EP96 奇襲
「げほっ……!」
肺の奥まで入り込むような錆びた鉄の匂いと、長年積もった埃に思わず咳き込んだ。
近くで見れば見るほど、この都市の荒廃ぶりはひどい。
壁は剥がれ、鉄骨は錆びつき、足元には無数のガラス片が散らばっている。
屋上の縁へと歩み寄り、下をのぞき込む。
――真っ暗。底がまるで見えない。
この建物、一体どれだけ高いんだ……?
ただひとつ分かるのは、万が一足を滑らせて落ちれば、そこで終わりということだ。
仕方ない。ここはビルやマンションの屋上から屋上へ飛び移りながら進むしかない。
マップは問題なく更新されていく。
緑に染まった地図の中央へ、ぽっかりと空いた円形の異様な模様――都市の輪郭が刻まれていく。
中心部は意外と目指しやすそうだ。
そう思っていた矢先――。
「ガ……ギギ……」
耳障りな金属音が前方から響いた。
暗がりから姿を現したのは、蜘蛛に似た機械仕掛けの怪物。
八本の鉄骨の脚を軋ませ、全身は錆びついたフレームと装甲で覆われている。
頭部には円筒状の砲台――まるでレールガンを思わせる装置が据え付けられていた。
赤いセンサーアイが点滅し、ギラギラと辺りを睨む。
どう見ても魔物ではなく兵器だ。だが、創造の目は確かに表示した。
《魔物:レールスパイダー》
幸い、まだこちらには気づいていないようだ。
あれだけ装甲が分厚そうな魔物を、この石の剣で本当に倒せるのか……?
そう思いかけた瞬間――。
「きゅ!」
はむまるの短い鳴き声が警鐘のように響く。
同時に、背後のビルの外壁がぐにゃりと揺らぎ――そこから別のレールスパイダーが飛びかかってきた!
「――くっ!」
反射的にキューブを取り出し、地面へ叩きつける。
――ゼロフラクチャー!
無数の目に見えぬ亀裂が空間を走り、蜘蛛たちの動きを断ち切る――はずだった。
だが。
――何も起きない。
「な……っ!?」
レールスパイダーは一切減速せず、そのまま何十体もの群れとなって押し寄せ、俺の身体を抑え込んだ。
装甲の脚が肩や腕を押さえつけ、逃げ場を完全に奪う。
「ぐっ……! まじかよ……!」
ゼロフラクチャーが、まったく通じない……!
天力を込めたキューブなら多少は効くと期待していた。
だが、その予想は一瞬で裏切られた。
そして――。
「ッぐあああああっ!!」
背中に鋭い針が突き刺さり、全身を焼くような激痛が走った。
冷たく鋭利な金属が皮膚を貫き、骨の奥にまで到達したかのような錯覚。
初めて味わう凄絶な痛みに、思わず血の気が引いていく。
――耐えろ。キューイは言っていた。天力が尽きない限り、俺は死なない。
痛みに耐え、立ち上がれと。
だが。
「……っ、く……」
意識は容赦なく暗転していく。
死ぬことはないはずなのに、痛みから逃れるように――俺は、そのまま意識を手放した。




