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水面の下

作者: 仙石文

 水面の下


 昔から見る不思議な夢がある。

 一人の男の人の影を追うと、途中で見失ってしまう。

 そして、どこか不思議な池を覗くと、ゆらゆら揺れている水面に映る若い女性。

 彼女は何か言いたげだが、何も言えないようだ。


 彼女は色んな事を教えてくれた。

 担任の先生はとても優しい人であること、校長先生と教頭先生は仲が悪いこと。

 色んな事を教えてくれた。


 しかし、理由はわからないが、不思議と彼女が誰なのかは思い出せない。


「あの貯水池にはね、幽霊が出るんだよ

 とっても怖くてね、とっても強いの」


 小学校から帰ってきた娘が、まだ少し舌っ足らずな口調で一所懸命に話してきた。

 どうやら小学校で流行っている怪談の類のようだ。


 俺も昔、同じ年ごろに似たような話を聞いた気がする。

 どちらかと言うと恐がる質だった俺と違い、娘は楽しそうだ。


 世には偏見と言われるかもしれないが、女の子の方がこの類の話が好きな傾向がある。

 俺の頃も女の子が騒いでおり、モテたい男子がやせ我慢しながら話に混ざっていた。

 少し懐かしい気持ちになりながら、自分が聞いた怪談を思い出してみた。


 今よりも古く暗いトイレや、すでにない古い倉庫。

 考えてみると今よりも題材が豊富だ。


 しかし、貯水池とはどこの事だろうか?

