異世界日本ロス ~迷信だと思っていたのに~
雑ですが、お楽しみください。
日本という国家が国土ごと別世界に転移する。
創作物ではよくある話であったが、実際に起きたときにはたまったものではなかった。
多くの人々が創作物のテンプレのように混乱し、政府もどう対応していいのかわからずパニック状態であった。
ただ創作物と違ったのは……。
この手の転移物ではお約束の仮想戦記にはならなかったということである。
日本が転移した先の世界には人間以外の種族が国家を作っており、当然国家間での戦争も起きていた。
だがそれでも『とある事情』により、日本は他国から戦争を仕掛けられず、逆に戦争を仕掛けることもできなかった。
幸運にも、世にありがちな『科学万能』『科学>魔法』『野蛮な侵略国家に対する日本無双』な展開にはならず、比較的平和な国交を重ねていった。
平和な時代は続き、もはや地球という星で生きていた世代は亡くなってしまう。
異世界という言葉が『海外』と同義になった時代。
そんな世を生きる少年の物語である。
※
動物でありながら光合成を行う神秘の種族、ドリュアデス。
彼らの国には多くの種族、多くの国家から留学生を募集している特別な学校がある。
アレクサンドロス学園。
すべての種族にすべての知恵を、一つの学校にすべての本を。
そのようなキャッチフレーズの元に、諸国に対して積極的に留学生を募集している。
もちろん一番多い種族は現地の民であるドリュアデスだ。
それでも半数は他の種族であり、誰もが机を並べて勉学にいそしんでいる。
この世界で最も進んだ学問を提供しているというこの学園であるが……。
夏季の長期休暇も存在している。
沢山ある教室の一つ、高等部の一般クラスの一室でも、夏休みをどこでどう過ごすのか話題になっていた。
学校に通える生徒なので、当然ながら生徒の大多数は富裕層の子供である。
その話す話題も、家でおとなしく勉強をする、というインドアなものではない。
どこに旅行に行くのか、という話題で持ちきりであった。
「去年はアルセイデスの国に行ったんだが、アレは酷いものだった。ドリュアデスには耐えられない環境だったよ」
「そんなに違うのか? この国と同じで緑豊かな国だと聞いたけど」
「マナの質が全然違うんだよ。だから動植物や環境も大きく違う。愚痴も兼ねてそのことをレポートにまとめたら金賞を取れたけど……もう二度と行きたくないね。だから今年はナパイアイの国に行こうと思っている」
「君は好奇心旺盛だなあ。俺なら初めての国外旅行で失敗したら、もう二度と国を出たくなくなると思う」
「それはそれでいいじゃないか。別の国に対して変な期待や偏見を持たずに済む。だから若いうちにいろいろめぐるべきだと思うんだよ、ボクはね」
「去年行ったネーレーイデスの国は素敵だったわ~~! だから今年も行くのよ!」
「ええ? 一応聞くけど、同じ島? 別の場所をめぐるのよね?」
「いいえ、今年も同じ島に行くの! だって、あの人と約束したんだもの!」
「男目当てじゃないの……」
「いいじゃないの! ネーレーイデスとナーイアデスは混血が多いんだから!」
誰もが楽しそうに話をしている中で、一人の男子高校生はむすっとした顔をして『世界の名所』と書かれた本を恨めしそうに読んでいる。
彼はヒューマン。日本人と名乗る種族だ。
遠く離れた日本という国で暮らしていて、別の場所ではめったに見かけない。
国際色豊かなこの学校においても、彼……芦原大和以外は一人もいなかった。
そのような彼が不景気な顔をしているので、クラスメイトである女子が声をかけてくる。
「あらあら、大和君。旅行の本を読んでどうしたの。地理や世界史の勉強? 長期休みを前に熱心ねえ」
「そんなんじゃないよ。クラスのみんなが旅行旅行と楽しそうに言っているから、俺も旅行が出来たらなって考えているだけさ」
彼女はランパデスという種族のオルプネ。
