ご飯を食べよう:前
差し出された手を見て、双子は戸惑っていた。
この手を取れば、何かが変わる。でも、このまま取ってしまっても良いのだろうか……と思う一方で、助けてほしいから手を取ってしまいたい、という気持ちだってある。
きっとこの二人は自分たちの味方であることは、間違いない。でも、本当に信じていいのか、判断できない。信じたい気持ちと、そうでないきもちがぐるぐると回っていく。
「……」
「何を迷うことがあるのですか、ブランシュ様、ノワール様」
優しい声、優しい眼差し。
けれど、どこか虚無感のあるような危うさも見えてくる。どうしようか、と悩んでいたらしいが、ブランシュが遠慮がちに口を開く。
「……この手を取ったら、何ができるようになるの?」
「そうですねぇ……姫様たちの『ご家族』に、『ご挨拶』なんかができるようになるかと思いますよ」
にこにこと笑いながらエカードがブランシュの問いかけに答え、続いてノワールが口を開いた。
「ねぇ……わたしたち、ここから出られる?」
「勿論ですとも!」
がば、とウルツがノワールの問いに答えつつ、隙あらば頬にキスをしようとしてくるものだから、ノワールは掌を使いつつ、ぎぎぎ、とウルツの顔を頑張って遠ざけようとしている。
ノワールがあんな虚無顔をしながら抵抗している姿、珍しいなぁ、とのんびり思っているブランシュだったが、さすがにこのままだとノワールの初キスまで奪われかねない、と感じてしまい、エカードに視線をやる。
「ええと、エカード……さん」
「呼び捨てで、どうぞ」
「……エカード」
「はい、何でしょうか姫様」
「ノワールのこと、助けてあげて?」
「かしこまりました」
にこ、と機嫌よく微笑んだエカードは、己の半身でもあるウルツの後頭部を容赦なく叩いてから、自分の方へと意識を向けた。
スパン! ととても良い音がして、『あいたぁ!?』とウルツが叫んだが、気にすることなく凄味のある笑顔でじり、とウルツに近寄った。
「何するんだ、ウルツ! 俺の姫様を堪能しようと……」
「……ノワール様のお顔、よーーーーーっく見てくださいね」
「え?」
とんでもなく虚無な顔で、どうにか唇を守ろうとしているノワール。決してウルツのことが嫌いなわけではないが、過剰なスキンシップにはノワールは全く慣れていない。
だって相手が成人男性なんだもの、とノワールは微かに震えてもいる。
これがブランシュ相手ならば、全く問題なくハグだろうが、手を繋ぐことだろうが、大体何でも受け入れるのだがたとえ神とはいえ、男性であることは間違いないのだから、慣れていなくて当たり前だ。二回目かもしれないが、無理なのが当たり前なのだ。
「……マイマスター……お嫌、でしたか?」
「もうちょっと……その、距離感を……。あと、いきなりすぎて……びっくり、した」
「はい……」
しょぼん、としているウルツの頭には、犬耳が。気のせいかもしれないが、尻には尻尾が見えるような気もしてくる。
あれかな、大型犬かなこの人……っていうかこのカミサマ。とかノワールが思っているとは知らず、エカードがまたもや遠慮なくウルツのことを殴った。今度は脳天にゲンコツを落としたものだからいい音もした。
そっとブランシュとノワールが自分の頭を押さえたことは、エカードは見逃さなかった。だから、すみませんねぇ……と小声で謝っておいた。ウルツに関してはまぁ、うん、という顔で見下ろしている。
「いったぁ!? だ、だから俺のこと殴りすぎじゃないですかねぇ!?」
「反省しろ」
「しておりますし!?」
「姫様、色々と大丈夫でしたか?」
優しい口調で問いかけてくれるエカードに対して、ノワールはこくん、と頷いた。
一応大丈夫ではある、ちょっと心臓がバクバクしているだけで。
あと頭、痛そうだなって思っているくらいだ。
「……ウルツ……さん?」
「俺のことは呼び捨てでお願いします、マスター!」
殴られて不満そうにしていたが、ノワールに名前を呼ばれてぱっと顔を上げたウルツは、とても目が輝いていた。それはもうキラキラと目を輝かせながら、何でも言ってくださいと言わんばかりにばっとノワールに向き直った。
「あの……家族と話ができる、って……本当、ですか?」
「ええ勿論! きちんとお話できますよ」
