わたしたちのかみさま
役立たず。
邪魔者。
呪いの子。
居てもいなくても変わらない子。
「……あとは、何があったっけ」
「わかんない」
がりがりの双子は、お互いの手を握って呟いていた。
何があったっけなー、と呟いている彼女たち――ブランシュとノワールは、名前の通りまさしく『白と黒』。
ブランシュは真っ白な髪に、蒼い瞳。
ノワールは、真っ黒な髪に、蒼い瞳。
二人の顔の造りもまるっと同じで、見た目で見分けるならば髪の色で見分けるしかない。本来の家族たちは、彼女たちを『シロ』、『クロ』と色で呼んでいた。
基本的に家族仲は良かったものの、どうして自分たちだけこんな呼ばれ方なんだろうね、と双子は揃って首を傾げていた。
家族がこう呼んでいたのは、特に意味がない、と気が付いたけれどもしかしたら愛称のようなものだったかもしれない。だが、今となってはどうでもいいことだ。
そもそも、彼女たちの世界は二人いることですっかり出来上がってしまうため、家族に何と言われようとも大した問題ではなかったのだ。
どうせこんなものだろう、と諦めていたところもあるが、あまりにも指摘しすぎると父や母、兄に姉、祖父母までもがとても機嫌を悪くしてしまう。
「今ならさ、家族の言ってる意味、分かるかも」
「そうかなぁ」
「だってさ、ちょっと呼べば分かるんだよ?」
「でも、そもそもの名前を付ける時から適当じゃない?」
「いーじゃん、分かりやすくて」
双子は、笑う。
だが、彼女たちの生活はすっかり変わってしまっていたのだった。
――ことの始まりは、七年前。
「クロにシロ、スキル判定するわよ」
姉であるルイージャは、意気揚々と双子の部屋へとやってっきて、開口一番こう告げた。
双子はきょとんとし、顔を見合わせてから読書をしていた手を止める。
「ルイ姉さま、スキルって何?」
「わたくしたち、……というかバロッタ家の血を受け継ぐ者は、『神降ろし』ができるでしょう?」
「……ルイ姉さまが領地視察とかでやってる、何かよくわかんないけど、桃色の光がぶわー、って出るやつ?」
「そうそう!」
にっこりと微笑んだ双子の姉、ルイージャ・バロッタは笑顔で頷く。
彼女の持っているのは、『豊穣の女神』の力を借りる、というもの。作物を豊かに実らせることのできる貴重なスキルで、彼女がスキルを使う際は一瞬だけ女神様が見える、と領民からの声も多々あるほどだ。
「……フリスト兄さまは水神様だっけ?」
「そうよ。あら、視察にくっついていったのは……」
「わたし」
はい、とブランシュが手を挙げる。
「シロだったのね! どうだったか覚えている?」
「何かすごかった、こう……泉の水を……ぱー、って!」
「もうちょっと何か語彙力ないの?」
ルイージャは楽しそうに笑いながら双子のところに歩いていき、わしゃわしゃと双子の髪を撫でる。わぁ、と揃って声が聞こえるが、あくまで姉妹のじゃれ合い。
三人は穏やかな雰囲気の中、きゃっきゃとはしゃいでいた。ひと通りはしゃいだブランシュとノワールは、乱れている髪を整えつつ、ルイージャを見上げる。
「それで姉さま、次は」
「わたしたちの、ばん?」
こて、と首を可愛らしく傾げる双子を見て、でれ、と表情を緩めたルイージャは、『そうよ~』と高い声で、ご機嫌なまま告げる。
ああきっと、この双子なら素晴らしい神の力を使えるに違いない。
父は風だし母は炎、と多種多様。
この力は代々神と契約しているとされている、この『バロッタ家』にのみ受け継がれる特殊なもの。元を辿れば、遠い遠い先祖が神を娶った、とかいう嘘か本当かよく分からない話が出てきてしまうほど。
この能力故に、王家へと望まれることも多く、姉のルイージャはこの国――イリステリア王国の第三王子へと嫁ぐことが決定しており、王立学院に通いながら王子妃としての勉強も同時進行している才女であった。
「姉さまたちみたいな力、あったらいいな」
「あるわよ、可愛い妹たち!」
「おーい、ルイージャはここにいるのか?」
「フリスト兄さま、ここだよ~」
部屋の外から、兄であるフリストの声が聞こえてきたため、ルイージャと会話しているブランシュの代わりに、ノワールが出迎えに行った。
「やぁノワール、今日も読書かい? 来年から王立学院に通うんだからもうちょっと外にも……」
「わたしは、ブランシュと一緒に本読んでる方が良い」
「気持ちは分かるけどね」
あはは、と笑い合う二人を見て、ブランシュとルイージャは顔を見合わせ、こちらも笑い合う。
こんな平和な日々が、ずっとずっと続いていくと……そう思っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これより、お嬢様がたのスキル判定を行います」
