「たすけて」と呼んだから
この人たち、誰だろうか。双子はそう思いながらじっと見上げ、涙で濡れたまま、不思議そうに首を傾げた。
まだ涙は溢れることもあり、すぐには止まってくれそうになかったが、驚きの感情が勝ったために、ぽかんとして青年二人を見上げていた。
「……あなたたち、だれ……?」
ブランシュが問えば、一人がすっと彼女の傍らに膝をついて蕩けるような微笑みを浮かべた。
「お会いしたかったです、我が主」
「ある、じ」
何だろうそれ、とブランシュは首を傾げているが、ノワールの方も同じように膝をついて微笑みかけられており、混乱していた。
「ノワール……って、あ……」
「ブランシュ……どうしよう……」
二人揃ってオロオロしている様子に、彼らは思わず笑みが零れたらしく、こちらはこちらで微笑んでいる。
今までこんな対応なんかされたことがない双子は、困りきった様子で顔を見合せて、自分たちに跪いている二人に遠慮がちに声を掛けた。
「わたし、たち……そんなに、その……えらい人では、ない、です」
「何を仰います、お二方とも、えらい人ですよ」
にこにこと機嫌の良さそうな二人は、じっと『主』と呼んだ二人のことを観察する。
痩せてこけた頬、すっかり細くなってしまっている腕や、足。年齢不相応なほどの貧弱な体に、どこか怯えを含んでいる目。
事態は深刻と考えた方が良さそうだ、と二人の青年は揃って考える。
「……すみません、お二人のお名前を伺っても?」
一人がそう問えば、双子はおろおろとして互いを見、信用しても良いのか分からないが、悪意が無さそうだと判断して、恐る恐る口を開いた。
「ブランシュ……です」
「わたしは、ノワール」
「お二人とも、とても良いお名前ですね」
間髪入れずに名前を褒められてしまい、また双子はどうしていいか分からなくなる。
スキル判定の時に水晶が黒に染まってしまったあの日を境に、この人達が現れるまではお互いしか話し相手がいなかった。
どちらかが眠っていれば、片方も眠る、あるいは起きてぼんやりするか邸内の図書館らしきばしょにあった本をひたすら読み漁る。やることといえばそれくらいだった。
使われていない別館だったから、少しでも自分たちが快適に過ごせるようにあれこれ挑戦し、あぁでもない、こうでもない、と言いながら常に滞在している部屋くらいは綺麗にしていたが、食材も最低限しかないから料理なんかもってのほかだった。
でも、いるのはお互いだから、後ろ向きにはならないよう、互いの肯定感を高めるためにも二人はお互いを褒めあっていた。
その環境が瞬間的にいきなり変化して、見たこともない男性(と思われる)二人が現れ、双子のことを褒めてくれる。
戸惑うな、というほうが無理だろう。
「え、ええ、と……。二人は、どうやってここに……?」
「お父さまやお母さまに何か言われてやって来た……んじゃないです、よね?」
『他人』との会話なんて七年ぶりだから、どうしたものか。手探り状態ながらも、二人は必死に言葉を選んで、失礼なことは言っていないかと、ほんの少しだけ怯えながらそれぞれ問いかけた。
問いかけられた方は目を丸しており、はて、と二人揃って首を傾げたが、質問に対しては全く気を悪くしておらずに笑顔で答えてくれる。
「僕たちは、あなた方に召喚されました」
「……?」
「さっき、泣いておりましたよね。あの時に召喚されたんですよ」
事実だし涙の跡もしっかりあるから、双子はこくん、と頷く。だが、続いた言葉には二人揃って目を丸くした。
泣いていたことなんて、涙のあとを見れば明らかなのだから、わざわざ問いかけなくても……とブランシュが思っていると、ブランシュに対して跪いていた一人がすっと手を伸ばしてくる。
叩かれたことはないとはいえ、いきなりの『他人』からの接触がやってくることに驚いたブランシュは、一気に体を硬直させてノワールに抱き着いた。