「……そっか……」
そう、色々話さなければならない。話が通じるのかは一旦別にしておくとしても、訳が分からないままここに閉じ込められて、誰とも接点がないまま七年も過ごしているのだ。
だが、それより先にやらなければならない、火急のことがある。
くうぅ。
「あ」
「……あう」
双子は、揃ってお腹を押さえた。
「ブランシュ様……空腹、でしたか」
「……」
とても恥ずかしそうに頷いたブランシュ、そしてウルツもばっとノワールを見れば同じようにお腹を押さえて申し訳なさそうにしている主が目に入った。
「マスターも、ですか?」
「……うん」
消え入りそうな声で返事をしたのを見て、よっこいせ、とウルツは立ち上がる。
改めて見渡せば、屋敷はあまり手入れがされていない。雨風は凌げるだろうが、色々とガタが来ているようにしか見えなかった。
「ふむ」
「これ、修繕しましょうか」
エカード、ウルツが少しだけ考えてから、双子にそう提案する。
「え?」
「修繕、って……」
ブランシュもノワールも、『この二人大工仕事できるのかな』とポカンとしているが、そんな事をする必要などない。
肉体労働、というか魔法で直してしまえば良いじゃないか、とエカードが提案してからぱちん、と指を鳴らした。
すると、あっという間にぼろぼろだった室内が直っていく。そもそもこの別邸自体があまり手入れをされていなかったこともあって、双子はどうしたらいいんだ、とできる範囲の掃除はどうにかしていたが、修繕をする方法は知らなかった。
やって来るメイドにお願いしても、無言で睨みつけられてしまい、どうすることも出来なかった。魔法の練習をしたくても、何をどうしたら良いのか、と途方に暮れてしまっていたから、あっという間に部屋が修繕されて、目をまん丸にした。
「すごい……エカード、こんな魔法、使えるの……?」
「姫様も練習したら、すぐに出来るようになりますよ」
「ウルツもできるの?」
「はい! マスターがお望みとあらば、練習にもお付き合いできますよ!」
その一言に、ノワールはパッと目を輝かせる。
可愛らしい様子にブルブル震えながらも、抱き着くことを必死に我慢しているあたり、直せと言われたことはすぐに実行しているのだろう。
さすが、と言っていいかもしれないが、そっとウルツの隣に移動したエカードにより、尻を遠慮なくつねられている為に、迂闊に動けない、ということもあるのだが、己の名誉のために必死に口を閉ざしているウルツ。
「練習……って、魔法の練習、できるの!?」
「え、あ、あぁ、勿論!」
神たる自分たちなら、いくらでも出来る。
そもそも、この双子はあまり魔法の練習をしてこなかっただけで、潜在能力の塊だ。
恐らく、少し教えれば問題なく魔法だって使えるだろう。だが、今まで本当に教えて貰えなかったのだろうか、と考えるが、まずは食べることだ。
食べなければ体力も増えないし、そもそもの活動エネルギーだってゲットできない。
「姫様、少々伺いたいことが」
「エカード、何?」
「こちらに食料は……」
「あ……」
ブランシュが困ったようにノワールを見たが、ふるふる、と首を横に振る。
そういえば、何日か前にメイドが持ってきてくれていたが、最近やって来ていなかったことを思い出す。
「もう……パン、一個ずつしか、なくて」
「え?」
一体どんな量なんだ、とエカードとウルツは、顔を見合せた。
「姫様、少し御前を失礼しますね」
「マスター、俺も少しだけ失礼します。何かあったらすぐ呼んでください」
「う、うん」
「分かった」
エカードとウルツは、邸内をあちこち歩き回って食料を探し始める。
だが、どこをどう探しても無かった。
双子が言っているパンも、一体どこにあるというのだろうか……と困惑していると、屋敷に歩いてきている気配を確認した。
「ウルツ」
「はいよ」
もしかしたら、双子に食料を持ってきているニンゲンかもしれないな、と判断した二人は、ふっと姿を消して気配の方向に飛んだ。
案の定、とても大きなバスケットを重そうに持って歩いているメイドの姿が視界に入った……のだが。
「あー…………化け物への食料配達係とか、マジで最悪なんだけど!」
「は?」
「あぁ?」
