第二話
翌朝、いつもよりちょっと早く目が覚めた俺は、ベッドの上でぼんやりスマホをいじっていた。
──で、何気なくゲームのトレンドを覗いてみたら、驚愕の文字が目に飛び込んできた。
──sh1no、まさかのデュオ参戦!?
──公式大会、ペア未公開。世界最強の相方は誰なのか?
「……え、何これ」
思わず声が漏れた。
いやいや待て待て、冗談だろ。アイツが世界一位?あの、深夜に平気でくだらない下ネタ飛ばして来ながら朝まで無理矢理ランク回させてくるあの悪魔が?
「いや、たしかにあの動きは異常だったけど……でも、sh1noが世界一位って……いやいやいや、あるわけない!ないったらない!」
混乱のまま大学に向かって現実逃避しようとしたけど、そんな浅はかな逃避計画も、昼には木っ端みじんに崩壊した。
いつものように食堂でカレーを注文して、適当な空席を探していた時に、とんでもねぇ爆弾が耳に飛び込んできた。
「おいおい、見たか? sh1noが大会出るってよ」
「またどうせまたソロだろ?」
「違うんだよ。今回はデュオなんだよ」
「マジ!? あのソロ専が!?」
ぐぬぬぬぬぬぬぬ。認めん、俺はまだ認めんぞぉ! あの悪魔が世界一位なんて!
「よし。とりあえず飯だ。飯食って落ち着こう。全部夢だってことにしよう」
そう自分に言い聞かせながら、人気の無い席を見つけてスプーンを持ったその時。
「お、ここ空いてんじゃん。行こーぜ」
よりによってさっきsh1noの話で俺の心をえぐった二人組が、俺のすぐ隣の席へ陣取ってきた。
いや、まだだ。ここでこいつらが別の話をしてくれればまだ夢ってことにでき──
「それにしてもさ、sh1noの相方ってどんな奴なんだろな」
さよなら夢、おかえり現実。出来れば再会したくなかったぜ。
もう現実を認めざるを得なくなった俺に、さらなる追い討ちがやってくる
「さあ? 復帰勢って話だったし、多分今有名な人じゃないでしょ」
「でもあのsh1noが誘うんだぜ? 絶対強いって」
はい、死んだ。人間って、物理的に何もされてなくても、精神的ダメージだけでHPゼロになるんだな。
羞恥心で悶えそうになりながらも、平然を装ってカレーを食う。こんな恥ずかしい話を聞いて食うカレーは全く味がしな──うん美味いな。
そんなこんなで昼を乗り切った俺は帰宅後、即座にsh1noに通話を繋いだ。
「お前さああああああああああああ!!!」
部屋に爆音で鳴り響く俺の声、しかし帰って来たのは死ぬほど軽い一声。
『おっ、おかえり〜』
「いやいやいや!! おかえり〜じゃねぇよ!! 世界一位って何!? あのツイートはどういうこと!? 説明しろこの野郎!!」
『世界一位は……まぁやってるうちになっちゃった☆』
「そんな理由でなれてたまるかこの天才!! というかなんで今まで言わなかった!?」
『え、聞かれてないし? それに言わずに驚いてくれた方が面白いし?』
「ッッッ!!!!!」
ダメだ、こいつ天才じゃなくて悪魔だ。
「はあ……なら、なんであのツイートを?」
『友人の復帰へのお祝い?』
「こんなに迷惑なお祝いいらねえよ! そのせいで俺ネットで死ぬほど噂されてんだからな!?」
画面越しにでも殴りかかりそうな拳を抑えながら、椅子に深くもたれかかる。
……何で俺、こいつのせいでいきなり世界から注目されなきゃいけないんだよ。
『いいじゃん。人気者になれて』
「よくねぇよ! てか、お前あんな爆弾ツイートするなら事前に言えよ、せめて」
『いや驚いてもらった方が面白いじゃん?』
「理由がさっきと変わってねぇ!」
頼むからもうちょっと俺の気持ちに配慮してくれ。こっちお前みたいな有名人と違ってただの一般人だぞ、いきなり学校で噂されるとか死ぬほど恥ずかしかったんだぞ。
『まあ、大会出ることはもう告知しちゃったし、もう諦めて?』