寒色を基本とした体の色をしており、髪も瞳も肌すらも暗い色をしている。
一方で表情はとても明るく、陽キャラともいうべき雰囲気を放っていた。
「この世の中には翻訳魔法もワープ魔法もあるんだから、行きたいところには好きなように行けると思っていたのに……実際にはワープをするのも『便』があって時刻表付きと来たもんだ。ゲームみたいに個人が好きなタイミングで好きな場所に行けるわけじゃないし、結局有料だから金が要る……現実は残酷だぁ」
「誰もが好き勝手にワープできるようになったら、それはそれで問題だと思うけどね。それに宿泊したり食事をするにはどのみちお金がいるでしょ」
「まったくだ。調べたら目玉が飛び出るような金額が必要だって聞いて、俺も速攻で諦めたよ」
「それじゃあ夏休みの間はずっと学校の寮に泊まる? それとも近くの街を回ったりするの?」
「いんや。実家に帰る。留学させてもらっているんだから、ちゃんと感謝を伝えに来いって手紙に書いてあった」
「ふうん、私と一緒ねえ……」
オルプネは少し考えた後、大和に提案をする。
「貴方の実家は日本よね?」
「もちろん」
「私も一緒に行っていいかしら?」
「……はあ?」
如何に種族が違えども、学生で、異性で、実家に連れていく。
個人的に仲がいいわけでもない相手からの要望に、度肝を抜かれている。
「私も実家に帰って来いって言われているの。でも私は貴方と違って、おとなしく実家に帰る気は無いわ。だけど貴方が想っている以上に、私の実家は面倒が多いのよ。だから私が変なところに逃げたら、どんな魔法を使ってでも追いかけてくるわ。でも日本ではマナが無いから魔法も使えないんでしょ? 追いかけてこられないじゃない!」
「いやまあ、確かにそうだとは思うけども……俺の故郷って、面白くもなんともないぞ? 日本はどこに行っても同じようなもんしかないし、暮らしているのも日本人だけだし、魔法もないし、島国根性の奴ばっかりだし……退屈だと思うけどなあ」
「面倒なのよりはいいでしょ? それに、話のタネにはなるし」
「今実家に帰ったほうが面倒がないと思うけどなあ……」
「そこをなんとか! お願いよ~~!」
結局押し切られてしまい、大和はオルプネを日本へ連れていくこととなったのだった。
※
ワープ。
RPGではよくある概念であり、この『異世界』にも存在はしている。
しかしRPGのように個人が詠唱して好きな場所へ一瞬で移動できる、というものではない。
まず法的に考えて。
それこそ一般車両とおなじ理屈であるが、ワープが特定の個人の技術ではなく一般的なものだからこそ問題が発生する。
歩いている人間の目の前にいきなり瞬間移動で誰かが現れれば普通に衝突事故になるだろう。多くの人間が使用すれば、その事件の発生する可能性は増大する。
また魔法的に考えて。
より大きい物、重い物、沢山の物を移動させるとなれば、その分だけ消費される魔力は増える。
それだけの魔力を個人が持っているとは限らない。
加えて、一度も行ったことのない場所には行けない、というのも不便な話だ。
むしろ簡単に行けない場所こそ、ワープの需要はある。
そのような事情があるため、結果としてワープは公共交通機関となった。
ワープ駅、あるいは港と呼ばれる場所に行き、一日に何度かある『便』のチケットを購入する。
港で働いている職員が魔法を使って、目的地へ利用者をワープさせる……という仕組みになっている。
チケットの値段は、それこそ航空機と基本的に同じだ。
遠くであればあるほど、重い荷物を持っているほど、人数が多いほど。
値段設定は高くなる。
星の裏側だろうと一瞬で移動できるのは事実だが、夢があるかというと微妙なところであった。
そのような駅は、アレクサンドロス学園の敷地内にも存在している。
普段はあまり使用されることもないが、長期休暇や入学式や卒業式、来賓を招く際には使用される。
専用の大きな棟……一階建てながらも吹き抜けで三階ほどの高さがあり、相応に大きな門がある建物だ。
