第18話 初級の使役魔法
とは言われたものの、かといって俺は自分から積極的にセルシリアに声をかけることはしなかった。
だって俺の信条は不干渉だ。相手からも干渉されず、自分からも他者に干渉しない。そうして穏やかな日々を送ることこそが、むしろそれだけが、俺が第二の人生に望んでやまない幸福なのである。
……と、堂々と胸を張ってみせたいところではあるのだが。
実際のところどうして話しかけないのかといえば、俺が声をかけずとも向こうの方からこちらに話しかけてくるようになったからである。
あの日以来セルシリアは、教室で座学を受けたあとには「ちゃんと理解できた?」とか言ってくるし、たまに魔法の実技練習や魔法薬学の実習なんかがあると、にょきっと隣に顔を出して俺の様子を覗いては「下手くそね。私の方が上手いわ」などと正直大した実力差もないくせに勝ち誇ってくるようになったのだ。いくら干渉を避けたいからといって完全に無視するわけにもいかないので「まあぼちぼち」とか「いやどっこいどっこいだろ」と返せば、それがきっかけとなって会話が始まるのが常となった。
その結果、俺とセルシリアはほどほどに喋る仲というやつになった。
正直なところ周囲の視線が気にならないではなかったが、やはりセルシリアへの関心自体は多少感じつつも、かといって落ちこぼれ同士が絡んでいるところに直接ちょっかいを出してくる者はおらず、まあ実害がないのであればと俺は状況を甘んじて受け入れるに至ったのだった。
しかしやがてその関係にも慣れ始めた頃のことだ。
その日の特殊魔法学の内容は、召喚使役魔法だった。
広々とした専用講義室のなか、前方に立つおっとりした見た目の初老の女性――バーラ・オッティ教師が言った。
「召喚使役魔法は高度な特殊魔法ですが、今回皆さんには初級の使役魔法に挑戦してもらいます」
曰く、召喚使役魔法とは異界から召喚獣などを呼び出して使役する魔法であり、使役魔法とは現実世界に存在する生き物を使い魔として使役する魔法らしい。適性の如何に関わらず、初級の使役魔法であれば習得が可能なのだという。
「初級の使役魔法――《指示の魔法》は、対象の生物を一時的に使い魔として使役する魔法です。行使者の技量にもよりますが、基本的に対象にできるのは小型犬や猫などの小動物程度まで、出せる指示についても一動作から二動作程度のごく簡単なものになります」
なるほどそれはなんとも言えない魔法である。犬や猫であれば、ある程度訓練すれば「あそこのボールを取ってこい」なんてすぐにできるようになるだろう。わざわざ魔法を使って使役するまでもない。
まあ今回の授業はあくまで使役魔法という技術を学ぶことが目的だ、その辺りは気にすることではないだろう。
そして今日の俺たちに用意された使役対象は、小鳥だった。
教壇の上に置かれた金属製のかごのなかで、美しい純白をした小鳥がせわしなくきょろきょろとしている。
「この小鳥を使役することが今日の皆さんの目標です」
内容としては、かごのなかの小鳥に使役魔法を行使し、どのように飛べとか、どこに止まれとか、そんな簡単な指示に従わせるというものだった。
詠唱などについて学んだのち、実際にひとりずつチャレンジしていく段となる。
一番手となった生徒のひとりが教壇の前に立ち、かごのなかの小鳥に向かって杖を構えた。
「この声に耳を傾けし者、いま一刻を我に捧げよ――《指示の魔法》」
すると杖の先から放たれた煌めきが小鳥を包み、やがて収束して首元で輪形を成す。それはまるで光の首輪だった。
同時にせわしなくきょろきょろしていた挙動がぴたりと止まり、小鳥はじっと魔法の行使者たる生徒を凝視した。
生徒がかごの扉を開けて「出てこい」と言うと、小鳥はぴょこぴょこと跳ねるようにしてかごから出てくる。
「部屋のなかを一周飛んで戻ってこい」
たちまち羽ばたいた小鳥が広い講義室のなかをぐるりと飛んで教壇の上に戻る。それを眺めていたほかの生徒たちからは「おお」と感嘆の声がこぼれた。
それからも順番に生徒が使役魔法に挑戦していく。簡単な初級の魔法とはいえ、それでも基礎魔法である五大属性の初級よりは難しいようで、上手くいかない者も少なからずいた。
というわけでほどなくして俺の番が回ってきたのだったが……結果は言うまでもないだろう。
「この声に耳を傾けし者、いま一刻を我に捧げよ――《指示の魔法》」
精一杯教わったとおりに魔力の操作をイメージし正確に詠唱も行ったが、なにも変化は起こらない。何回か再詠唱もしてみたが、ついぞ小鳥が俺の言うことを聞くことはなかった。
まあ、基礎魔法学にも苦労する凡々の落ちこぼれの身だし失敗して当然だろう。それに今日は俺以外にも失敗している人間が何人かいる。俺が失敗したとて誰も気にしてはいまい。変に他人の関心を引くことがなければ、俺はそれでいいのだ。
あ、でもいるな。最近はこういうときいつも勝ち誇ってくるあの少女が……。
と思った俺だったが、しかし少女の声は聞こえない。
不思議に思って室内に視線を巡らせる。
クラスのなかでも白銀の髪色をしているのは彼女だけだ。見つけるのは容易だった。
すぐに姿が目に留まる。いないわけではなかったらしい。
だがよく見てみると、その少女――セルシリアの表情はいつもより険しく、そしてどことなく強張っているように思えた。
ひょっとして緊張しているのか……? だから俺をからかう余裕もなかったのか。
なんて思いつつ、そのまま俺は自席に戻った。