「……はあああああしゃーねぇ。もう逃げ道塞がれたし頑張ってやるわ」
『なら、また昨日みたいに一緒にやりますか』
「いや、一人でランク回すわ」
『え? なんで?』
「お前と一緒にいると練習にならん。基本弾撃つ前に敵が消える」
ため息を吐きながら、返事を返す。
そう、こいつマジで上手すぎるんだよ。漁りも索敵も死ぬほど速いし、その上戦闘も鬼強い。だからこっちが駆けつけた時には敵が箱になってる。
『それは……まあ、ごめん?』
「まあ、今日中にそっちとランクできるくらいまでには上げるわ」
このゲームには八つのランクがあり、パーティを組むんでプレイするにはランク差が三つ以内であるという制限がある。
つまり一番下のランクにいる俺は恐らく……いや間違いなく最高ランクであるsh1noと一緒にプレイするには、今からランクを五個上げなければいけない。
『お、大口叩くねぇ。本当にいけるかなぁ?」
「問題ねぇよ」
これでも一応七年間やって来ているんだ。最高ランクだって何回も踏んだことあるし、初心者帯を一日で駆け上がるくらいは出来るだろう。
「んじゃ、切るぞ」
『オッケー。頑張れよ』
その声と共に、通話切断の画面が表示されてくる。
「はああああ、疲れたぁ。なんであいつと話すのはこんなに疲れるんだよ」
主に前半であの悪魔との会話で体力を使い果たした俺は、深いため息を吐き、椅子から離れ、ベッドの上に倒れ込んだ。そして三十分後くらいゴロゴロした後。
「よし……回復して来たしそろそろやるか」
そう呟いて、再びにデスクに向かおうと立ち上がった瞬間。
「……そういえば俺、配信やってたな」
そう。言ってなかったが、俺は大学生となり親の束縛から解放された時からkirenという名でこのゲームの配信をしていた。
最初は趣味で始めたんだが、次第に視聴者も増えて、配信でリスナー達とプロレスしながらゲームするのが楽しくなってなんだかんだで続けていた。
「……ま、折角やるなら配信しながらやった方が話し相手もいるし楽しいか」
そんなこんなでさっそく配信開始。突然の配信、しかも前回の配信から二年も経ってるのに、まだ結構な人が集まって来てくれている。
──キタァァァ!
──生きとったんかワレェ!
──おかえりぃ!
──久しぶり!
「久しぶりだなお前ら。元気にしてたか?」
──おう、元気にまってたぜ
──元気だったけどお前がいなくなってから心配で夜しか寝れなかったよ
「いや普通に健康じゃねぇか」
そうしてリスナー達の手によってものの数分でコメント欄が賑やかになって行く。流れていくコメントの中で、ふと一つのコメントが目についた。
──で、なんでいきなり復活したん?
「なんで復活したかなんだけど……正直大した理由ないんだよな。強いて言えば久しぶりに配信やってみたくなったから?」
──なんじゃそりゃ
──適当すぎだろw
──こりゃまたすぐ失踪するなw
──間違いない
「おいおい失礼な奴らだな。俺を何だと思ってんだ?」
──突然二年失踪した配信者
──そしてなんの悪びれることなく帰って来たクズ野郎
──酷い言われようで草
「ごめんて。これからはまた真面目に配信するから許して」
──許さんぞこのクソ野郎
──その程度で許されると思ったのかこのハゲ頭
「おいこらお前ら本当はただ悪口言いたいだけだろ」
──チッバレたか
──勘のいいガキは嫌いだよ
「全くなんてひどい奴らだ。そんな奴らは五分間チャットできない刑に処すとして……」
──ちょ待t
──許しt
──逝ったか……
──全くマヌケな奴らだ
──お前らのことは明日まで忘れないよ
マヌケな奴らだぜ。この配信の王が誰なのかを忘れてクズとかハゲ呼びやがって。
「よし。ゴミ掃除も終わったことだし、ランクマ回しまーす」
そうして、後に世に伝説を残した放送事故、「sh1no乱入事件」が始まったのである




