調を変えてきた。


「それから浩一は物は贈らずに、偶に彼女を食事に誘う様になったんだが……」

「何?」

 不自然に清人が言葉を切って何とも言い難い顔つきで自分を見つめてきた為、真澄はその理由が分からず困惑した。すると清人は真顔で確認を入れてくる。

「真澄、お前も彼女と知り合ってから、ちょくちょく彼女を食事に誘ってたよな? しかも殆どお前の奢りで」

「ええ。それが?」

「察するに、倹約志向の川島さんに余計な負担感を与えない為に、『下手に媚びを売ってくる人間と食事なんてしたくないし、うっかりそんな連中と食事でもしようものなら、後々纏わり付かれて面倒で。でも一人で食事するのは物足りないし、気心の知れた友人も少なくて気軽に食べられないから、支払いは私がするから付き合って欲しいの』とか何とか言って丸め込んだんじゃないのか?」

「確かにそんな事を言って奢る様になった筈だけど、それのどこが悪いの?」

 全く訳が分からず気分を害した様に告げた真澄に、清人は確信している口調で告げた。


「恐らく浩一も、似た様な物言いで彼女に食事に付き合って貰ってるな。それでお前達は『お金持ち過ぎて気が置けない友人が少ない、ちょっと変わってて気の毒な姉弟』で一括りされていると思う。当然彼女の方に、男女として付き合っている感覚は皆無だ」

「ちょっと待って。それじゃあ私が気前良く奢っているせいで、浩一も彼女に単なる気晴らしでその他の仲が良い友人に奢るのと同様に、食事を奢ってると思われてるわけ?」

「……多分な」

 微妙に視線を逸らしながら肯定した清人に、真澄は慌てて弁解した。


「だって! 浩一が恭子さんの事を好きで、密かにそんなアプローチをしてたなんてこれまで全然知らなかったし!」

「俺達も真澄が彼女とそんなに意気投合してるなんて、去年の夏のバカンス会まで知らなかったからな。全く……、二人揃って演歌フリークで、以前からのカラオケ仲間だと知っていれば、これまで色々手助けして貰いたかったんだが、どちらもひた隠しにしてるから面倒な事になって」

「ちょっと! どうして私達が演歌フリークだって知ってるのよ!?」

 とても聞き捨てならない内容を口にされた真澄は狼狽しながら追及したが、清人は平然と答えた。


「鹿角先輩達と飲んだ時に、翠先輩や裕子先輩から聞いた。全く……、俺に言えば演歌だろうがアニソンだろうがヘビメタだろうが、何時でも何処でも好きなだけ付き合ってやったのに。どうしてこそこそ彼女と歌ってたんだか」

「だって翠達に釘を刺されたんだもの! 『あんたの弾けっぷりは友人だからまだ笑って見ていられるけど、好きな男の目の前で歌ったりしたらドン引きされる事間違い無しよ? 他の人には言わないでおきなさい』って!!」

「分かった。もう分かったから興奮するな。それで俺が彼女の事を、常日頃『川島さん』としか呼ばない理由だが、浩一が彼女の事をそう呼んでるからだ」

 これ以上真澄を興奮させないように、清人がやや強引に話題を変えると、真澄はそちらに気を取られて不思議そうに問いを発した。


「どうしてそれが理由になるの?」

「浩一の目の前でうっかり名前呼びしたり、話の中でそう言ったりしたら、浩一に嫉妬されるかも知れないだろうが」

 それを聞いた真澄は、きょとんとして何回か瞬きを繰り返してから、些か疑わしそうに確認を入れた。

「だから? 清人も律儀にそう呼んでるわけ?」

「ああ。もう習慣だ。今更他の呼び方は出来ないな」

 淡々とそんな事を言われた真澄は、思わず小さく笑ってから清人に体を寄せ、その左腕を自分の両腕で抱き込むようにして囁いた。


「本当に、清人は浩一が大好きなのね。ちょっと妬けるかも。以前から二人は仲が良いと思ってたけど、あの堅物の浩一の、どこがそんなに気に入ってるの?」

 その問いかけに、清人が小さく笑う。

「それにはれっきとした理由が有るんだが、またの機会にな。……それで真澄。お前にもう一つだけ話しておかなければいけない事がある」

「何?」

 慎重に自分を引き剥がし、両肩を掴んだまま向かい合う形にした清人に、真澄が訝しげな表情を見せると、清人は先程までとは打って変わって、感情を削ぎ落とした様な表情で冷静に告げた。


「実は川島さんは、加積の所から引き取ったわけじゃない。十年間、俺に貸し出しされているだけだ」

「え? 言っている意味が分からないんだけど?」

「加積夫妻とは、十年間彼女をどう使おうが勝手だが、十年のうちに信頼できる男と彼女を結婚させる事ができなければ彼女を二億で買い戻すという条件で合意して、外に出して貰った」

 そんな予想外の事を聞かされて、真澄は瞬時に顔色を変えた。


「なんですって!? さっきの話と違うじゃない! そんな条件、恭子さんと浩一は知ってるの?」

「俺は『加積が彼女を手放した』とは言っていない。『外に出した』と言っただけだ。それからこの条件に関しては、二人は一切知らない。夫妻も俺も知らせなかったからな。変なプレッシャーをかけたく無かったし」

「清人!?」

 殆ど悲鳴に近い真澄の叫びを聞いても清人の口調は変わらなかった。


「川島さんが誰かと本気で好き合って結婚するも良し、その時は俺達が立て替えた借金は、結婚祝い代わりにチャラにするつもりでいた。それか浩一が本気で口説きにかかるか、辛抱強く待ってたんだがな……。今年で丸七年になるから、そんなに悠長に待っていられなくて、今回強硬手段を取る事にした」

「そう、なの……」

「時期が時期だし、この事に関しては二年以内にケリを付ける。その時、お前の意に添わない結果になるかもしれんが、それについての文句は一切受け付けないから、そのつもりでいろ。勿論この事は、浩一を含めて他言無用だ」

 その常とは異なる強い口調に、真澄は清人の言わんとしている事を悟った。


「そこまで言い切るって事は……、当然浩一以外にも、彼女の結婚相手を物色済みなのよね?」

「ああ、何人か考えている男がいる。この数年でポロポロ結婚して、だいぶ人数は減ったがな」

 下手にごまかす様な事はせず、清人が相対している真澄に正直に告げると、真澄は泣き笑いの顔になった。

「馬鹿ね……、文句なんか言うわけ無いでしょう? 一緒に浩一を嵌めたんだから、もう一蓮托生よ。あなたが浩一から絶縁されたら、私も一緒に縁を切られてあげる」

 その表情を見た清人は、反射的に僅かに顔を俯かせる。

「……すまないな、真澄」

「もう他に隠している事は無い?」

「取り敢えずは無い」

 その答えを耳にした真澄は、明るい笑顔を作りつつソファーから立ち上がり、来月に迫った披露宴関係の書類を纏めて置いてある机に向かって歩き出した。


「じゃあ披露宴の打ち合わせをしましょう。そろそろ出欠の最終確認をして、必要な物をチェックして、席や部屋割りも決めておかないとね」

「ああ、そうだな」

 清人もそれで救われた様に顔を緩め、真澄の背中に視線を送る。その視線を意識しながら、真澄は(頑張ってね、浩一)と、心の中で密かに弟に声援を送ったのだった。


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