第16話 剥奪
「このあいだのことって?」
「最初に話したときのことよ。私、あんたに結構ひどいことを言ったわ。甘ったれてるとか、向上心がないとか」
ああ、確かに言われたっけか。
「無能なくせにスカしてて気持ち悪いとか、あんた絶対女子にモテないでしょとか、ていうかジロジロ私のこと見てたのも変態っぽくて薄気味悪いとか」
「いやそこまでは言ってなかっただろ」
もしかして心のなかでそう思っていたのだろうか。傷ついた。
心にダメージを受けて胸を押さえる俺だったが、謝罪に一生懸命のセルシリアは気づかない様子で言葉を続ける。
「でも違った。あんたはあんたなりに全力で魔法と向き合ってた。ここ何日かのあんたを見てたけど、とても真剣に練習に取り組んでいるのが伝わってきたわ。そして今日のテストでしっかり努力の成果も示した。私はあんたのことを勘違いしてしまっていた」
いや別に勘違いではないのだが……。だって本当に向上心なんてなかったし。真剣に魔法の練習に取り組んだのもクラスメイトから無関心でいてもらうための消極的な理由からのことだし。
とはいえ、いまこの場では言わない方が都合がよさそうなので黙っておくことにする。
澄んだ海のように碧いセルシリアの双眸が真っ直ぐに俺を見た。
「だから謝罪と訂正をさせてちょうだい。一方的に決めつけて、あなたのことを悪しざまに言ってごめんなさい。あなたの魂は落ちこぼれていない。あなたの魂は魔法使いの形をしてる。れっきとした誇り高き魔法貴族よ」
なんかそこまで言われると気が引けてしまう俺である。まるでこちらが意図して純真な女の子を騙しているかのような罪悪感さえ湧いてくるんだが……。
と、出し抜けにセルシリアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「でもまあ、それでも落ちこぼれは落ちこぼれだけどね」
そう言ってからかうように舌を出すセルシリア。
しかしそのおかげで俺は気分が軽くなった。
「なんだよ。たったいま俺は落ちこぼれじゃないって言わなかったか?」
微笑交じりに突っ込むと、セルシリアはわざとらしく唇の端を吊り上げた。
「魂は、って言ったでしょ。実力的には余裕で落ちこぼれよ」
「まあ、それについては正直なところ反論のしようがないな」
大仰に肩を竦めてみせると、セルシリアは勝ち誇ったような顔でまた笑った。それはこれまでクラス内で彼女が貫いていた孤高で冷淡な表情とは違い、意外なほど年相応にあどけない表情だった。まるで自分だけが彼女の素の姿を独占したような気がして、俺は謎の優越感のようなものを感じた。
ひとしきりセルシリアの笑顔を眺めたあとで俺は言った。
「なんだ、俺の方こそ君を同類扱いして悪かったよ。田舎の弱小貴族の息子の俺と違って、君はとんでもなく大きなものを背負ってこの学院に入学してきたんだな」
世界最高峰の魔法使いになる。それがなにを指すのか、きっと俺の推測に間違いはないだろう。そしてセルシリアがその先に見ているだろう目的も、おそらく俺は正しく推測できていると思う。
「とんでもなく大きなもの……そうね」
セルシリアはその表情にかすかに微笑を残しつつ目を伏せた。白銀に煌めく長い睫毛は仄かに憂いを帯びているようにも見える。
「あいつ――ミハエル・ウォンテッドがべらべら喋るのを聞いてただろうし、もうわかってるわよね。私が生まれたハインヘーゲル家は、かつて魔王を屠った偉大な魔法使いのひとり――初代魔導八賢、《召役の魔導》と呼ばれたベンデッダ・ハインヘーゲルを先祖に持つ魔法貴族なの」
「召役の魔導……ベンデッダ・ハインヘーゲル」
「ベンデッダは召喚使役魔法を至高級まで極めた魔法使いだったのよ。そして魔導八賢は魔法使いの頂点にして魔法自体をさらなる高みへと導く存在。だから召役の魔導ってわけ。ちなみにこの慣習は現代まで続いていて、現今の魔導八賢にも極めた魔法になぞらえた異名が与えられているのよ。なんとかの魔導って具合にね」
「なるほど、そんな習わしがあるんだな」
「まったく、いくら田舎の出身だからってこれくらい常識よ。貴族どころか、平民だって知ってることだわ。魔法の練習だけじゃなくって、教養の方ももっと頑張りなさいな」
「へいへい」
俺の適当な返事に呆れた眼差しを寄越したのち、セルシリアは話を続ける。
「ベンデッダの血を継ぐ者として、当然私たち子孫には誇りがあった。だからハインヘーゲル家は魔導八賢の称号を受け継ぎ、そして護り続けたわ。世襲制の称号から時代最高の魔法使いに与えられる栄誉に変わったあとも永らくね。……でも、結果としてハインヘーゲル家は代々継承してきた雄血の証を失ってしまった。私のお父様――セルトロア・ハインヘーゲルが魔導八賢の称号を剥奪されたことによって」
セルシリアの瞳に悲憤が滲む。