第10話 セルシリア・ハインヘーゲル
見事にクラス全員から落ちこぼれの烙印を押されてから、はや一週間あまりが過ぎた。
とはいえ、正直に言って俺は全然気にしていない。
むしろ今の自分には満足に近い感情すら覚えていると言ってもいい。
そもそも俺は、美野島或人だった頃から誰にも干渉されずにのんびりと生きていたい人間だった。
でもそれは叶わない望みだった。
前世の世界では《ゲート》と呼ばれる異界からモンスターどもを呼び寄せる災害が頻発しており、そして俺には襲い来る侵略者どもに対抗し得る力――異能力が具わっていたからだ。
さらに俺は異能力を持つ人間のなかでも特別だった。異能力の等級は通常S級までしか設定されてなかったが、俺の《絶対不可侵の両眼》は既存の枠に止まらないほど強力な力だと判断されたのだ。
そして俺は世界唯一のX級異能力者に認定された。
誰よりも強力な力を持ち、誰よりも世界を脅威から護れる存在となった俺に、モンスターたちと戦わない選択肢はなかった。
結果として俺は、ほかのどの異能力者よりも危険な戦場に立つこととなった。当然だ。X級異能力者の俺には、X級異能力者の力を必要とするモンスター討伐依頼が回ってくる。S級やA級の異能力者でも苦戦するような敵が現れた際には、被害を抑えるために率先して前線に立って戦った。
常に他者から干渉を受け続ける毎日。それは俺が望んだ日々とはまるで真逆のものだった。
しかしそんな日々の果て、俺は自分の役目を最期まで果たし、そして死んで転生した。
それは俺にとって干渉からの解放だった。
……だが、俺は転生した異世界で弱小ながらも魔法貴族の子として生まれ、それゆえに当然の責務として魔法使いを目指すことを求められた。つまり第二の人生でも俺は他者の干渉を避けられなかったのだ。
だからこそ、俺は自分が魔法の才能に恵まれなかったことに感謝した。
家名を背負う者としての運命、すなわち干渉に抗えず王立ロンドール魔法学院に入学した俺だったが、入学早々俺はどうなったか。
さっき言ったように、俺は学院内の人々から落ちこぼれの烙印を押されることとなった。
けれど、それこそ俺に望みどおりの状況を与えてくれるものだったのだ。
それはいまこの教室内で俺がどんな状況にあるかを見れば一目瞭然だ。
王立ロンドール魔法学院に入学してくる生徒たちは、その多くが魔法貴族の令息令嬢であり、一流の魔法使いを目指す志高い者たちである。才能豊かなライバルと日夜しのぎを削り合い、魔法使いとして高みへ昇ることを望んでやってきた者たちである。
したがって彼らにとって、競い合う相手となり得ない人間のことなどどうでもいいのである。
見てみてほしい。いまやクラスの生徒たちは俺のことをまるで存在しない者かのように扱っている。無視、というよりも眼中にないというやつである。
しかしそれが心地いい。だっていない者扱いされるということは、すなわち誰も俺に干渉をしてこないということなのだから。
凡庸以下の落ちこぼれだったおかげで、俺はついに望んだ生活を手に入れることに成功した。
父であるナイトルースには申し訳ないが、彼の言に従って王立ロンドール魔法学院に入学はしたものの、一流の魔法使いになってやろうなどという気概は俺にはない。
これからの学院生活を空気のごとく過ごし、領地に戻ったあとは無名の底辺魔法貴族としてひっそりと生きていく。やがて家督を継いでからもそれは変わらない。田舎の無能領主として最低限の働きをしながらのんびりと暮らしていくだけだ。
ようやく手に入れた平凡で平穏な人生。なんと素晴らしい響きだろうか。俺はこの安寧を享受し続けるために、これからも堂々と落ちこぼれであることを誇って生きていくだけだ。
そういうわけで俺は教室の隅っこで大人しく講義を受講するのである。
魔法の歴史について学ぶ魔法史学。
薬草の扱い方や調合法を学ぶ魔法薬学。
火・水・風・土・雷の五大属性に基づく魔法を学ぶ基礎魔法学。
それら以外の特殊な属性――光や闇など――に基づく魔法について学ぶ特殊魔法学。
ほかにも様々な科目が細かく設定してあり、それぞれの科目を専門とする教師が教鞭を執ることにより高水準の講義を行うのが王立ロンドール魔法学院のスタイルだった。
座学はたまにうとうとしながら教師の説明にぼんやりと耳を傾け、基礎魔法学などで屋外実習を行う際には臆面もなく出来損ないの魔法を衆目にさらす。すると決まって生徒たちのくすくすと笑う声が聞こえてくるのだったが、俺はまったく気にしなかった。彼らは嘲笑うだけで俺に干渉してくることはないのだから。
そんな毎日を過ごしていたときのことである。
今日も今日とて基礎魔法学の講義があり(基礎魔法学に関してはクラス担任の教師が担当するため、授業を行うのはローレン教師だ)、俺を含めたクラスの生徒たちは屋外練習場で基本的な魔法の演習を行っていたのだったが、そこで今日も今日とて水属性の初級魔法である《水弾の魔法》の生成に苦戦する俺の視界に、同様に四苦八苦する生徒の姿がちらりと映った。
霊峰を染める初雪のように神々しい白銀の長髪に、夏空に煌めく澄んだ海のように美しく碧い双眸。顔立ちは恐ろしいほどに整っていて、肌は透けるように白い。いまは絶賛しかめっ面をしているが、いわゆる美少女というやつである。
俺は入学初日を思い返す。自己紹介のときになんと名乗っていたか……そうだ、思い出した。
セルシリア・ハインヘーゲル。それが彼女の名前だったはずだ。