中央にはワープ装置である大きな魔方陣が設置されており、利用者はその上に立って待機する。
定刻になると係員が魔力を注ぎ込み、魔方陣の上に立っている利用者を転移させるのだ。
一度に転送できる人数には限界があるため、何度かに分けて転移させるケースもある。
人気の送り先は他からも送られる人数が多い関係もあって、日を開けて別の日に転送するというケースも多い。
一方で『日本駅』を利用する者は二人しかいなかった。
そのため予約を入れたらあっさりと許可され、他の駅へのアクセスがない隙間時間に突っ込んで、順調に二人は転移することとなった。
周囲には多くのワープ待ちの生徒がいて、二人だけで移動する大和とオルプネを奇異の眼で見ている。
「あのひと、オルプネ様だよね。なんで人間と一緒に移動するんだ?」
「オルプネ様の実家には専用の駅ぐらいあるだろ。一緒に連れていくんじゃないか?」
「いや……行き先は日本だって。あの人間の里帰りに付き合うとか……いやそもそも、オルプネ様の実家の関係で日本に行く必要があって、それで案内を任せたんじゃないか」
オルプネが有名人ということもあって、誰もが意見を交わしている。
だが口を挟むこともない。
周囲の係員が速やかに魔力を注ぎ込み、二人を一瞬でワープさせる。
瞬間移動なのでなんの感慨もなく、二人の周囲の景色が一瞬で切り替わった。
建物そのものはさほど変化はない。
それまでは周囲に多くの生徒がいたのに、今は要人らしき人物が少数いるだけの棟になっていた。
「さあ、お忘れ物がないように、速やかに出てくださいね」
「それじゃあ行きましょうか」
(本当に何の感慨もないな……)
二人は床に置いていた旅行用のカバンを持ち上げると、魔方陣の外に出ていく。
入れ替わりで日本駅から別の駅へ向かう客が入っていき、ほどなくして消えていった。
やはり公共交通機関。
誰も何も感慨がなかった。
二人は旅行用の荷物をもって駅の棟から出る。
海の香いがある、風の強い場所だった。
先ほどまでは密林で風のない土地であったため、瞬間移動をしたということを実感させられる。
「日本についたからには、もう実家から追手が来ても安心ね」
「……いや何言ってるんだよ。ここはまだ魔法使えるだろ? そもそもここに来たのが魔法じゃないか。俺たちの翻訳魔法も普通に効いているだろ」
「それもそうね。じゃあここは日本じゃないの?」
「日本駅は日本にないんだよ、その手前にあるんだ」
オルプネは改めて周囲をみる。
駅の棟以外には、大きな港があるだけの人工島であった。
大きな荷物を輸出入するとなれば、瞬間移動よりも船で輸送する方が安上がりであるため、この『島』にも港があるのだ。
そしてこの港では、輸送などで普通に魔法が使われている。
さらにいえば、海上輸送用の船も魔法で動く動力船であった。
「日本はあの橋を渡った先で、さらに船を乗り継いでいくんだよ」
ーーーなぜ日本と『異世界』で戦争が起きなかったのか。
それは日本周辺にマナがないという事が大きかった。
まず、日本は地球と同じように、どの国とも地続きになることはなく、外洋上に存在している。
よって他の国と行き来をするには空路か海路しかないのだが、まずこれが難しかったのだ。
どういうわけだかわからないのだが、この世界にあって当然のマナが、転移してきた日本周辺には存在しなかった。
どれだけ時間が経過しても、日本にマナが届くことはなく、また逆に異世界側のマナが減ることもなかった。
それは日本周辺で魔法が使えないというだけではない。
電子機器が異世界側で使えないという事だった。
細かい原理はわからないが、マナがある異世界では電子機器が故障してしまい、まともに動かなくなってしまう。
日本で作られた道具や兵器は、異世界ではガラクタ同然なのだ。
電子機器を全く使わない簡単な道具ならその限りではないが、電子機器を使わない道具や兵器など高が知れている。