何やらものものしい雰囲気の中、大神官が口を開く。
そして、ブランシュとノワールを手招きしてから、大人の頭ほどもある大きな水晶を掌で示した。
「これ、は」
「さぁ、お二人とも。これに触れてくださいませ」
「……」
ブランシュとノワール、お互いに向き合い、頷き合ってから、言われた通りにすっと水晶の上に手を乗せる。二人が重ならないように、と配慮をしつつ乗せてみたところ、透明だった水晶が、ぶわりと真っ黒に染まったのだ。
「……!?」
「何?」
「何だろうね?」
真っ青になっている大神官、そしてブランシュとノワールの家族たち。
はて、と無邪気なまま首を傾げている双子とは正反対の反応をしている家族や周囲は、じり、と彼女たちから距離を取ってしまう。
「お母さま?」
「お父さま?」
真っ黒だが、どこか神々しい光を放っている水晶を見たまま、ルイージャは悲鳴のように叫んだ。
「双子、水晶から手を離しなさい!」
「え?」
「良いから! 早く!」
スキルの判定中、割り入って祭壇に上がることなんてできない。必死にルイージャは声を荒げることしかできなかったのだが、両親はそんなルイージャの頬を容赦なく叩いた。
「あう、っ……!」
「お黙りなさい、ルイージャ!」
「だって、双子は何も悪くないじゃない!」
「だがあれは……あの色は……」
何なんだろうね、と双子はいつもの調子を崩さないままで首を傾げ、ルイージャに言われた通りに手を離した。
すっと光は収まったものの、その場にいる全員が、まるで化け物を見るかのように双子を凝視している。
「あの……」
「お黙りなさい、クロ、シロ!」
「……わたし、まだ何も言ってなかったのに……」
む、と不満そうにしているブランシュを、母ヘンリエッタは鋭い口調で注意する。とはいえ、双子揃って怯えている様子も何もないのだが、逆にそれがヘンリエッタには恐怖でしかなかった。
「ヘンリエッタ……」
「ああ、あなた……!」
わっと泣き崩れるヘンリエッタを、父ジルベルトはそっと支えた。
双子は、『これではまるで自分たちが何もかも悪いようにしか見えない』と少しだけむっとしたが、周囲がどうしてこんな反応なのかが分からなかった。
何もしていないのに、どうして、と思いながら手を繋いで祭壇を降りれば、ざっと皆が双子を避けていく。
「……?」
流石にこれは、と思っていると、フリストがやってきたかと思えば、容赦なく双子の頬をバチン! とそれぞれ叩いたのだ。
「え……?」
「あ……ぅ」
叩かれた場所は、じくじくと熱を帯びていく。
何で、どうして、と不思議に思っている双子だったが、さすがにこれは理不尽すぎるのではないか、と兄を見ると、いつもの兄の温かな目ではなかった。
まるで、双子を憎んでいるような、そんな目で、じっと彼女たちを見ていた。
「……なんで」
「口を開くな、この、死神ども」
死神、と言われて双子は思い出す。
ルイージャが『神の力は偉大だけど、死神だけは嫌だわ』と笑っていたこと、もしもこの力を引き当ててしまった場合は、とんでもない不名誉だということ。
「父さん、母さん、これらを別邸に閉じ込めましょう」
「え、ええ、そうね」
「早くするんだ! こいつらを拘束してくれ!」
ほんの少し前まで、あんなに優しかった。
大丈夫かなぁ。
どんなスキルかなぁ。
そうやって言えば、双子の不安を取り除くように父や母は『大丈夫』と笑ってくれた。優しく、頭を撫でてくれた。
温かな家族が、そこにはいたはずなのに……では、今目の前にいるのは、何なのだろうか。
何でそんなことするの、と問いかけてみれば、喋れないようにと猿轡をされてしまった。ああ、喋るなということか。どこか冷静に双子は思いながらも、まだ諦めてはいなかった。
きっと、大丈夫だ。揃って頷き合っていると、乱暴に麻袋か何かに押し込められてしまい、そのまま荷物のように担がれていく。一人ずつ別々のところに運ばれたらどうしよう、と思っていたが、幸いにも運び込まれたところは同じ場所だった。
乱暴に投げ捨てられたかと思えば、袋の口だけは開けてくれた。それだけは優しさだったのだろうか。
「ここは……」
「別邸……かな。お兄さまが言ってた」
一度だけ、かくれんぼできたことがある。でも確か、ここは立ち入り禁止だと母に言われたから、それ以来入らないようにしていたというのに。
「……ブランシュ」
「なぁに、ノワール」
「追い出されたのかな?」
「多分ね」
「……死神、って言ってたね」
「うん」
双子は麻袋から出て、自分たちの掌をじっと見つめる。
何かを産み出すのではなく、『死』を司る神の力を操るスキルか……と思っていたが、ふとブランシュが口を開いた。
「ねぇ、ここ、わたしたちだけだ」
