第6話 絶対おかしいと思う
「・・・」
教室内も、さっきまで騒がしかった廊下側も、一瞬で静まり返った。
まるで、世界の音が丸ごと消えたみたいだった。
「えっ、なに……?」
「さっき、なんか鳴ったよね……?」
誰かの声が、やけに大きく響く。
———なんだ?
反射的に周囲を見渡す。
が、
机も椅子も、窓の外の景色も、何一つ変わった様子はない。
「えっ、これなんかあった?」
「いや知らん」
「えっでも、もう鳴り止んでるくね?」
突如として鳴り響いた、耳障りな金属音。
全員が、意味もわからないまま顔を見合わせる。
「……警報っぽかったよね……」
「いや、でも警報ならなんかあったってことでしょ?
だったら放送とかあるはずじゃね?」
・・・まあ、そうだよな。
ってことは、ただの誤作動か何かだろうか?
でも、ミスだったなら普通はすぐに訂正の放送が入るはずだ。
「僕、一応外見てみる」
このフロアには一年生三クラス分の教室が集まっている。
他のクラスの様子も見ておきたいし、ホームルーム直後だから先生がまだ近くにいるかもしれない。
そう思って、教室の引き戸に手をかけた。
・・・んだけど、
「……あれ?」
取っ手を引く。
いつもなら軽く横に滑るはずの扉が、びくともしない。
もう一度、少し力を込めて引く。
ガタッ、と小さく揺れるだけで、開く気配はなかった。
「開かない……これ」
「はあ?」
「えっ、どういうこと?」
「えっ、やばくね?」
「これ、もしかして閉じ込められた?」
教室の空気が、一気に重くなる。
誰かが立ち上がり、別の扉を試す。
が、
結果は同じだった。
「なんで……?」
「さっきまで普通に開いてたよな……?」
胸の奥が、じわじわと嫌な感じで締め付けられる。
その時だった。
———キィィィィィィン……ッ!
さっきよりもはっきりとした、耳を刺すような音。
「・・・」
「えっ、また?」
「いや、これ絶対なんかあっただろ!?」
そして、ついに放送が入った。
「生徒の皆さんにお知らせします。
ただいま、敷地内に侵入者が侵入しました。
教員間で協議した結果、皆さんでも十分対応可能との結論に達しましたので、実戦演習として扱います」
・・・は?
侵入者?
実戦……演習?
「……え?」
「今、なんて言った?」
「訓練ってこと……なのか?」
ざわり、と教室が揺れる。
「目標は今から数分後に中央棟に到達することが予測されます。
3年生はそれまでに参加するかどうかを自己責任で決めてください」
———あ、三年の話か。
だったら、僕たち一年は関係ない……はずだよな?
「不参加の場合は自分の教室か、三年フロアに留まっていてください。
参加の場合は中央棟に集まってください。
なお、4年生以上は強制参加です。不参加は認めません。
1、2年生は危険ですので参加は認めません。
自分の教室内で留まっていてください」
「・・・」
「ねえ、これってさ……」
誰かが、震えた声で言った。
「わざわざ敵を校内に入れてるってことだよね?」
「えっ、そういうこと?」
「いや、そうだろ……」
「えっ、俺ら大丈夫なの?」
「逃げたほうがよくね?」
「いや、でも教室の扉そもそも開かなくなってるし……」
「だったら、窓から……!」
誰かがそう叫んだ瞬間。
ガチャン、という音が放送から響き、マイクが切り替わった。
今度は、気だるげな男の声。
「えー、皆さん、混乱してると思うので補足説明です。
各学年とも、指示に従ってくれたら安全確保はある程度できるんで、ちゃんと指示従ってくださいねー」
・・・なんか軽くね……?
しかも何?
そのやる気なさそうな声。
「まあ、4年以上はいつもやってる通りにやってくれたら大丈夫です。
3年は人によっては危ないので自分で判断してさっさと動いてください」
「実際の現場では猶予はほぼありませんよー。
2年はともかく、1年はガチで危ないので絶対そこから動かないでください」
教室のあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
・・・冗談じゃない。
そんな危ない奴中に入れないでほしい。
例え、上級生が対応できるからって言っても、僕らいい迷惑じゃん……。
まじで、先生たち何考えてんの?
えっこれが、この学院の普通なの?
「安全確保のために中央棟から、各学年フロアにつながる扉はすべて施錠します。
4年以上で施錠フロア内にいることが発覚した生徒は後で指導入れるんで、ちゃんと参加しましょうね」
ってことは、
僕らの安全は一応確保されてるってことでいいのかな?
っていうか、
・・・4年以上は強制参加って、
逃げ道ないじゃん……。
「一年だけは念のため教室も施錠してます。
皆さんの安全を考えての措置なので、そこはご了承ください」
「・・・え?」
「今、施錠って言った?」
「じゃあ、やっぱり……」
誰かが引き戸を叩く。
ドン、ドン、と鈍い音が教室に響く。
でも、扉は微動だにしなかった。
「これは先生たちがやったってこと……?」
「放送聞いてたら、多分、それが1番安全だからじゃない?」
「いやいや、1番安全なのは、そもそも侵入者をさっさと捕まえることだろ!?」
「俺ら、本当に安全なの……?」
誰も答えられなかった。
・・・先生たち、マジで何考えてんだよ。
外では、どこか遠くで、誰かの悲鳴のような声が聞こえた気がした。
◎
・・・今の、悲鳴だよね?