少なくとも異世界の魔法と戦えるほどではない。
よって相互的に侵略のしようがなく、また征服してもいいことがないため、結果平和になっていたのだ。
互いに武力衝突できないという意味では、この問題はプラスに働く。
だが相互に交易をするとなれば、マイナスにしか働かない。
魔法も電子機器も使わない蒸気船や帆船なら航行は可能だが、実益を出すとなれば現実的ではない。
よって『魔法が使える限界点』と『電子機器が使える限界点』の海域にそれぞれが人工島を建設。
双方の間に橋を渡すことで諸問題を解決したのだ。
異世界側の人工島では魔法船で航行したりワープの駅を設置、日本側の人工島では電子機器を使った船で本土と航行することになっている。
「アレが名物、バベルの橋だ。あの橋がある空間じゃあ魔法も電子機器も使えないから、馬車で移動することになっている」
「馬車なんて観光地でしか乗ったことがないわね。日本じゃあ現役なの?」
「いや、日本も同じようなもんさ。馬車が現役なのはこの橋だけだ」
魔法も電子機器も使わないで外洋で橋をかけるのは大変だったそうだが、一旦橋をかけてしまえば電子機器も魔法も必要ない。
さほど距離があるわけでもないので、馬車どころか徒歩でも渡ることができる。
とはいえ二人とも荷物を持っていることや、バベルの橋が構造的にアップダウンが激しいため、素直に橋渡しの馬車の駅へ向かう。
荷物を運ぶ馬車は四頭引きであったが、人を運ぶ馬車は二頭引きであった。
観光地の骨とう品馬車ではなく、現役の馬車であるためとてもきれいであった。
アレクサンドロス学園へ向かう際に一度乗った大和は当然ながら、いい生まれであるオルプネも抵抗なく乗れた。
御者の手綱さばきによって馬は歩き出し、ゆったりと橋を渡っていく。
「もうすぐ魔法が使えなくなるの?」
「ああ、そろそろだ」
『あ……本当に、マナが薄くなっていく!!』
「……悪い、何を言っているのかもうわからない」
『本当に翻訳魔法が使えなくなっているのね……って! どうするの!? これから日本で一か月ぐらい生活するんだけど!』
「だから何を言っているのかわからないって……」
『貴方が何を言っているのかわからないわよ!』
翻訳魔法が使えなくなって焦るオルプネ。
彼女はしばらく馬車の中で騒いでいたが、御者も慣れたものなのか動揺しない。
やがて橋を渡り切り、電子機器が使える日本側に着くと、大和は荷物を下ろしながらもオルプネの手を引いて『受付』へ向かっていった。
そこでしばらく手続きをした後、まだ騒いでいるオルプネの首に『小さめの端末』をネックレスのように下げた。
「ほら、これで話ができるだろ」
「え!? そんなわけ……話せるわね」
「異世界人用のAI搭載の携帯端末だよ。それ一つで翻訳から身分証明までできる優れものだ。本当は他にも機能を付けられるんだけど、初心者用で余計な機能を削いでいるんだとさ」
「……なんか、貴方が頼もしいわね。貴方の故郷に来たって感じだわ」
「さすがにここで生まれたわけじゃないからな。そんなには詳しくないぞ。それより今度は日本本土へ行く船に乗る手続きをしないと」
「翻訳魔法の代わりはあるのに、ワープの代わりはないの?」
「ない」
「やっぱり魔法の方が便利なのね」
「ああ、俺もそう思う。日本は退屈だよ」
翻訳用の携帯端末によってパニックが収まったオルプネは、あらためて日本側の人工島を見渡した。
異世界側の人工島に比べて明らかに大きく、設備や建物も大きいようだった。
「なんでこっちはこんなに建物が多いの? 魔法が無いから?」
「それもある。太陽光発電とか潮力発電とかを設置しているからな。だけど一番大きいのは、島の主な施設がこっち側に集中しているから、だそうだ。異世界側の島で働いている人たちも、こっちの島の寮で寝泊まりしたり、買い物をするらしい。あっち側は本当に仕事をする設備しかないんだと」
「なんで? 魔法がないと不便でしょ?」