すぐに離れたものの、かたかたと震えている。どれだけ他人と接触していないのか……と思ったが、七年という歳月は、子供にとってはあまりに長いものだった。
「……おや、申し訳ありません。つい、ブランシュ様の頭を撫でたくて。頑張りましたね、と申し上げたかったのですが……誤解を招いてしまいました」
すみません、と言葉を続けた彼の言葉に、嘘の色は無さそうだった。双子はまた、互いに顔を見合わせながら、次はノワールが口を開く。
「あ、貴方たちの……名前を、教えて、ください」
「僕たちの」
「名前、ですか」
はて、と揃った動きで首を傾げている二人。
もしかして、何かおかしいことを聞いてしまったのだろうか、と双子が不安に思っていると、にこ、とすぐに彼らは微笑んで嬉しそうな声で答えてくれる。
「僕は、エカードと申します。ブランシュ様、貴女に導かれてやってまいりました」
「……わたし?」
自分を指さしたブランシュは、きょとんと目を丸くする。
「僕はウルツ、と申します。お察しかもしれませんが、ノワール様。貴女に召喚されました」
「……あ、うん……?」
そう言われても、とノワールは戸惑いがちにそっとウルツに手を伸ばす。肩に触れた瞬間、ウルツの目が、さっと蒼に染まった。
「……え!?」
何か良くないことでもしてしまったのだろうか、と慌ててノワールはウルツから手を離し、おろおろと彼の様子を見つめている。
当の本人のウルツは、ぱちぱち、と何度か瞬きをして、感動したのか勢いよくノワールへと抱き着いた。
「~~~~!?!?!?!?」
「ノワール!」
「ウルツ、落ち着きなさい!」
「落ち着いていられるか! ああ、可愛い可愛い俺の主が、俺に触れてくれた! しかもとてつもない魔力を……しかも質まで良いとは何と素晴らしき出会い! 一生お供しますマイマスター!」
とんでもない早口で言っているが、何だか口調が変わっているし、自分のことについてもさっきまでは『僕』って言っていたような……と、ブランシュはそっとドン引いた。勿論エカードもウルツにはドン引きしているが、ブランシュに対してこっそりと小声で話しかける。
「ブランシュ様、申し訳ございません。僕の相棒が……」
「い、いいえ……でもあの、ノワールが多分……キャパオーバーしてるっぽいので、助けてあげてほしく、て」
「かしこまりました。……ウルツ」
「何だよ?」
がっちりノワールを抱き締めて離しません、とばかりにホールドしているウルツに対し、エカードは溜息を吐いてから指をパチン、と鳴らした。
すると、ウルツの体だけを何やら淡い光が包み込んで、無理やりノワールから引きはがされた。
「あああああああああ!?」
「我が主の命なのでね、ちょっと落ち着きなさい」
「……うう……」
まるで子犬のようにノワールを見つめてくるウルツを見て、小さな声でノワールは『放してあげて』とお願いをした。
苦笑を浮かべつつエカードは頷いて、ブランシュにも目配せをする。
「ノワールが良いなら」
「ありがとうございます、ブランシュ様」
引きはがした状態だったが、何かを解除したのか、ウルツの拘束らしきものが無くなって、またもやノワールのところに戻ったウルツ。しかし、許可なく抱き着こうとはしなかった。
「……あの、本題に、入りたいんですけど」
「はいどうぞ、ノワール様」
笑顔のままでエカードが頷いた。きっと、彼らなら教えてくれるかもしれない、と思ったノワールは、ブランシュに目配せをする。そして、ブランシュも意図を悟ったのか頷いて、双子はまた並んでエカードとウルツ、二人に向き合った。
「二人は、死神……なの?」
ブランシュが問いかければ、エカードもウルツも、首を傾げる。
「一般的には、まぁ……」
「そうなりますねぇ」
にこやかなままの二人だが、人間ではないことはブランシュもノワールも、何となく察していた。
気配、というか持っている雰囲気が全く異なっている。温かみがない、とでも言おうか。
