01
異世界にやってきて1番最初に感じたのは、異世界特有のなにかではなく、どこか懐かしい目線の低さだった。
「10歳と言っていたか。なるほど、手が小さいぞ!」
ぐっぐっと何度か手を握って感覚を確認してから、自身の服装に目をやる。
プールポワン、ブレー、ベルト。
まさに中世ヨーロッパのような装いだ。
家を探索すると、地下にはよく冷えた食糧庫があり、大体1ヶ月ほどは保ちそうだった。
「ふむ。野菜に肉、魚。調味料もあるが……これは毎回くるものじゃないだろう。この世界の時代背景はわからないが、よくあるファンタジーな異世界であるとするのならば、調味料は貴重になっていくだろうな。飽食の時代に生まれた俺だ。味付けには気をつけないとな!」
1階にはキッチンと寝室、本などが並ぶ書斎。
2階には亜空間のある部屋と、日当たりのいい部屋。
「ここは洗濯物を干すとしよう!」
日光浴もできそうだ、と呟いていると、部屋から外が見える。
そこには湖が広がり、つーっと視線を手前にずらしてみると、耕せば畑ができそうな庭が広がっていた。
「おお! まさにスローライフ、隠居生活だな! 少しテンションが上がってきてしまった! 畑に、釣りもできそうだ!……が、釣りは道具がないか」
少し諦めかけると、視界の端に薄紫色の花が見えた。
「……! あれは……」
2階から降り、外に飛び出す。
見えた場所に行くと、そこには美しい薄紫色の花……亜麻が咲いていた。
「おお……! 亜麻だ。糸の作り方はたしか、枯れたところを雨ざらしにし、干して、叩いて、梳かす。そして紡績だったか」
非常に覚えやすい工程のため、雄剛は一度調べたことを覚えていたのだ。
「うむ! まだ花が咲いているようだし、枯れるまで待つとしよう! 糸にすれば、釣り糸にも使えるだろう! あとは……釣り針か。たしかこの時代は動物の骨で作るのだったか……うむ……難しそうだが、挑戦してみないことにはわからない! やってみよう!」
そう意気込んで、家に戻る雄剛。
「さて!」
まずは腹ごしらえでもするか、と食糧庫を見る。
「野菜炒めと、焼き魚……ふむ。そういえば米はないようだったな。おっと。パンがあったな」
両手いっぱいに食材を持ち、キッチンに戻る。
オープンハースの隣にある戸棚を開けると、包丁やフライパンなどがしっかり入っていた。
「よし! まな板……というよりも、カッティングボードだな。これと包丁とフライパンと……油を忘れたな。まあ、魚を焼いてから野菜炒めを作ればいいか」
魚の油で代用しようと、まずは魚の切り身を焼こうとして……ふむ、と動きを止めた。
「火はどうするんだ」
薪がセットしてあるオープンハースは、その名の通り炉。
コンロのようなひねれば火が出るシステムではなく、雄剛は少し眉を下げた。
「まいったな。……ああ、そういえば、魔法があるな」
思い出し、薪に向かって手をかざす。
「火!」
……。
「火よいでよ!」
……。
「ファイヤー!」
……。
「着火!」
……。
「……イグニッション?」
……。
「なんてことだ。どうやってやればいいかわからんぞ!」
困り果ててしまった雄剛は、美しい顔面との会話を思い出す。
「努力……そういえば、慣らしが必要だと言っていたか。うーむ……」
顎に手を添えて、考え込む。
そこで、雄剛は読んできたあまたのライトノベルや漫画では魔法の使い方はどうだったか、と考えた。
「……良くあるのは、魔法はインスピレーション。想像だというものだな。よし、やってみよう」
もう一度薪に手をかざし、薪が燃える姿を想像する。
「……ぬんッ!」
気合いを入れるように腹に力を込めると、ボウッ! と薪に火がついた。
「おお! 着いたぞ!」
ぴょん、と飛び跳ねて喜ぶ雄剛。
「っとと。待て待て、火が強すぎる」
手のひらを向け、火を宥めるように押し戻す。
すると火は落ち着き、雄剛の想像通りの火の大きさになった。
「うむ、これでいい。ではフライパンを火に当て……魚を投入!」
温まったフライパンに魚を入れ、じゅうっと鳴る音に笑みをこぼす。
それから慌てて、野菜炒めのために野菜を切り始めた。
キャベツ、タマネギ、ニンジン、モヤシ。
調味料は塩胡椒と醤油だけのシンプルな味付けだ。
焼けた魚をカッティングボードに取り出し、今度は野菜を入れる。
しばらく炒めて、野菜の透明度が増してきたところで、醤油と塩胡椒を適量入れた。
「……うむ、こんなものか!」
戸棚から皿を出し、野菜炒めを盛り付ける。
その上に魚を乗せて少しほぐせば完成だ。
「完成! なんか美味そうなヤツ!」
着席し、雄剛は野菜炒めと魚を口に運ぶ。
「……美味い! しかしパンは合わなそうだな! 今度はパンに合う味付けを考えてみよう。しかし、これは米があればかなり進むだろうな」
いつか知識をつけて米が作れればいいな、としみじみ思いながら、雄剛は完食した。