「ん~~……細かいことは俺にもわからないなあ」
「それもそうね……」
オルプネは比較的大きい建物……スーパーマーケットを見た。
多くの異世界種族や日本人が入り、買い物を手にして出ていく。
それらの荷物は重そうで、手で持つだけだと負担がありそうだった。
中には台車、手押し車に乗せて運ぶ人もいる。
魔法があれば軽くしたり小さくできたりするし、自分の筋力を上げることもできるし、魔法生物に運ばせることもできる。
それができないのは不便そうねえ、と思っていた。
それに魔法がないのなら食品の保存や調理も大変だろう。
オルプネにはその不便を想像してしまう。彼らが不便を受け入れている理由がわからなかった。
「でもまあ、そこまで生活を悪く思ってないってことじゃないか?」
「……ちょっと不便なだけってことね。それならまあ、納得かも」
オルプネは自分の持っている荷物の重さを強く感じながら歩いた。
今回はワープで移動する関係上荷物は軽く、小さくまとめている。
だから自分の素の力でも持ち運びができるが、それでも少しだけ不便と思う。
それでも大声を出して文句を言うほどではなかった。
旅先の貴重な経験と思いつつ、日本側の港、その建物へ入っていく。
人が行き来するための港ということで『お客様用の受付と待合室』という清潔な空間であった。
室内はLEDの照明で照らされおり、オルプネは初めて見るものであったが、彼女は特に反応することなく建物の中だけを観ている。
「日本人が結構多いわね。貴方以外の日本人を見たのは初めてだわ。日本では日本人はもっと多いのよね?」
「ああ。でも異世界の種族や混血は結構見かけるよ。日本人と結婚して帰化、骨を埋めた人も結構いるらしい」
「それは、すごい覚悟があったんでしょうね」
「同感だ」
オルプネは物凄く真剣に言っているが、大和はそこまで真剣ではない。
オルプネからすればインフラの無い未開の地で生きていく覚悟という意味であり、大和からすれば文化の違うところで生きていく覚悟という意味であった。
もちろんどちらも敬意を持っているが、温度差は著しかった。
その時である。
この港に日本本土から船が到着したとアナウンスがあった。
当然ながら多くの乗客が降りてくるのだが、その中に異世界種族の家族が混じっていたのである。
親の仕事で子供が一緒だったか、あるいは純粋な観光か。
いずれにせよ、親と子供が一緒に降りてきたのだが……なかなか騒がしかった。
「いやあああああ! もっといる、もっといる~~!」
「ほら、行くよ。ワープの時刻が迫っているんだ。おとなしくしなさい」
「そういう悪い子にはお土産を買うお小遣いを上げませんよ!」
「やだ~~~!」
幼児が泣き叫んで暴れていて、父親はそんな幼児を抱えて運んで、母親が注意をしている。
そんな家族連れが大勢いた。
日本人の客たちは何も言わないが、オルプネは目を丸くしている。
また他の客……若いカップルらしき異種族の男女は、土産物店で言い争いをしていた。
「ワープで持ち込める大きさと重量がこれだから……持って帰れるお土産は……人形や食べ物は……瓶詰、缶詰……レトルトはダメなの? お湯で戻す乾燥食品は? え、レトルトと乾燥食品は梱包材がプラスチックだからゴミ捨ての問題になるから駄目!? そんな……じゃあカレーはカレー粉の瓶ぐらいしか……」
「なあ、急いで向こう側に行かないか? そろそろ時間が危ないよ」
「あ、そうだ! 貴方の持ち帰る分の重量を削って、私の分を増やしてちょうだい!」
「これは職場に配る分だから必要なんだよ!」
「じゃあ着替えとかを持ち帰る分を捨てていきましょうよ!」
「それなら君が持ち帰る分を削ればいいじゃないか!」
「私のはお気に入りなの!」
「僕もだ!」
富裕層であろう人々が大騒ぎをしている。
中には妙な端末に向かって帰りたくないと大声で訴えている人もいた。
異様な光景に、オルプネは思わず大和に問う。
