EP81 種族の概念
ラフリットが最後の会見を開いてから──もう一年が経った。
この一年で、俺はキューイから色んなことを叩き込まれた。
まず知ったのは「種族」という概念だ。
俺たちは「人族」と呼ばれる種族で、キューイは「ドワーフ族」なのだそうだ。
耳の形が決定的な見分け方で、確かにキューイの耳は小さく丸みを帯びている。
「わしも昔は、星を持っておったんじゃよ。地球みたいにな……。じゃが、その星は滅び、わしらはヒデンスターノヴァに完全移住したんじゃ」
淡々とした声でそう語るキューイ。
その目には、遠い過去を見つめる色があった。
彼女によれば、ほかにもまだ種族があるという。
俺たち人族と似た容姿の「未来人族」。
そして、耳が長くて精霊と縁の深い「エルフ族」。
「まさか他の種族が……ゲームの世界の話だと思ってたよ」
「わしも最初はドワーフ以外に種族がいるとは思わなんだ。だが知らなかっただけで、ここは元からそういう世界じゃ」
言葉を交わすたび、ヒデンスターノヴァが地球とはまるで別物であることを再認識させられる。
魔物がいて、他種族が暮らし、そして──地球はもうどこにもない。
俺たちは、もはや転移者や転生者のようなものだな。
もう一度、事務所で飲んでいたコーヒーの香りを嗅ぐことはできない。
見慣れた街並みも、失われた。
前に進むしかないとわかってはいるが、胸の奥に残る穴は、まだ埋まりそうにない。
「ハトヤ、いろいろ心配はあると思うが……先へ行った時の話をしてもええか?」
「ああ。ずっとはぐらかしてたよな、レベル10の先のこと」
俺が頷くと、キューイはニヤリと笑い、古びた紙束を広げた。
「まず、覚えておけ。このレベル10までの世界は“ローカル世界”。いわばチュートリアルじゃ」
「チュートリアル……」
「そうじゃ。ローカル世界は種族ごとに分かれて、同じ形でいくつも存在しておるんじゃ」
さらに彼女は、淡々と続けた。
この世界そのものを作ったのは、高次元の存在──神のようなものらしい。
星と星を繋ぐ中間記憶帯域を形成した、理解の及ばない存在。
「レベル10の先に広がっとるのは“グローバル世界”。そこは多種族が入り混じる場所じゃ」
「多種族……」
「そう。そして、全員が“最北端”を目指すんじゃよ」
最北端。そこへたどり着けば、神と繋がり、さらに先へ行けるのだという。
「すでに誰か到達してるのか?」
「さあな。少なくとも、わしらがグローバル世界に来てから千年は誰も到達しておらん」
「千年!? ああ、先祖がってことか……」
「んや、わしもおったよ」
「……え、え? それって、キューイ……千歳超えてんの?」
「そうじゃな。レベル10を超えた時点で“天族”になるからのう。寿命の概念がなくなるんじゃよ。言ってなかったかの?」
「いや、聞いてねーよ!!」
寿命がなくなる──想像すらつかない事実だった。
「ふふ……ずっとハトヤと一緒に居られる……」
隣でネフィラが、妙に嬉しそうに笑っている。
「話を戻そう。グローバル世界に行ったら、まず広大な無人島に飛ばされる。先導者はそこで“開拓”をし、人口を増やさねばならんのじゃ」
「人口を増やす……?」
疑問を浮かべる俺に、ネフィラが突然きりっとした顔をして言った。
「ハトヤ……! わたし、十人くらい産むから……!」
「え、そういうことなの……?」
「……まあ、それも一つの手段じゃが、基本はローカル世界から移住させるのがメインじゃ」
ネフィラはしょんぼりと肩を落とした。
「開拓を進めれば“神器化結晶石”を生産できるようになる。そうなれば移住もスムーズになるじゃろ」
「簡単に言うけど……国家規模のプロジェクトじゃないか、それ」
そのあとも、彼女は無人島がメインの島と合体する「大陸結合」という現象や、百年単位の開発期間について説明してくれた。
天族となった俺たちは寿命の制約がないからこそ、百年単位の計画を進められる。
だがその分、時間の感覚が完全に変わるのだろう。
「そういえば……ハトヤ、お主は誰とグローバル世界に行くつもりなんじゃ?」
「え? えっと……」
「もちろん、わたし!」
ネフィラが当然のように俺の腕にしがみつく。
「はあああ!? ハトヤ! 約束を忘れたわけじゃなかろう!」
「そ、そうだね……思い出したけど、俺とキューイで行くって……話だった、っけ?」
「そうじゃ! 記憶戻った時に思い出したじゃろ!」
「でも、思い出す前にネフィラと約束して……」
「ハトヤ……あいつと行くの……?」
今にも泣きそうな目で俺を見つめるネフィラ。どうする、この空気。




