第1話 プロローグ・かつて最強の異能力者だった青年①
――二〇XX年。日本、東京。
夜に染まった空に大音量のサイレンが鳴り響き、無数の武装ヘリコプターが首都の煌めきに照らされた闇のさなかを飛び交う。
喚き散らすようなプロペラ音を伴って弧を描くヘリの群れの中心。
夜空に穿たれるのは、夜闇をぐるぐると掻き混ぜたかのごとき渦――見るからに禍々しい漆黒の大穴だった。
『――東京都庁第一本庁舎上空に超巨大ブラックゲートの出現を確認! 推定脅威度はS級以上! エリア内に待機中のA級以上の異能力者に至急出動を求む! 繰り返す! 東京都庁第一本庁舎上空に超巨大ブラックゲートの出現を確認! 推定脅威度はS級以上! エリア内に待機中のA級以上の異能力者に至急出動を求む!』
緊急通信端末を通じて、夜の街を行き交う彼らに司令部からの指示が飛ぶ。
逃げ惑う民間人のただなかで足を止めた若い女性が、面倒くさそうに腰に手を当てながら空に浮かぶ渦穴を見上げて呟く。
「推定脅威度S級以上ねえ……。そもそもS級以上の設定がないはずなんだけど。それって実質最高脅威度ってことじゃん」
また別の場所では、スーツ姿の男性が同じく都庁上空の歪みを忌々しげに睨みつける。
「せっかく今日はたった二時間の残業で済んだと思ったところだったのに、こういうときに限って厄介な追加時間外労働が舞い込んでくるのは一体どういうわけですかね」
また別の場所では、のっそりとした足取りでゲームセンターから出てきた猫背の少年が、パーカーのフードを外しながら気だるげな眼差しを真っ黒な大穴へと向けては口許をかすかに緩めた。
「なんだ、急に誰ともマッチングしなくなったと思ったらあれのせいか……。でもまあ、ブラックゲートなんて僕にとっては初めてのことだし、ゲームなんかよりも断然面白そうじゃん」
彼らのほかにも、複数の人々が同じように巨大な純黒の穴を見上げる――。
そのとき、捻じ曲がった夜闇の歪みの向こうから得体の知れない蠢きが溢れ出した。
翼が生えた巨大な猿のような悪魔じみた化物の群衆が一斉に空を埋め尽くし、昆虫と爬虫類を継ぎ接ぎしたかのごとき醜怪な大型異形の大群が都庁の外壁を覆い尽くす。
この世のものならざる奇っ怪な咆哮を轟かせながら侵入してきたその存在こそ、ゲートと呼ばれる時空の裂け目を通って襲来する侵略外来生物――モンスター。
『モンスター出現! 飛行型と地上型、それぞれ推定百体以上! なんて数だ! これがブラックゲート……ブルーゲートやレッドゲートとは規模が違う……っ!』
ヘリの一機を操縦する男性隊員が声に恐怖を滲ませる。
『恐れるな! 冷静さを欠けば一瞬で全滅だぞ! まずは制空権の奪取を優先する! 第一班から第三班までは飛行型を撃滅対象とし、第四班のみ地上型の拡散抑制に当たれ!』
『了解!』
武装ヘリコプターに搭載された機関砲が火を噴く。
大口径の銃弾が異界からの侵略者たちを貫き撃墜していく。
しかし、一分あたり数千発の超高速ガトリング砲をもってしてもすべての異形を駆逐することはかなわない。
特に空を自在に駆ける飛行型モンスターは器用に射線から逃れていく。
『くそうっ! 奴らめ、ちょこまかとすばしっこいせいで狙いが定まらない!』
『焦るな! 落ち着いて視野を広く持つことを怠るなよ!』
『わかってま……』
ガクン! とひとりの隊員が操縦する機体が大きき揺れる。
『な、なんだ⁉』
ヘリコプターに牙を剥いた化物がへばりついていた。
『う、うわああああああああ!』
悲鳴を上げる男性隊員。しかし彼には為す術がない。
「グギャギャギャギャギャアアア!」
鋭利な爪を立てて何度も機体を殴りつけるモンスター。人並み外れた膂力に耐えきれず、徐々に鋼鉄のボディが凹んでいく。
『やめろ! やめろおおおおおおおお!』
操縦桿を握る男性隊員は我を失い、ヘリコプターが空で無様に踊る。
しかしそれでもモンスターは離れない。しつこく何度も機体に拳を叩きつけ、刃物のような爪を突き立てる。
ついに爪の先端が装甲をわずかに貫き、隊員の視界の先で鈍く光った。
『うわあああああああああ!』
振り上げられる化物の右腕。次の一撃で、モンスターの爪は鋼の防御を完全に突破する――。
――右腕が振り下ろされる寸前、異形の頭が爆発して吹き飛んだ。
焦げた首の断面からぷすぷすと煙を吐きながら、力なく剥がれた化物の亡骸が地面に向かって墜ちていく。
『たす、かった……?』
状況が飲み込めず呆然としつつ、ヘリコプターの体勢を立て直す隊員。
落ち着きを取り戻すうち、徐々に記憶がはっきりとしていく。
確か爆発の直前、炎の弾丸のようなものがモンスターの頭部に着弾したように見えた……。
次の瞬間には、周囲を飛び回る飛行型モンスターたちが次々と紅蓮の爆撃によって撃墜されていった。
地上から天空に向かって逆さに降り注ぐ烈火の豪雨によって赤々と夜空に咲く不格好な煙火の花園。それはまさに、尋常の領域を外れた超常の現象だった。
そこで男性隊員は思い至る。いま自分を救ってくれたのは――。
『異能力者到着! これより我々は援護に回るぞ!』
部隊長の指示を聞きながら、隊員は不意に爆撃の主を視界に捉える。
背の低いビルの屋上に佇み、墜ちていく火だるまの群れを愉快げに見上げる若い女性の姿を。
彼女のような存在こそ、人の身でありながら理外の力を有し、異界からの侵略者に対抗し得る人類の最終戦力――異能力者。
「さて、とっととやっちゃいますか――《烈火の化身》」