「ねえ、あの人たちはなんであんなに大騒ぎをしているの? そしてなんで誰も気にしないの?」
「よくあることだからじゃないか?」
大和はあっさり答えた。
「小さい子が騒ぐなんてよくあることだし、買い物で白熱するのも良くあるし、旅行先が楽しくて帰りたくないって不満を言うのも良くあるだろう?」
「まあそうだけど、少し異常じゃないかしら」
「そんなことないって」
大和は昔を思い出して恥じ入りつつ説明した。
「そりゃ俺だって昔は、日本はとても素晴らしい国だって思ってたよ。海外の種族の人はめちゃくちゃ日本を気に入ってくれるし、帰りたくないって騒ぐし、日本人と結婚してでも永住したがるって。でもそれはまあ、誇大表現だって気づいたら冷めた。日本が最高だって思っていたことを恥じたぐらいだよ」
留学することを選んだ者らしい、ある種先進的な考えであった。
「何度も言うけど、日本は理想郷でも楽園でもないよ。どこにでもある普通の国さ。魔法がない分、不便まである。君だって一か月も暮らせば飽きて、さっさとアレクサンドロス学園に帰りたいって思うさ」
「そ、そうかしら……」
「それとも、『日本は最高の国だ』『一度入ったら二度と国外に出たくなくなる』とか言ってほしいの? ドン引きだろ」
「ま、まあ、ええ……」
大和の言葉はもっともだった。
変な偏りはなさそうである。
ただ、大騒ぎをしている人たちの熱気が異様に思えていた。
なまじそうでもない人がたくさんいることも、混乱に拍車をかけていたのかもしれない。
「これから一晩かけて船の旅をするけど、それだけでもうんざりするさ。本当に退屈だから覚悟をしてくれよ? ……そうだなあ、何か暇つぶしに映画でも観ようか。ちょっと見繕っておくわ」
船の旅が退屈というのは彼の経験則である。
これから異世界に行く船に乗るとワクワクしていたのは最初の数時間。
その内飽きて、紙の漫画を購入して読み始めるほど退屈した。
お客である彼女に対するおもてなしとして、旅行中の暇を潰せる『娯楽』を準備することにしたのだった。
「おっ……『二進数携行女神』の外伝映画があった! 『クリーチャーの夏季休暇』。これにしよう。子供向けだけど、政治的な風刺とか一切ないから安心して楽しんでくれ」
「タイトルが不穏なんだけど、大丈夫?」
「嫌なら他のにするからさ。とりあえずコレを観てくれよ」
彼はこの後、この決断をものすごく後悔することになる。
※
東京、葦原家。
子供を異世界に留学させるだけあって、かなり富裕層の家庭である。
両親は共働きで、双方が高給取り。
姉もすでに就職済みで、実家に生活費も入れている。
都心の一軒家で暮らす家族は、この度長男の帰国と、異世界からやってくるお嬢様を迎える準備をしていた。
本当は港まで迎えに行きたかったのだが三人とも仕事が忙しかったため、夕方に家でもてなしの準備をするだけにしていた。
「ねえねえ。ラプパンデスの人って見たことある? 私は混血の人は見たことがあるけど、純血のラプパンデスの人は見たことないの!」
「混血とか純血って言い方は良くないんじゃないかしら。AIの翻訳次第では不愉快に思ってしまうかも……どう思う、お父さん?」
「AIの翻訳だからこそ、差別表現は修正されるから心配しなくていいんじゃないか?」
三人はたわいもない会話をしていたが、内心ではドキドキしていた。
大和からの手紙では『そういう関係じゃないから』と書かれていたが、それは大和側の話であって、相手側はそう思っていないかもしれない。
国境や種族を越えた大恋愛を大和がしているかもしれない。
ありえないとは思うのだが、そういう想像が膨らんでしまうのだ。
一軒家のリビングに集まって、お客さんと息子用の椅子を用意している三人は、今か今かと待っていたのだった。
ほどなくして、外でタクシーが止まった音がする。
どたどたという足音がしたかと思ったら、鍵を開けて息子と寒色の少女が入ってきた。
「だから! 歩きスマホするなって言ってるだろ!」
