第5話 かつて最強の異能力者だった青年⑤
堂々と言い放った或人は、S級異能力者三人を戦闘不能に陥れた凶悪なモンスターの群れと未曾有の脅威たる山羊頭の異形を臆する素振りなくじっと見据える。
そんな彼の断言を理解したのか、あるいは単に自らの足で立つ人間を攻撃対象と認識したのか、骸骨騎士たちが一斉に或人に向かって襲いかかる。
しかしそれでも青年は一歩も動かない。
ただ彼の眼球のみが動いて――迫る敵の軍勢を一瞥する。
「お前たちじゃ俺には干渉できない」
そのたったひと睨みで、骸人形の群れが等しく吹き飛んだ。
数十におよぶアンデッドどもが超強力な磁石に引き寄せられた鉄屑のごとく崩れかけの都庁に磔になる。必死にもがく白骨の鎧騎士たちは、しかし首から上をわずかに震わせるばかりで不可視の捕縛から逃れることができない。
化物たちに向かってゆっくりと手を掲げた或人が手のひらを握り込む。
するとその瞬間、骸骨騎士たちは巨大な透明の手に握り潰されるようにしてぐしゃりと潰れて圧縮される。
原形を留めないほど圧縮された骨と鉄の塊が無機質な音を立てながら次々と地面に転がる。
一瞥と手を握る動作。たったそれだけで、地上にひしめいていた人ならざるモンスターどもは一掃されてしまったのである。
「相変わらず規格外の能力です……」
地に伏したまま骸骨騎士たちが屠られていく光景を眺めていた武藤がぽつりと呟いた。
「あらゆる存在からの干渉を拒み得るがゆえに、転じていかなる対象に対しても強制的に干渉を為し得る絶対孤高にして至高たる最強の眼差し、《絶対不可侵の両眼》。理外の法則すらも跳ね返すその瞳を持つ君ならば――世界で唯一S級を超えたX級異能力者である君ならば、あの絶望から世界を救うことができるかもしれません……!」
武藤の眼差しが或人に願いを託し、そして美野島或人に宿る異能の眼差しが夜空を見据える。
闇に染まった上空には――静かに或人を見下ろす山羊頭の異形の姿があった。
「さすがはブラックゲートの元凶。自分の攻撃で自滅してはくれないか」
ただならぬ威圧感を放つ異形を前にしても、或人の泰然とした佇まいに変化はない。
むしろその眼差しは、異形がまとう恐怖すらもはね除ける。
「まあいいや。とりあえずいつもまでもお前にこの世界に居座られたんじゃ困るんでね。俺は誰にも干渉されずのんびり暮らすのが好きなんだ。だからお前は速攻で倒させてもらうよ」
或人の宣告とほぼ同時。青年の言葉に反応したのか、彼よりも先に動いたのは山羊頭の異形だった。
異形の人差し指が美野島に向けられた瞬間、紫紺の光線束が幾筋も放たれて迫る。
「そんなの俺には届かないよ」
青年の言葉どおり、脇目も振らず直進していたはずの光線はぐにゃりと軌道を曲げて明後日の方向に飛んでいく。そうして散った光線たちは周囲の建物に着弾し、それぞれ無意味な爆発を遂げた。
「いい加減ラスボス気取って空に浮いてるのを見上げてるのにも疲れたな」
或人の双眸に浮かぶ紋様が仄かに光る。
「とりあえず降りて来いよ」
瞬間、グンッ! と引っ張られるようにして異形の躯体が強制落下し、都庁へと突っ込んだ。
さらに追い打ちをかけるようにして、周囲のビルがいくつも地面から浮遊する。それも或人の異能力が生み出した現象だった。
その眼差しに捉えられた対象は、干渉の拒絶がもたらす作用によって強制干渉を受ける。或人が拒めば、異形の存在だろうと、あるいは巨大な建築物であろうともうそこには存在できない。すなわち拒絶という名の斥力によって世界を歪曲させて自身の意思どおりに形づくる力――それが或人の《絶対不可侵の両眼》の本質なのだった。
地面から引き抜かれたビル群が都庁舎へと殺到し、ついに限界を迎えた高さ二百メートル超の高層建造物が轟音を立てて全壊する。
総計数十トンを超える瓦礫の山が異形を押し潰す――かに思われたが、なかから猛然と異形の躯体が飛び出した。
低空を滑空するように疾駆しながら紫紺の影が迫り、それを或人の眼光が受け止める。
不可視の障壁――干渉を拒む異能力に阻まれて、山羊頭の異形は或人に触れられない。漆黒の剣を握る黒の巨腕が何本も伸びて或人に斬りかかったが、やはりそれも或人には決して届かない。
「無駄だって」
超常の力同士が衝突し弾ける閃光。
と、不意に異形の漆黒剣がわずかに奥に食い込んだ。
「へえ。やるじゃん」
わずかに目を見開く或人。だがそれも束の間、再び鋭さを増した双眸が異能を放ち、眼前の敵を黒の巨腕ごと弾き飛ばす。
吹き飛んでいく異形を、自らのからだを――地上からの干渉を拒絶することによって――浮遊させた或人が超高速で追いかける。
そのまま交戦は空中戦へと発展した。