第12話 魔導八賢
ひょんなことから言葉を交わすことになった俺とセルシリアの関係は、俺が盛大に彼女の地雷を踏み抜いたことにより始まる間もなく爆散終了した。
とはいえ、そんな大失敗から俺は大きな学びを得ることができた。
最初からわかっておけよという話ではあるのだが、無能の落ちこぼれは眼中に入らないからといって怠けていると、それはそれで志高い人間からすると目障りで気に食わないということである。
これについては改善しなければならない。せっかく相手にする必要のない存在だからと無視してもらっているのに、悪目立ちして彼らの視界に入ることは避けなければならない。視界に入れば干渉される可能性が出てきてしまう。
というわけで早々に俺は態度を改めた。座学の際は背筋をぴんと伸ばした姿勢で教師の説明を拝聴し、板書は漏らさず書き取った。屋外で魔法の実習を行う際には何度失敗しようと諦めずに詠唱と行使を反復したし、笑われたらちょっと悔しそうな顔をつくるのも忘れないようにした。
これで無能のくせにやる気がなくて癇に障る奴だと思われずに済むだろうし、そうなれば他人から干渉を受けることもないだろう。
反省を活かしてその後の改善に繋げる。我ながら素晴らしい心意気である。
そのおかげもあってかあの日以来、セルシリア・ハインヘーゲルから怒りの眼差しを向けられたことはない。まあ、向こうの方から二度と話しかけるなと言ってきたんだし、絡んでこないのは当然のことではあるけど。
とにかく無事に平穏を取り戻すことができて万々歳だ。
とは思いつつ、しかし俺はあの日以降、どうにもセルシリアのことが――彼女が見せた鬼気迫る表情がずっと気にかかって仕方なかった。
確かに落ちこぼれのくせに向上心の欠片もない態度の俺は、見ていて腹立たしかったことだろう。とはいえ彼女が俺に向けてきた怒りや嫌悪の感情は、それだけを理由にするにはあまりにも甚だしいものだったようにも感じる。
それに去り際に彼女が言ったあの言葉。
『私はね、私のため、お父様のため、そしてなによりハインヘーゲル家の名誉を取り戻すために――世界最高峰の魔法使いになるって誓ってこの王立ロンドール魔法学院に来たんだから』
あの台詞には、並々ならない決意と覚悟がこもっていたように思えた。
果たしてセルシリア・ハインヘーゲルという少女は、一体どれほど大きなものを背負ってこの王立ロンドール魔法学院に入学してきたのだろうか……。
そんな疑問を脳味噌の隅っこに留めつつ毎日を過ごす俺だったが、答えを知るまでにそう時間はかからなかった。
それは魔法史学の講義中のことだった。
「さて、魔法界には最高の栄誉と呼ばれるもの――ごく限られた真の英才のみが至ることのできる最上級魔法使いのなかでも最も優れた八人に与えられる至上の称号があります。それがなにか、皆さんはわかりますか」
妙齢の女性教師、ネフェリア・ハウンズが青みがかった長い黒髪をなびかせながら教室のなかを見回すと、ひとりの男子生徒が挙手をした。
「では、マルクス・コヴンくん」
「はい」発言を許可された少年、マルクス・コヴンはすっくと立ち上がった。「魔法使いにとって最高の栄誉たる称号、それは――《魔導八賢》です」
魔導八賢……確か最近どこかで聞いたワードだ。
「そのとおりです」ネフェリア教師は頷いた。「では、魔導八賢という称号が生まれた由来と変遷については説明できますか?」
マルクスは自信に満ちた顔で「もちろんです」と答え、続けた。
「遙か悠久の昔、かつてこの世界を滅亡の危機に陥れた魔王を討ち滅ぼした八人の偉大な魔法使いがいました。魔導八賢とは、そんな彼らの功績を称えるためにつくられた称号です。初代魔導八賢が誕生して以降、当初は彼らの直系子孫――代々の家長が魔導八賢の称号を継承していました。ですが時代の流れとともにその在り方は変わっていき、いつしか魔導八賢は世襲称号ではなく、現代のようにその時代最高の八人の魔法使いに与えられる至高の栄誉となりました」
「よろしい。完璧な説明です。よく勉強していますね」
ネフェリア教師が微笑みかけると、マルクスは嬉しそうに頬を緩ませながら「ありがとうございます」と頭を下げて着席した。
するとマルクスの着席と同時に声を上げた生徒がいた。
「補足があります、ネフェリア先生」
例のごとくどことなく高慢げな雰囲気を醸す赤髪の少年、ミハエル・ウォンテッドが小さく手を挙げていた。