「今、今、いいところだから!」
「お前それ何回目だよ! 船の中でも何作も映画を観て、電車の中でもタクシーの中でもずっと見ていやがって! 一旦停止してくれよ! 乗り換えとか歩いている時ぐらいやめてくれよ!」
「今いいところだから!」
「語彙が死んでる!」
道中で日本文化の洗礼を浴びたらしい少女が、正気を失ったまま部屋に入ったのだった。
※
しばらくして。
今まで見ていた映画が終わったことで正気に戻ったオルプネ。
彼女は恥じらいながらも着席し、挨拶をする。
「先ほどは失礼をしました。私はオルプネ……アレクサンドロス学園の生徒で、大和君の学友です……」
「そんなに恐縮しなくてもいいのよ~~! 日本文化を楽しんでくれているようで何よりだわ!」
「そ、それですよ! 日本の文化……カワイイは凄いクオリティでした! いえ、クオリティだけじゃありません! クオンティティも凄いです! 大和君はこの国は退屈だって言ってたのに、とっても楽しいものがあるじゃないですか!」
オルプネはスマホを指さした。
膨大な映像情報を取得できる電子機器に感激している様子であった。
「日本は地球時代からエンターテインメントの生産地でしたからね。それは今でも変わっていませんよ。大和だって昔はアニメやゲーム、特撮や映画に夢中だったのに……そんなヒネたことを言うようになるなんてなあ」
「いつの時代の話だよ! それに俺が日本のサブカルを卒業したのはある意味普通だろ? だいたい全部お話しなんだから、本物の感動には及ばないだろ」
「あははは! アンタの中二病も筋金入りよね。でも異世界の御姫様はエンタメに夢中みたいよ?」
食事中だと言うので自重しているが、オルプネは他のアニメーション映画も観たくてたまらない様子であった。
日本国民が積み重ね続けてきた『エンタメ』は、質も量も比類ない。
もちろん好みはヒトそれぞれだが、一旦刺さるジャンルが見つかれば、その系統だけでも飽きさせないだけの地層があった。
「オルプネちゃんはどんなアニメが好きなの?」
「『二進数携行女神』です! どのコたちもとってもかわいくて、話も面白くて……最高でした! 語りたいことがたくさんあるんですけど、沢山ありすぎて何から言えばいいのかわかりません!」
「おっけ! それなら私のゲーム機貸してあげる! ラプパンデス語仕様に調整できるはずだから、楽しんでちょうだい!」
「おい姉ちゃん! 悪化させんなよ!」
「いいじゃないの! 日本に来てくれたんだから、楽しんでもらわなきゃ!」
オルプネが夢中になっている『二進数携行女神』は元々携帯ゲームが原作であった。
地球に日本があった時から存在しているが、現在も新しい作品が作られ続けているビックタイトルである。
「そうは言うけどさ、いまからあのゲームのシリーズをやらせるって……一か月じゃ絶対終わらないだろ?」
「初心者を沼に沈めるほど楽しいことは無いわ……」
「一応外国の偉い人の娘さんなんだけど!」
「デジタルゲームというのがあるのならやってみたいです!」
息子と娘、そして外国の少女は食事をしながらもエンタメの話に熱中していた。
料理を用意した親たちは、しかしとても嬉しそうに三人を観ているのだった。
※
葦原大和が帰国して一週間が経過した。
夏の東京は、地球ではなくとも暑い。
大和をしてあまり外に出たいとは思えない暑気であった。
否、そもそも日本での外出に、大和はそこまで魅力を見いだせなかった。
日本、ことさらに東京にはあらゆるエンタメが存在している。
デジタルの娯楽だけではない、アミューズメントパークでの体験も可能だ。
だが作り物だ。
作り手にどれだけ熱意があったとしても、等しく万人に与えられる調理された体験に過ぎない。
気づいてしまえば冷めてしまう。
サッカーマンガがどれだけ熱狂を生んでも、サッカーに熱中する選手たちは漫画の読み手であることだけでは満足できないだろう。
自分もそうだ。
