EP98 質疑
――檻の中、薄暗い空気の中で俺は少女に問いかけた。
「君は……俺と同じ人族なのかい?」
「ん? 人族だよ! ほら、耳の形一緒だし。君も人族でしょ?」
「そうだが……」
どこか引っかかる。言葉では説明できない違和感があった。
「疑ってるの? 同じ種族かどうかはキューブを見ればすぐにわかるでしょ?」
そう言ってメルヴェは掌をかざし、光の中から自分のキューブを取り出した。
俺もそれに合わせて六面体のキューブを手にする。
だが、目に映った瞬間に息を呑んだ。
メルヴェのキューブは――オレンジ色の光を帯びた正八面体。
三角面で構築されたその形状は、俺の持つ立方体とはまるで別物だった。
互いに顔を見合わせる。
「……え? あれ? 君、人族じゃないの?」
「いや、それはこっちのセリフだ。……待て、メルヴェ。君は“未来人族”じゃないか?」
「ええっ!? でもボク、人族って教わってたんだけどな……」
「君はずっとここに囚われていたんだろう? ドワーフ族の知り合いから聞いたが――“未来人族”という呼び名に変わったのは、ここ数百年の話らしい」
「そうだったの!? ……ならボク、知らない間に未来人族になってたんだ……」
肩を落とす彼女に、俺は静かにうなずいた。
「……それにしても、種族によってキューブの形が違うなんて、本当にあるんだな」
「そうだよ? ドワーフ族の知り合いは見せてくれなかったの?」
「“キューブは完全に信用するまでは見せぬ”って言われてな……実物はまだだ」
「ふふっ、まぁ基本そうだよ。同族でもない限りは隠すものだからね」
「……でも俺たちは見せ合ってしまったな」
「あはは、そうだね。同族だと思ってたし……仕方ないよ!」
笑い合った後、俺は真顔に戻った。
「だが、異なるキューブが集まった。もしかしたら――ここから脱出する作戦、思いつけるかもしれない」
「たしかに! ちょうどキューブに仕込んでおいた食糧も底をつきそうだったし……出たいところだったの!」
「なら、互いの性能を開示しよう。そうしないと戦略は立てられない」
「いいよ。君からは悪い感じはしないし」
「ありがとう。じゃあまずは俺から話そう」
俺がスペルと性能を説明し終えると、メルヴェが自分のキューブを示した。
――オレンジユニット。
正八面体の下部が展開し、とんがり帽子のような形状に変わる。
浮遊しながら彼女の周囲を巡回し、まるで自律型の支援兵器のように動く。
「ボクのキューブは支援ユニット展開型。浮遊する小型ユニットが、攻撃も回復も妨害も状況次第でやってくれるんだ」
彼女は指を鳴らし、オレンジ色の光を帯びたユニットを一体呼び出した。
それは静かに宙を漂い、周囲を見回している。
「スペルは二つ。ひとつは――《ブレイズオーバー》。灼熱状態のデコイを生成する。勝手に炎で攻撃させてもいいし、突撃させて爆発させることもできるよ」
ユニットの外殻が赤熱し、ぼんやりと炎を灯す。
ただの光学的な演出ではない、実際に熱が伝わってきた。
「もうひとつは――《チャージリンク》。ユニットを味方に接続して、シールドを付与しつつ身体を軽くするの。それに合わせて追撃もしてくれるんだ」
彼女はさらりと説明したが、それが戦術的にとんでもなく強力であることはすぐに分かった。
「……すげぇ性能だな」
そう感心していたところで、メルヴェはため息をつく。
「でも君は現状……使えるスペルないね。天力を帯びてないベーシックスペルだけじゃん!」
「……ごめん」
「ははっ、まぁでもユニークなスペルだよね。創生の難易度はすごく高そうだけど」
「そうなのか?」
「例えば炎の使い手だったら、まずは炎に天力を馴染ませるところから始められるでしょ? 創生するにしても、簡単な段階から進めるんだ」
「なるほど……」
「でも君の場合――天力をどこに馴染ませるの? 《ディスラプションカット》なんて、相手の技を消失させるなら、キューブに込めても意味ないよ。作用するのは相手側だからね」
「……言うとおりだ。《ゼロフラクチャー》もキューブに込めてもスペルに乗らなかった」
「異色のスペルは創生しにくいって言うけど……君はその中でも超難易度だね!」
メルヴェは笑いながら言った。
だが、俺にとっては冗談では済まされない厳しい現実だ。
ベーシックスペルが効かないなら――頼れるのは、天力をまとわせた武器だけ。
しばらくはそれで戦っていくしかないのだろう。




