第14話 こちらを見つめる碧い瞳
魔法史学の一件からまた数日が経った日のことだ。
今日の基礎魔法学も屋外練習場での魔法実習だったが、ただ習った理論に基づいて魔法の練習を行う、というものではなかった。
「今日はこれまでの学習と練習の成果を見せていただきます。五大属性から任意で選択した三属性の初級魔法を使用し、みっつすべての魔法を的に命中させてください」
要するにここ最近の集大成を見せてみろ的なテストというわけである。
周囲のクラスメイトたちを見回してみると、多くの生徒は自信満々の顔つきをしており、表情に不安の色を残しているのはほんのわずかの生徒だけだった。まあ正直この程度のテストはほんの入門の入門といったところだろうし、才能に溢れた将来有望な魔法貴族のお坊ちゃまやお嬢様にかかればとっくに準備は万端ということなのだろう。
そして実際にクラスメイトたちは続々とテストに合格していった。入学初日には失敗していた面々も容易にクリアしていくものだから、俺は改めて自分の才能のなさを思い知ることとなった。
あっという間に自分の番がやってくる。
俺は所定の位置に立ち、正面に並ぶ三本の土製円柱を見据える。ふと、どことなくボーリング場で目の前に並んだピンを見つめているような気持ちになった。
これまで何度も言ってきたが、俺は別に一流の魔法使いを目指してはいない。
だがしかし、極端に無気力な態度でいては変に目をつけられかねないと思い態度を改めた俺は、結果としてここ最近それなりに真面目に魔法の練習に打ち込むことになった。
そうして真面目に取り組んでみると、これが案外楽しくもあった。徐々に魔法の生成の成功頻度が上がり、また射撃の命中精度が向上していくという、いわゆる努力が報われていく感覚というものは、存外に気持ちがいいものだと言えた。
まあ要するに、俺は結構頑張って魔法の練習をしたのである。
そうなると必然、テストに合格したくもなる。これは魔法使いとしての向上心と呼べるような大層な熱意ではなく、例えば必死に勉強をやったのだから試験本番はせめて赤点を回避したいと願う高校生と同程度の至極浅はかな願望というやつだ。
というわけで結局なにが言いたいのかというと、俺は少しだけ緊張していた。
片手持ちの細杖を真ん中の的に向かって構える。
一度深呼吸をして心を落ち着けて……俺は再び的を見据えた。
「大火の精霊よ、その滾る鮮血を以て万物を焦がす烈弾と成せ――《火弾の魔法》!」
杖の先端に灯った魔力の煌めきが火球へと変化し、射出される。
ほかの生徒がつくる小火球よりもさらに小さな火球が土の円柱へと向かっていき――無事に着弾した。
やや威力強めの爆竹……その程度の貧弱な爆発だったが、それでも砕けて折れる円柱的を見て俺は安堵した。
まずひとつめ、《火弾の魔法》は成功だ。
続けて俺は右手の的に杖を向ける。
「大海の精霊よ、その美しい指先を以て万物を貫く弾丸と成せ――《水弾の魔法》!」
今度は水の弾丸が生成され、第二の的を目がけて疾駆する。
真っ直ぐに飛んでいった水弾は無事に円柱的の中心に着弾したが、ばしゃりと弾けた飛沫のあとに残ったのはなんとも浅く情けない丸形の弾痕だった。
的を破壊するには至らなかった……が、ローレン教師が課した条件はあくまで的への命中だ。威力については考えなくていい。問題ない。ふたつめの《水弾の魔法》も成功だ。
俺は残る左手の的に杖を向けた。
次の魔法を成功させればテスト合格だ。
俺は残る集中力を絞り上げた。
「大地の精霊よ、その堅牢な拳を以て万物を砕く砲弾と成せ――《石弾の魔法》!」
生成された石弾が最後の的に向かって放たれる。
だが生成が甘く、勢いも足りなかった。ぼろぼろと表面を散らしながら、石の礫は空気抵抗に負けて逸れていく。
厳しいか……! 思わず唇を噛んだが、しかしどうにかギリギリ持ち堪えた石弾は掠めるようにして円柱的の右端を抉り取ると、そのまま最奥の土壁に着弾して微塵へと砕けた。
俺はやや不安を覚えた。この《石弾の魔法》は成功と言っていいのか……?
「お疲れ様でした、アルトルース・ノルマンくん。まだいろいろと課題はありますが合格です」
ローレン教師の言葉を聞いて俺はほっと安堵の息をついた。どうやらセーフの判定だったようだ。
また、それと同時に仄かな喜びも感じた。やはり努力が結果に結びつくと嬉しいものだ。
土製円柱を魔法で復元するローレン教師に向かって小さく会釈して身を翻す。
……と、そこでセルシリアと目が合った。
今回は俺がぼけっと眺めていたからではない。彼女の方が俺を見ていたのだ。
咄嗟に視線を外そうかとも考えたが、何故か顔が言うことを聞かなかった。
じっとこちらを見つめる碧い瞳を見つめ返していると……やがてセルシリアは言葉もなくぷいっとそっぽを向いた。
なんだったんだ、一体。
怪訝に思いながらも、とて自分からセルシリアに話しかけようとは考えなかった。どういった意図があってこちらを凝視していたのか皆目見当がつかないが、しかし向こうに干渉してくる気がないのならそっちの方が俺にとっては都合がいい。