フィクションのファンタジーがどれだけのドキドキやワクワクがあるとしても、その消費者であるだけでは耐えられない。
だから異世界へ留学したのだ。
自宅の自室で机に向かい、夏休みの宿題を終わらせよと奮闘している彼は、留学するために一生懸命勉強していた時のことを思い出していた。
「ねえ大和! 『二進数携行女神』のアミューズメントパークがあるって本当!?」
その空気を二重の意味でぶち壊してきたのは、目の下にクマを作った寒色の美少女、オルプネであった。
ここ一週間、食事やフロなどの時間を除き、ひたすら『二進数携行女神』のゲームをプレイし続けている彼女。
すっかりフィクションに魅了されているオルプネは、げんなりするようなことを言ってきた。
「そりゃあるけども……今は夏休みだから混んでいると思うぜ。次の機会にしろよ。っていうか、もういい加減、そのゲームから離れろよ。せっかく日本に来たんだから、サブカルじゃなくてガチの文化遺産の見学とかしないか? クーラーの効いている美術館には、百年前のナパイアイの古書とかも保管されているらしいぞ?」
「アミューズメントパークに行きたいの! お願い!」
大和はしばらく考える。
自分がフィクションに夢中だった時代に、アミューズメントパークではなく美術館に連れて行ってもらったら、熱中できるだろうか?
否であろう。
かつての自分と彼女を重ねると、イヤとは言えなかった。
「仕方ないなあ……じゃあ行こうか」
「うん! お願い!」
「ところで夏休みの宿題は終わったか?」
「……まだ」
「終わってからにしようぜ」
「昼までに終わらせてくる……!」
「あと一時間ぐらいなんだけど……」
結局一時間では終わらずに、一日徹夜で終わらせたオルプネであった。
※
オルプネにとって日本での日々はあっという間に過ぎていった。
ゲームアニメ実写映画特撮2、5次元舞台歌舞伎コラボ。
様々なエンタメを彼女は全力で楽しみ続け、ついには帰国の時がやってきた。
来た時同様に人工島の日本側へ船で向かい、そこで翻訳用端末などを返却。
バベルの橋を渡って異世界側へ戻り、ワープしてアレクサンドロス学園に戻る必要があった。
なのだが……船を降りたところで、大和とオルプネはいつか見た光景を自分たちで演じることになる。
「やっぱり帰りたくない~~! ずっと日本に居たい~~!」
「面倒くさいことを言うなよ! もう帰る日! 夏休みは終わり! あと電子機器は持ち帰れないって何度言えばわかるんだ! ゲーム機なんて電子機器の塊だボケ! これは俺の実家に送り返しておくからな!」
「止めて~~! 私の一か月の成果が、シリーズ全部での仲間との記憶が、そのゲーム機に残ってる~~! 置いていきたくない~~!」
「それから土産物で買いすぎ! 重量制限とか大きさの制限とか忘れたのか!? ワープで帰るんだぞ、ワープで!」
「じゃあ大和の重量分を私に頂戴よ! そうしたらぬいぐるみとか漫画は持ち帰れるんでしょ?」
「そういうアナログなのは持ち帰れるけど、俺だってクラスメイトにお土産ぐらい買って帰りたいんだよ! だから駄目だ!」
「そんなことを言わないでよ~~~!」
日本ロスなんて迷信だと思っていた。
そんなのはちょっと大げさに言っているだけだと思っていた。
本当のことだったなんて、知りたくなかった。
日本側の人工島で大騒ぎするオルプネを相手に全力で説得する大和は、彼女を連れてきたことを後悔するのだった。
そして、この土産物店で購入した瓶詰や缶詰、お菓子などをアレクサンドロス学園で振舞った結果……。
同じような症状に陥る生徒が多数出るなんて、思ってもいなかったのだった。
(オルプネがこんなになったのは、希少例だ。全員がこうなるわけないだろ……)
全員が同じようになって、日本に行きたがるようになって、日本に永住するには日本人との結婚が一番の近道と知って……。
学園で唯一の芦原に結婚の申し込みが殺到するなんて、さすがに理解の外であった。




