第15話 ありがとうって言いなさいよ!
群衆のなかに潜って残る生徒たちの試験風景を眺めていると、ほどなくしてセルシリアの順番が訪れた。
三本並んだ土製円柱の正面に立った彼女の双眸には、自分の努力を信じる強い意思と、必ず三属性の魔法射撃を成功させてみせるという意気込みが宿っていた。
ゆったりとした所作で、セルシリアは右手に持った細杖を構えた。
杖の先端に青白い輝きが灯る。
「大海の精霊よ、その美しい指先を以て万物を貫く弾丸と成せ――《水弾の魔法》!」
魔力の煌めきが水の弾丸へと変化し、射出される。先ほど俺が放ったそれよりも遙かに鋭く走る弾丸。見事に的のど真ん中へと着弾して飛沫が弾けると、茶褐色の円柱は勢いよく砕け散った。
続けて左手の的に狙いを定めるセルシリア。
「大気の精霊よ、その鋭い息吹を以て万物を裂く刃と成せ――《風刃の魔法》!」
詠唱に呼応して生まれた疾風の刃が脇目も振らずに真っ直ぐ空を裂く。あっという間に的を通過した風刃が最奥の壁に衝突して深々と斬痕を刻みつけた数秒後、ずるりと的の上半分が滑り落ちた。
さらに続けてセルシリアの杖が最後の的に照準を合わせる。
そこで少し間を置き、セルシリアは深呼吸をひとつした。
ゆっくりと息を吐ききって、白銀髪の少女は的を見据えた。
「大天の精霊よ、その鮮烈な嘶きを以て万物を穿つ槍と成せ――《雷槍の魔法》!」
白黄色の稲妻がけたたましく弾け、槍の形を成して放たれる。周囲を眩く照らし上げながら疾走した雷槍は、暴れ狂う大蛇のように土製円柱に喰らいつくと的もろともに爆砕した。
セルシリアの正面に残ったのは、原形を留めない土塊の残骸。
静かに右手を下ろして、セルシリアは小さく息をついた。
「お見事。合格です、セルシリア・ハインヘーゲルさん」
「ありがとうございます」
微笑みかけるローレン教師に頭を下げて、セルシリアは元いた場所へと戻っていく。終始、その表情に変化はなく澄ましたものだったが、しかしそこに俺は彼女らしさというか本気のようなものを感じた。
特に声はかけない。二度と話しかけるなとも言われたし。でも、心のなかで俺はセルシリアに拍手を送った。
その後つつがなく全員がテストを受け終わり(今回はミハエルも大人しく初級魔法で的を撃っていた。若干不服げな表情ではあったが)、今日の基礎魔法学は終わりを迎えた。
いつものように仲がいい者同士で談笑しながら校舎へと帰っていくクラスメイトたちから少し距離を置いて、いつものように俺はひとりで歩いていく。
すると不意に背後から声をかけられた。
「ねえ」
立ち止まって振り返る。
腕を組んだセルシリアが、睨みつけるような眼差しをこちらに向けていた。
数秒間、静寂のなかで視線が交差する。
俺は前に向き直って歩きだした。
が、二歩目でぐっと肩を掴まれた。
「ねえって言ってるでしょ」
仕方なく再度振り返る。
「なんだよ」
「なんだよじゃないわよ。なんで無言で立ち去ろうとしてるのよ」
「二度と話しかけるなって言われたからな」
「うるさい。男がネチネチ言うんじゃないわよ」
問答無用すぎるだろ。
こうなってしまっては逃げることもできなそうだ。俺は諦観のため息をつき、からだごとセルシリアの方に向き直った。
「で、一体なんの用があるっていうんだ」
すると急に視線を逸らすセルシリア。スカートの前でぎゅっと手を組み、「それは……」などと呟きながらやや俯いて躊躇うような素振りを見せるその姿に、俺は怪訝さを覚えて眉根を寄せる。
そのまま待っていると、やがて意を決したらしいセルシリアは、胸を支えるようにして腕を組むとそっぽを向きながら言った。
「その、なんて言うの、さっきのやつ、結構頑張ってたじゃない」
「さっきのやつ?」俺は首を傾げて考える。「魔法射撃のテストのことか?」
「それよ」
そこでようやくセルシリアの顔がこちらを向く。相変わらず無愛想な表情だが、不機嫌だからというわけでもなさげである。
「火と水と土、三属性ぜんぶ成功させてた」
「あ、ああ。まあ、最後の《石弾の魔法》は危なかったけどな」
からの、静寂。
「えっと……それで?」
苦笑しつつ首を傾げると、気のせいかセルシリアの頬がかすかに朱に染まったように見えた。
それを誤魔化すようにこほんとひとつ咳払いをして、セルシリアはキッと俺の顔を睨みつける。
「だから! あんたの努力を褒めてあげてるの! 入学初日のあんなへなちょこ《火弾の魔法》からよくあそこまで成長したわねって言ってあげてるのよ! ありがとうって言いなさいよ!」
「お、おう……ありがとう?」
なんか理不尽に怒られている気がするが俺の勘違いだろうか。
釈然としないながらも感謝を述べると、セルシリアはふんと鼻を鳴らし、そしてまたなんだかしおらしくなる。
「それと、あれよ……」
羞恥と不安が入り交じったような表情でセルシリアは言った。
「このあいだのことは……ごめんなさい」