だが、ブランシュとノワールに対しては、一切敵意も無い。どちらかといえば、会ったばかりにも関わらずとんでもなく慕ってくれているし、二人のことを『召喚した』とかも言っているから、自分たちのことは大丈夫そうだった。
ブランシュとノワールはお互いに見つめ合ったまま、困った顔になってしまっている。これどうしたら良いんだろう、と思う反面で、これからどうしたものか……とまた感じていた。
死神を召還して、何をすればいいのか、さっぱり分からない。意図して召還したわけでもないし、何か目的があるわけでもないのだから。
「……死神、って……その、良くない存在だと……ずっと、言われていて」
ぽろ、とブランシュの口から、かつて両親や姉から言われていたことが零れ落ちた。言ってしまってから『まずかったかもしれない』と自身の口を塞いだものの、エカードもウルツも気にしている様子はない。
「一般的な感覚とすれば、そうかもしれませんね。それでも……貴女達は、誰かに助けを求めた。古代、神の力を借りることを許された一族の、直系の姫だからこそ、人間離れしていることを成し得ているこのスキル……と、人間は呼んでいるのでしたね」
「……そう、です?」
「その呼びかけに応えたのが、僕たちだった。……とまぁ、細かいところはおいおい説明しましょうか。ところで、死神は、どうしてよくない存在なのですか?」
「どうして、って」
ブランシュも、ノワールも、黙ってしまう。
「聞き方を変えてみましょうか。もし、我々死神が、もう役目を終えた魂を迎えに来ないと、どうなるのか、って考えたことはありますか?」
あ、とブランシュもノワールも声を出す。
考えたことはなかったが、考えてみると結構まずいのでは、と考え至る。
「死とは、終わりではなく次への始まり、とお考えくださいな、マイマスター」
にっこにこでウルツがノワールに言うと、『そっか』と腑に落ちたらしいノワールは頷いた。とても素直でよろしい、とにこにこしたままのウルツだったが、じっと双子を見つめてから、怖がらせないように慎重にノワールに近寄る。
「ところで……どうして、お二人は……その、こう言ってはアレですが、貧相なんでしょう…………あいた!」
問いかけた瞬間に、ウルツの頭を叩くエカード。
「貧相……」
「ご飯、食べてないから、かな」
きょとんとした双子だったが、『ふふ』とどちらからともなく笑った。だが、その笑顔はすぐに消えてしまう。
「……マイマスター?」
「……わたしたち、きっと……もう、死ぬんだ、って思ってたら……怖くて。嫌だったから……誰かに助けてほしい、って……お願いしたの」
ぽろ、と呟いたノワールの手を、ブランシュが握った。労わる様に握って、互いの存在を確かめるようにして、しっかりとお互いの手を握っている。
一体、この二人が何をしたのか。何もしていない、ただ、『死神』というものへの適性が高かっただけで、家から追い出され、ここに追いやられてしまった。
ぽつぽつ、とノワールが事情を話してくれたことで、エカードもウルツも、状況を把握したらしい。二人の、また泣き出してしまいそうな様子を、心配そうに見ている。
「……お二方、正しき意味を理解していない方々に、何か一言……物申したくはありませんか?」
「え……?」
「物申す、って……」
「俺たちが付いているので、何でもできますよ。それに、マスターたちは魔法の才にも満ち溢れている。折角なら、きちんと皆に説明してあげないといけないじゃないですか」
「そうです、認識のずれは……正すべきでしょう?」
この召喚は、間違っていたのかもしれない。だが、双子にとって追放されてからの初めての味方。
「「さぁ、お手をどうぞ」」
この手を取れば、後戻りなんかできない。
でもきっと、それでいい。
――『家族』だった人たちに、次は自分たちがさようならを、告げる番だ。