気のせいじゃない。
はっきりと、誰かの叫び声だった。
教室の中に、重たい沈黙が落ちる。
「……今の、聞こえた?」
「うん……」
「誰か、叫んでたよな……?」
誰もが不安そうに窓の方を見た。
けれど、ここは三階だ。
廊下の様子も、外の様子も、ほとんど見えない。
見えるのは、ただ静かな中庭と、遠くにそびえる中央棟だけ。
「……大丈夫なのかよ、これ」
誰かが呟いた。
その時、前の席に座っていたルーサが、ふうっと小さく息を吐いて言った。
「多分、大丈夫よ」
「え?」
「いや、正確には“この教室にいる限りは”ね」
ルーサは立ち上がって、教室の中央に出てくる。
その表情は、さっきまでのパニックとは違って、妙に落ち着いていた。
「この学院の構造、あなたたちちゃんと見たことある?」
「構造……?」
「いや、入学して二日目だし……」
ルーサは窓の外を指さした。
「あの高い建物、中央棟でしょ。で、あそこを中心にして、放射状にフロアが六つ伸びてる」
「……あー、言われてみれば」
「上から見たら、円みたいな形になってるはずよ。各フロアに一学年ずつ割り当てられてる」
みんな、言われて初めて思い出したような顔をする。
確かに、移動のときにそんな配置だった気がする。
「で、中央棟を経由しないと、他のフロアにも行けないし、外にも出られない」
「……ってことは」
「中央棟を封鎖すれば、フロアごとに完全に隔離できる」
ルーサは教室の引き戸に目を向けた。
「さっきの放送で言ってたでしょ。“中央棟から各学年フロアにつながる扉はすべて施錠する”って」
「・・・」
「つまり、中央棟側が閉まってる限り、侵入者はこのフロアには来れない」
一瞬、教室の空気が緩んだ。
「じゃあ……」
「俺らは安全ってこと?」
ルーサは肩をすくめる。
「まあ、外には出られないけどね」
・・・まあ、そうだよね。
「地下もあるけど、あそこは教職員エリアだから生徒立ち入り禁止だし。通路も教員しか知らない」
「職員室も中央棟の上層だし、管理は全部あっち側でやってるはず」
つまり、
「放送の通りにしてたら、基本的には安全ってことか……」
みんなの顔から、少しずつ緊張が抜けていく。
代わりに、どっと疲れが出たような顔になった。
「……なんだよ」
「ビビらせやがって……」
「侵入者って聞いたとき、マジで死ぬかと思った」
その時だった。
——ドンッ!!
隣のクラスの方から、何かが壁にぶつかるような音がした。
「・・・!」
「今のなに!?」
「叫び声、聞こえなかった!?」
今度は、はっきり聞こえた。
廊下の向こうから、複数の叫び声と、走る足音。
「開けて!開けてくれ!!」
「なんで開かねえんだよ!!」
「誰か助けて!!」
1組か、3組だ。
どちらかのクラスが、完全にパニックになっている。
・・・あるいは両方か。
教室の中が、またざわつき始める。
「……やばくね?」
「安全って言ってたけど、あれ聞いたら無理だろ……」
ルーサは一瞬、言葉に詰まったあと、小さく言った。
「……知識があるのとないのとじゃ、全然違うのよ」
確かに、それはそう。
僕たちは、学院の構造を聞いたから、まだ“理解”できている。
でも、何も知らなかったら。
いきなり閉じ込められて、侵入者がいるって放送されて、外で悲鳴が聞こえて、
・・・うん。絶対パニクるな。
正気でいられる方がおかしい。
「……かわいそうだけどさ」
誰かが気まずそうに言った。
「俺ら、出られないし……何もできなくね?」
沈黙が落ちた。
「まあ、こればっかりは仕方ないよ」
僕は肩をすくめた。
そして、別の誰かが、明るすぎる声で言った。
「……なあ、なんかやろうぜ」
「は?」
———何言ってんだ?こいつ。
「いや、このまま固まってても仕方なくね?」
「……確かに」
いや、確かにじゃない。
もうちょい緊張感持とうよ。
外、やばいんだよ?
「パニックになるよりマシか……」
まあ、それはそうだけど……。
その流れで、誰かが鞄を漁り始めた。
「ボードゲーム持ってきてたんだけど、やる?」
「・・・この状況で?」
「逆に今しかなくね?」
絶対そんなことないと思う。
て言うかそれ持ち込み禁止だよね。
どこから持ってきたの?
まあでも、外の悲鳴を聞いて、何もできない現実を突きつけられるよりは、まだマシか。
「……やろう」
「賛成」
「どうせ出られないしな」
こうして、僕たち2組は、異様なほど落ち着いた空気の中で、机を囲み始めた。
・・・やっぱ、この状況おかしいと思う。




