第13話 恥も知らぬ没落の血族
「補足ですか。ではどうぞミハエル・ウォンテッドくん」
発言の許可を得たミハエルはもったいぶったような所作で立ち上がる。
「このような常識、いまさら学院の講義で取り上げるほどのことでもありませんが……せっかく魔導八賢について復習する機会を得たんです、より詳細までおさらいした方がいいでしょう。初代魔導八賢を輩出した偉大なる家名を補足させていただきます」
ミハエルの口許に自信に満ちた微笑が浮かんだ。
「第一にファルニクス王家。第二にムーンフォール公爵家。第三にレンブレル公爵家。以下、ハニィバニィ侯爵家、ミリオン侯爵家、オルゲイン侯爵家、ハインヘーゲル侯爵家、そして――我がウォンテッド侯爵家です」
そこで俺は思い出した。
そうだ。入学初日、ローレン教師とミハエルとの会話のなかで俺は魔導八賢という言葉を聞いたのだ。あのときローレン教師は、ミハエルの父親が魔導八賢の地位にあるとか、至高級の魔法を会得できればミハエルが魔導八賢を継ぐことになるとか言っていた。その意味がようやくいま理解できた。いや、俺は歴史には興味がなく不勉強だったのだ……。
それと同時に、俺は思わずとある少女をこっそり見やった。
斜め左前方の席に座る少女――セルシリア・ハインヘーゲルを。
いま、確かにミハエルは言ったはずだ。初代魔導八賢を輩出した名家のひとつが、ハインヘーゲル家だと。
だとすればセルシリアは超名門魔法貴族のご令嬢ってことか……?
そんな推測を働かせていると、ミハエルはさらに言葉を続けた。
「つまりこの八つの血統こそがかつて世界を魔王の恐怖から救った英雄の家系であり、真に優れた魔法使いの血筋と言えるでしょう。現に世襲制から時代最高の魔法使いに与えられる称号へと変化した魔導八賢ですが、いまなおその地位にある者は初代魔導八賢の直系子孫である魔法使いがほとんどです。そして、それは至極当然のことだと僕は考えます。本来の魔導八賢とは偉大な功績を残した僕らの先祖を称えるためにつくられた称号。それを護り抜くことこそ、すなわち常に時代最高の魔法使いの血族であることこそ、子孫である僕たちの責務と言ってもいい」
不意にミハエルの視線がセルシリアへと向けられる。すうっと細められたその眼差しには、どこか侮蔑の感情が混じっているように見えた。
「ちなみにあえて家名で説明させていただきますが、当代の魔導八賢を有する家名は序列を含めて次のとおりです。序列第一位・ファルニクス。第二位・ムーンフォール。第三位・レンブレル。第四位・ハニィバニィ。第五位・ミリオン。第六位・イルステル。第七位・ウォンテッド。そして、第八位・ゴルドー。つまりいま述べた八つの家系こそが現代における最優の血族というわけです。また同時にこの事実は……偉大な先祖の名に泥を塗った愚かな血族が存在することも意味する」
ミハエルがなにを言いたいのかはすぐにわかった。
現在の魔導八賢のなかに……ハインヘーゲル家の人間はいない。
いまやミハエルの冷え冷えとした眼差しは、誰が見てもわかるほど明らかにセルシリアに突き刺さっていた。
「魔法使いが最も重んじるべきは穢れなき誇りとたゆまぬ研鑽。ゆえに初代魔導八賢の血を引く僕たちには、常に他の魔法使いの先に立ち魔法の発展に貢献する義務があるはずだ。にもかかわらずそれを忘れ、いつしか驕りと怠惰に耽溺し、挙句の果てには魔導八賢の地位すらも失い英雄たる祖先の名を貶めるなど……恥も知らぬ没落の血族どもにはほとほと嘆息するほかない」
直接名前は出さずとも、誰もがセルシリアを……ハインヘーゲル家のことを詰っているとは理解できたはずだ。その証拠に、生徒のなかにはセルシリアの方をちらちらと見ながら笑う者も少なからずいた。
「詳細な補足をありがとうミハエルくん。もう座ってもらって結構です」
ネフェリア教師に促され、ふんとひとつ鼻を鳴らして着席するミハエル。
それから講義は再開したものの、ネフェリア教師の説明に交じる無数のかすかな嘲笑は長いこと耳に障り続けた。
セルシリア自身、自分が罵られたことは充分に理解していた。でも彼女はなにひとつ反駁の言葉を発しはしなかった。
しかしそれは決してなにも感じていなかったからではない。彼女は必死に耐え忍んでいたのだ。
俺は左斜め前方へと目を向ける。
小刻みに震える華奢な肩。ちらと覗いた横顔を見れば、碧い瞳には怒りと悔しさを孕んだ滴が決壊寸前まで溜まっていて――机の下の拳は、血が出るほど固く握り締められていた。