何もかももう遅い
ちょっと短め。メイド長のお話
あれ、と一人のメイドが声を上げた。
「ねぇ、あの子は?」
「へ?」
言われて、他のメイドも首を傾げる。
一人、メイドが足りないのだ。
「……そういえば……何か、例の双子のところに行くとか、言ってなかった?」
「やめなさいよ、って誰か言ったわよね?」
「言ったけど……」
こそこそと話している若いメイドたちを見たメイド長は、すぐさま反応してつかつかと歩いていった。
「こら!」
「ひゃっ!!」
「ご、ごめんなさーい!!」
一喝されてしまうと、メイドたちはひゃあ、と情けない声を出して肩を竦めたり、ささっと逃げたりもしている。
そんな中で、一人だけメイドが残って、メイド長に恐る恐る話しかけた。
「あ、あの……メイド長」
「何ですか、仕事に戻りなさい」
「別邸に……何があるんですか?」
別邸、という単語を聞いたメイド長は、かつて本邸で笑いあっていた双子のことを思い出した。
あの頃は、家族の皆様ももっともっと……楽しそうに、嬉しそうに笑いあっていたのに……と込み上げてくる思いがあるが、新しく雇用されたこのメイドにあれこれ言っても仕方の無いことだ。
「……少しね、事情があるのよ」
「あの、一人……メイドが足りない、っていうか、その」
「…………」
「その子、もしかしたら別邸に行ったかも、しれなくて」
その言葉に、メイド長の顔色がさぁっと悪くなった。
『メイド長、おやつまだ?』
『転んじゃった……メイド長、手当てして~』
幼く、同じ顔をした可愛い二人。
今はすっかり成長している頃だろうが、どうしているのだろうか。
あっという間に現当主に別邸に追いやられてしまい、隔離をされた、末娘たち。
「……っ」
「あの……メイド長?」
「……何でもありません。気にしなくてよろしい」
はい、と返事はしたもののどうにもメイド長の顔色は悪い。
「旦那様には……私が報告します。一旦、この件に関しては口外しないように」
「は、はい」
頷いたメイドが持ち場に戻っていくのを見て、メイド長は目の前が回っているような感覚を覚える。
あぁどうしよう、誰かがあの時。
もしも、あの末娘たちを助けよう、と進言していれば……どうにかなったかもしれない。
「……違う」
そこまで考えて、メイド長はふるふると首を横に振った。
違う、何もかもが違うのだ。
誰も、何も、進言しなかった。それはつまり、あの時はあの判断が正しかったのだ、と皆が思っていたから。
「……ブランシュお嬢様……ノワールお嬢様……」
震えるメイド長は、必死に呼吸を整える。
どうしてあの時。あんな判断が正しいと思って……あぁいや違う、さっきもこれは考えた、とメイド長は酷い顔色のままよろよろと立ち上がった。
「旦那様と……奥様にも知らせないと……」
呟いた時、あはは、と軽やかで明るい笑い声が聞こえてきた。
「……ッ」
そこから中庭の四阿が見えて、笑いあっているこの家の人間ではない双子……のような存在。
「……きっと、もう……」
何もかもが、遅い。
恐らく逃げたとて、あの双子は……いいや、本来のこの家の末娘たちがきちんと己の神と意思疎通を行った上で、その力をきちんと使いこなしてしまえば、どうにかなってしまうのはこちら、だ。
笑いながら、お茶を優雅に楽しんでいる二人は、メイド長に気付いてひらひらと手を振ってくれる。
その行動に悪意などない、と分かっているけれど、どうしても今までのようには手を振り返せない。
あぁ、この考えも間違っている。
今まで忘れていたくせに、他のメイドからの言葉ひとつで双子のことを思い出す、だなんてあまりにも都合が良すぎる、ということに己でたどり着いた。
「(……そうだ……どうせ)」
そして、その先の声に出ない『答え』。
どうにか色々なものを無理矢理に呑み込んで、双子の模倣品に対して頑張って手を振り返したメイド長は、使用人室に向かい、室内に入ってからへたり込んだ。
幸い誰もいないから良かった、と安堵しつつ、床に手をついた途端、ぽとり、ぽとり、と涙がこぼれ落ちる。
「……ブランシュお嬢様……、ノワールお嬢様……大変、大変申し訳、ございません……っ」
今更謝ったところで、もう何もかもが遅いというのに。
嘲られようとも、ただひたすら、メイド長は繰り返し誰もいない空間で謝る。
助けてくれ、なんて言わない。
見逃して、とも言わない。
ただ、粛々と、『その日』を待つだけだから。