 小学校で流行る怪談話は根拠のないものだけではないだろう。


 校舎の中から題材を探す感受性は目を見張るものがある。

 俺たちのような年齢では思いつかないものばかりだ。


「お父さんは知っている?」

 娘はキラキラした目を向けて尋ねてきた。

 おそらくとても怖いものを聞けると想像しているのだろう。


 最近読んだ小説で怖い話があったかどうかと思い返そうとしたが、どちらかというと学校の怪談を聞きたいのだろうとわかり、遥か昔の記憶を探った。

 色んな話を聞いたが、不思議とニュアンスだけしか覚えていない。


「貯水池ってまだあるの?」

 台所から妻がやって来て会話に加わった。

 彼女は何か知っているようだ。

 そういえば、妻も自分と同じ小学校の出身だ。


 俺と妻と娘は、時代が違えど同じ学校に通っていたのだ。

 娘とは大きく離れているが、妻とは数年重なっている。

 ただ、妻が同じ小学校出身と知ったのは付き合ってからであるので、その世代で同じ話題は無かった。


「貴方はあまり知らないかも知れないけど、女の子たちは貯水池の怪談が定番だったの。」

 妻はテーブルに麦茶を置き、俺と娘、そして自身の分を注ぎながら言った。


「ありがとう!」

 娘は大きな声で妻から麦茶を受け取り、俺も慌ててお礼を言って彼女が受け取った。


「貯水池はね、女子トイレの裏にあったの。

 だから女子の目に届きやすいの。男子トイレからは絶妙に見えなくてね」


「そうなのか。今もあるのか?」


「お手洗いにあったの!?」

 娘は驚きを隠せない様子だ。

 その様子から今は無いのだろう。


 そんな娘を見て、妻は一瞬目を伏せてから

「無いの。だって、事故が起きたから」

 と静かに言った。


「そうか・・・でも、危険な場所だったなら無くなってよかった。」

 想定していたとおりもう無いものだったが、妻の口ぶりから危険な場所だと想定出来た。

 娘が通うのだから、危険な場所が無い方がいい。

 俺は今はもう無いことに安心した。


「それで、どんなお話だったの?」

 娘は妻にキラキラした目を向けている。


 妻は一瞬何かを考え込んだが、困ったように笑った。

「怖くない話だけどね、河童が出るっていうお話。」


「河童?幽霊じゃなくて?」


「そう。だから恐くないでしょ?」

 妻はそう言うと優しく笑ったが、少し顔が強張っていた。


 娘は河童と言う言葉に拍子抜けしたのか、つまらなそうにしている。

 ここで何となく貯水池から話題をずらそうと思った俺は、男子トイレから見えていた光景を思い出した。


 女子トイレと男子トイレは同じ方角に窓を向けて並んでいたが、男子トイレから見えるのは宿直用の小屋だった。

 位置も丁度女子トイレと男子トイレの間らへんにある。

 きっとそれが障害になって貯水池が見えなかったのだろう。


「宿直室って言うのがあってな、よる学校に泊る当番の先生が使う部屋があったんだ。」

 俺は今はあるのかわからない宿直室の話をした。

 宿直室には、いつも同じ先生がいた。

 確か女性の先生だった気がする。

 曖昧だが、そこまで思い出すと彼女の顔は出て来ないが色んな事を思い出した。

 たしか、彼女が色んな怪談をしてくれた気がする。

 そこから古いトイレの話や、旧校舎でおこった心霊現象の噂など話した。


「こわいー!」

 娘は嬉しそうに笑いながら走って行った。

 おそらく自分の部屋に戻ったのだろう。


 妻が娘に宿題をするよう声をかけると、俺が座っている向かいの席に腰を掛けた。


「ありがとうね。」

 妻は俺が貯水池の話を遠ざけたことに気が付いているようだ。

 このさりげないことに気付いてお礼を言ってくれるのが妻に惚れた一つの所だ。

 俺もそんな風に気付ける人間になりたいが、まだまだだ。


「いいって。それよりも俺が知らないこともたくさんあったんだなって驚いた。」


「もしかしたら、貴方が卒業してからの事件だったかもしれないからね」

 妻は困ったように笑っていた。

 かなり実害のある事件が起きたようだ。


 それで貯水池を無くしたのにも関わらず娘の世代でも貯水池が怪談の舞台になるのだろう。


「女性教諭が入水自殺をしたの。色恋沙汰だからあまり幼い子には言えないしね」

 妻は吐き出すため息を共に言った。

 おそらく娘が相手じゃなかったら話していた内容のようだ。


「そんなことが」

「そうなの。まして、発見したのが当時の小学生だったからね」

 妻はそこまで言うと、安心したように立ち上がって台所に戻った。

 おそらく言えなかった理由を俺に話せて満足したのだろう。




 それから数日後、実家から連絡が入り突如帰ることになった。

 なんでも、父がぎっくり腰になってしまったので力仕事をしてほしいとのことだ。

 大事に至る事じゃなくてよかったが、父が治るまで力仕事をしなければいいいのでは?と思ってしまった。


 と言っても、俺は地元に住んでいるため実家も近いため、そこまで苦じゃない。

 妻に娘を頼み、車で20分ほどの実家に向かった。


 車の中で妻と娘とした怪談を思い出し、実家で何か当時の事がわかるものが無いのだろうか?と野次馬心が騒ぎだした。

 実家にはアルバムもある。

 小学校の時の卒業アルバムもあるはずだ。


 実家に戻ると、母が出迎えさっそく大型家具の移動を頼んできた。

 どうやら大規模な模様替えをしている時に父がぎっくり腰を起こしたようだ。

 これならば仕方ない。

 流石に家具の位置が不安定な家で長時間過ごさせるわけにはいかない。


 俺は自分もぎっくり腰にならないように慎重に母の指示通りに家具を動かした。


 作業が終わると、母がお礼を言いながら麦茶を入れてくれた。

 その麦茶を見て、怪談の事を思い出した。


「そういえば、昔あった貯水池の怪談が今も小学校で流行っているらしいんだ。」

 俺が何気なく口にした途端、母の顔色が変わった。


「あんた、大丈夫なの?」

 母は鬼気迫る様子で俺の肩を掴んだ。


「え?」

 俺はわけがわからず首を傾げた。


「だって、先生を見つけたの・・・」

 母はそこまで口にして何かに気付いた様子で口をつぐんだ。

 そこから一呼吸おいて立ち上がり、何でもなかったような顔をして台所に向かった。


 俺はわけがわからずに麦茶を飲んだ。


 その夜、実家に泊る事になった俺は妻に連絡をしてから父に愚痴をこぼし夕飯を摂った。

 母の手料理は久しぶりで懐かしい気持ちになる。

 とはいえ、やはり恋しくなるのは妻の料理だ。


 他愛のない話をして、俺は未だにある自室で寝る事にした。

 そこで小学校の時の卒業アルバムを探そうと思ったのだ。


 予想通り部屋にはアルバムがあった。

 何かわかるわけじゃないが、当時の小学校の見取り図や校舎の写真があるはずだ。

 俺は期待してアルバムを開いた。


 一番最初のページに当時の教員の写真があった。


 それを見たとき電撃が走るような感覚があった。

 そして、蓋が開くように溢れ出した。


 色んな光景がよみがえる。

 貯水池を知っているのに、なぜ思い出せなかったのか。

 宿直室の先生が教えてくれないわけがない。

 それに、男子トイレからは見えなくても、宿直室に通っていたなら貯水池を見ないはずがない。


 ただ、わかったことがあった。

「先生は・・・自殺じゃない」


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