第8話 失われた異能力
校舎の外に出た俺たちが向かったのは屋外練習場である。
王立ロンドール魔法学院は国内最高峰の魔法教育機関のひとつであり、それはもう広大な敷地を構えている。そんなもんで屋外練習場も広くて立派なものだった。
場外の生徒に危険が及ばないよう、城郭のごとく頑丈に組まれた石壁がぐるりと周囲を囲んでいる。
五十メートルほど先に立ち並ぶ土製の円柱的を指し示しながら、ローレン教師は穏やかに微笑んだ。
「それではいまから皆さんにはあの的を魔法で撃ち抜いてもらいます。属性は問いません。各々得意な属性の魔法を使ってください」
率先して進み出た生徒たちが横並びに立ち、それぞれの正面に据えつけられた円柱的に向かって片手持ちの杖を構えて狙いを定める。
「大気の精霊よ、その鋭い息吹を以て万物を裂く刃と成せ――《風刃の魔法》!」
「大海の精霊よ、その美しい指先を以て万物を貫く弾丸と成せ――《水弾の魔法》!」
「大地の精霊よ、その堅牢な拳を以て万物を砕く砲弾と成せ――《石弾の魔法》!」
杖の先端に青白い光を放つ魔力が集中し、現象へと転じる。そして放たれた風の刃、水の弾丸、石の弾丸が真っ直ぐに疾駆して、それぞれが狙った土柱へと命中した。
杖を用いて体内あるいは空気中の魔力を操作し、詠唱によってイメージを具現化させて超常の現象と成す。これがこの世界の魔法だ。
「基本に忠実で美しい所作です」
魔法を的中させた生徒たちにローレン教師は拍手を送る。
「当校に入学する前から非常によい教育を受けてこられたことがわかります。流石は皆さん、優秀な魔法貴族のご子息ご令嬢がたですね」
それからも入れ替わり立ち替わりほかの生徒たちが魔法射撃を行っていく。なかには的を外す生徒もいたが、ほとんどの生徒が見事に魔法を的に命中させていく。
魔法を命中させてはしゃぐ生徒や当然とでも言いたげに澄まし顔をたたえる生徒、惜しくも外して悔しがる生徒を眺めながら、そろそろ自分の番が来るなと思っていると、不意に尊大な雰囲気をまとった人影がぬっと前に出た。
威圧感に気圧されて引き下がった生徒たちを見下すような目つきで見回した赤髪の男子生徒は、わざとらしく小さなため息をついてローレン教師を見やる。
「こんな児戯には付き合っていられませんよローレン先生。ちっぽけな的ひとつを撃ち抜いたくらいで褒められていては、却って屈辱的と言うほかありません。まったく、馬鹿正直にみっともなく喜ぶ奴らの気持ちが僕にはちっともわからない」
皮肉たっぷりの台詞に何人かの生徒がばつの悪い表情を浮かべるが、赤髪の生徒はまるで気にした素振りも見せない。
するとローレン教師は困ったように眉を下げて笑った。
「おや、すみません、ミハエル・ウォンテッドくん。確かに君にとっては少々簡単すぎる内容だったかもしれませんね」
「少々どころではありません」
赤髪の男子生徒――ミハエル・ウォンテッドはきっぱりと言い切った。
「僕が思うにローレン先生は、生徒の実力を推し量るためにこの特別演習を提案されたのではないですか。だとしたらこんな的当てでは僕の実力を量ることなどできませんよ」
「君の言うとおりです。ではどうしましょう?」
その言葉を待っていたとばかりに、ミハエルは横一列に並ぶ八つの的を一望した。
「ではこうしましょう」
そして土製円柱の羅列に向かって片手持ちの杖を構える。
「いまからあそこに立つ的すべてを、一撃で破壊してみせます」
ローレン教師の許可も待たず、ミハエルは掲げた杖の先端に魔力の煌めきを灯した。
「大火の精霊よ、見えるか邪悪に満ちた彼の者共が。愛と慈しみに溢れた人々の平穏無事たる営みを穢さんと欲する暴虐非道なる者共が。我が怒りは正当なる祈りにして、故に汝が抱く憤怒こそは救世の大望なり。猛り迸る心火の灼熱をいま此処に解き放ち、いかなる悪敵をも燃やし爆ぜ尽くす万浄真紅の一撃と成せ――《爆炎撃の魔法》」
ミハエルが詠唱を終えるのと同時、杖の先端に灯る煌めきが赫々とした揺らぎへと転じる。着火した炎は瞬く間に膨れ上がり、続けて指先ほどの大きさにまで収縮すると――目にも留まらぬ速度で射出された。
超高速の小火球は的を貫通し、最奥の石壁に着弾すると同時に激しく爆ぜた。
炸裂した劫火が石壁を粉砕し、けたたましい爆風が八つすべての土製円柱をもろともに吹き飛ばす。これまでの生徒たちが行使していたものとは明らかに一線を画す強力な爆裂の魔法だった。
爆砕された石片や土塊の一部が生徒たちに向かって飛んでいく。悲鳴を上げながら躱す者、咄嗟に杖を向けて魔法で迎撃する者、透明の防壁――防御魔法だ――を発生させて身を守る者、それぞれが各者各様の動きを見せるなか、石片のひとつが俺の方にも飛んできた。
向かってくる石片を俺は睨み据える。
ふん、他愛もない石ころだ。こんなもの、俺がこの眼でひと睨みしてやればそれだけで――
――なんてことはなく、俺は「ひえっ」と情けない声を漏らしながら頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
頭上を礫が通過していく。やがて離れた地面に転がったそれをしゃがんだままに見つめながら、俺はほっと安堵の息を吐いた。
……いまのでわかってしまったことだろう。
そうだ。いまの俺――転生したいまの俺、アルトルース・ノルマンは、かつて美野島或人が保有していた異能力、《絶対不可侵の両眼》を失ってしまっているのである。