ここは一人だから問題ない、と思ったのか、メイドが悪態を吐いた。
これが、仕事だけのことなら気にしなかったのかもしれないが、双子に関しての悪口も聞こえてきてしまう。
あぁ、可哀想に、とエカードもウルツも思った。
自分たちみたいな神様に好かれたばかりに、本邸から追い出されてしまった可哀想な双子。だが、自分たちに寵愛される権利を持つ人間は、そうそう生まれてこないのも事実だ。
二人がそう考えている一方で、悪態を吐いたメイドは荷物をどかっ、と降ろしてから何やらごそごそと荷物を漁り始める。
「あー、あったあった! あんな化け物の口に入る前に……しっつれいしまーす♪」
「へぇ」
「なるほどねぇ」
意図的に食料を減らされているのも事実だったのだろうが、こうしてくすねる馬鹿がいるから、双子の元に辿り着く食料がすくなかった、ということだろう。
「馬鹿なニンゲンだ」
「あぁ、本当に」
エカード、ウルツの気配が変化していく。
双子に対して見せた、甘く、蕩けるようなものではなく、敵意丸出しのそれは、殺気にも似たようなもの。
「いけませんねぇ……それは、我らが姫様の食物でしょうに」
囁きは、まるで波紋のように広がり、メイドの耳にも届く。
「え……?」
今まさに齧りつこうとしていた高級フルーツを手にしたまま、口をあんぐりと開けた間抜けな顔で、メイドはあたりを見渡した。
「お前だよ、お前。マスターの食料に手をつけてる、卑しさまみれのお前だ」
「はぁ!?」
そんな風に言われたくない、とフルーツをカゴに戻して周囲を見渡すが、何もいない。誰も、いない。
「だ、誰!? 化け物の味方!?」
そしてまた、メイドは彼らにとっての地雷を踏み抜いた。
「誰が」
「化け物だ」
交互に聞こえた声が聞こえ終わるかどうか、のタイミングでメイドは自分の視界がおかしな方向にひん曲がったことだけは、覚えている。
「あ、え」
上手く言葉を発することができないまま、もうそれ以上彼女は喋ることはなく、その場に崩れ落ちた。
「おっとっと、汚れたらいけない」
「これ、技量がいるんだよねぇ」
あはは、と笑う神たちはメイドの胴体を蹴って、ごろりと転がした。ついでに、胴体と離れた首も、ぽかーん、と蹴っておく。
血が飛び散ってしまっては、食料の入っているカゴにもかかってしまうかもしれない。
それを考慮して、血が飛び散らないようにうまいこと操作をしてからメイドの首をすぱん、と刎ねたのだった。
「ふむ、少ないですが……まぁ、一旦姫様たちの空腹は満たせるでしょうね」
「マスター、喜んでくれるかな~」
ウキウキとした様子のウルツと、ホッとしたようなエカードは、先程メイドに対して向けた雰囲気とは真逆の雰囲気をすぐさま取り戻して、別宅へと戻って行った。
二人が戻った頃、血が飛び散らないように操作していた魔力もなくなったことで、どぼ、と切断面から紅いそれがとめどなく溢れ出した。
どくどくと溢れて止まらないそれが、地面に吸い込まれていくが、彼らが大切にして気にするのはあくまで召喚主である双子だけ。
彼女たちに対してのみ、果てしない親愛を注ぐのだから。
「さーって、何作ろうかね、エカード」
「まずは体に優しいものにしてあげないと、姫様たちの胃が驚いてしまいますね」
「ちょっとずつ、姫様たち元気になればいいなぁ」
「元気にするんですよ、僕たちがね」
そんな会話をしながら、彼らは別邸へと戻り、双子に食料を見せる。そうせると、双子は『こんなにいっぱい!』『すごい!』と、目をキラキラさせて喜んだのだった。
「さぁ、ご飯を食べましょうね。姫様たち」
「マスターは座ってて、俺たちが何か用意するよ!」
優しい言葉に、優しく触れてくれようとしている手。
あぁ、きっとこの二人なら大丈夫。
「ありがとう、エカード」
「ウルツも、ありがとう」
双子は、躊躇することなく二人の手を取った。きゅう、と握れば互いの魔力が混ざり合い、ふわ、と温かな風が吹いた。
「後ほど……姫様たちと契約をしたいのですが」
「いいよ、エカード」
「俺もいい?」
「勿論、ウルツ」
にこ、と微笑みえかけてくれる己たちの主の、何と愛らしいことか。
エカードもウルツも、この二人の為ならば何でもしよう、と改めて心に刻んだのだった。