「……ご飯とか……どうなるんだろう」
双子は不安に襲われてしまう。何せ彼女たちはまだ九歳。王立学院に通い始めることのできる年齢ではあるが、子供だけで暮らしたことなんて、あるわけもない。
「今は……夕方、かな。ご飯……持ってきてくれると良いけど……」
「大丈夫、って……思いたいね」
双子の心配は、この時点では杞憂に終わった。
食事はきちんと本邸から運ばれてくるし、世話をするメイドもやってくる。
これまでの対応と異なっているのは、誰も双子と喋らないことだった。
だから、双子の世界はどんどん閉ざされていく。新聞などの差し入れもなかったことで、完全に世俗との関りを立たれている状態のまま、過ごしていったのである。
それでも、何も問題がなかったのは、別邸の敷地から出なければ叱られることがなかったため。
規則を守っていれば、問題なく過ごせる。
それだけでも感謝しなければいけないんだ、とお互いに言い聞かせ合いながら過ごして、七年が経過していた。
姉がどうなったかも分からない。
自分たちがいることで、結婚に支障は出ていないだろうか、と心配してやってくるメイドに聞いてみたが、答えは返ってくるはずもなかった。
――だが、不意にブランシュが気付いてしまったのだ。
「ノワール、気付いている?」
「……うん」
小さく頷いたノワールだが、明らかに元気がない。
理由なんて簡単だ、ここ数年、持ってきてくれる食料が明らかに減ってきている。どうして、と聞いてみたが答えてくれる人はいない。
「ねぇ……ブランシュ、きっと……お母さまたちは、わたしたちを油断させるために、今までは……育てている振りを……ずっと続けていたのかな」
「……ああ……そうかもしれない、ね?」
それならば、理解できる。
いきなり出てこなくなった娘たちのことを説明するのに、『体調を崩した』とでも言っておけばいい。だが、最初から明らかに双子を殺しにかかれば説明が面倒なことになると考えたのだろう。
最初はしっかりと食料を差し入れ、少しずつ減らしていく。
量を減らすときは慎重にしていたせいもあるだろうが、ここ最近は明らかに持ってきてもらえる食料が目減りしている。
持ってきてくれない日だって、あった。
「…………わたしたち……なにか、悪いこと……したのかな……」
ぽた、とノワールの目から涙が零れた。
のそり、とブランシュは起き上がって、すっかり痩せこけてしまった手を、片割れに差し伸べる。お腹がすいたのを誤魔化すように、最近双子は変わりばんこに眠っていたが、今はそんなことをしている場合ではない。
「もう……いやだぁ……」
「……ノワール……泣かないで」
「いや、だよぉ……」
いっそ、あのスキルを判定したときに、殺してくれていたら、こんなにも絶望を味わうことはなかったのかもしれない。
誰か、助けて。
手を繋いで、双子は泣いた。
ノワールを慰めるためにブランシュは手を伸ばし、ぎゅう、と繋いでいたが、泣き始めると手を繋ぐだけでは足りなくなって、のそのそと移動し、お互いの痩せ細った体を抱き締めていた。
「たすけて……かみさま……」
誰でも良い、誰か。
「――たすけて、よぉ」
心から願った。
家族ではない、『誰か』に対して、助けてくれ、と叫んだ。
お腹がすいてしまうから、あまり大きな声は出せないけれど、それでも届いてほしい。そんなささやかな願いを込めて。
ふわ、と双子の体の下に、魔方陣が展開されていく。
泣いている双子は、気付いていないようだった。
部屋中にまで広がりそうなほどの大きさのそれが、すっかり完成すると、泣いている双子の背後に、いつしか誰かが立っていた。
「泣かないで、わたしたちのお姫さま」
聞こえた声に、双子は一旦泣くことをやめる。ここには自分たちしかないないはずなのに、とぐず、と鼻水をすすってから背後を振り返った視線の先、すらりとした体躯の、知らない人が立っていた。
「……誰?」
「助けて、って言っていたでしょう。君たちの声に、『喚ばれて』やってきたんだ」
「……よんだ、っけ」
ノワールの問いかけに、ブランシュは分からない、と言わんばかりに首を横に振る。
だが、実際にここに『その人』はいるのだ。
「きちんと自己紹介をしようか。初めまして、我が主。君たちを助けるために……僕たちは、やって来たんだ」
ふっとその人がぶれたかと思えば、同じ顔の、もう一人が現れた。
「僕たちは『死神』と呼ばれている存在だけれど、君たちのためだけに存在している」
「さぁ、我らが主。どうか僕たちを受け入れておくれ」
にこりと微笑んだ彼らは、人当たりのよさそうな微笑みを浮かべ、双子に手を伸ばしてきた。
夕暮れの太陽光が、彼らの背後から降り注ぎ、まるで……一枚の絵画のように、双子には見えたのだった。




