EP8 染色の扉
DtEOのアジトにある救護室に入ると、リンカの妹は一目散に駆け寄った。
「お姉ちゃん!!」
「ちーちゃん! どうしたの、こんなところで!」
リンカも驚いたように目を見開くが、すぐに優しく微笑んだ。
妹は大粒の涙を流しながら、リンカに抱きつく。
「お姉ちゃん、会いたかった……ごめんね、お姉ちゃん……」
「ちーちゃん……」
リンカは戸惑いながらも、そっと妹を抱きしめた。
「早く帰りたいんだけどね……退場ボタンが壊れてしまって、まだ戻れないの。ここの人たちが調査してくれてるから、治ったら帰るからね」
「うん……うん……待ってる、ずっと……!」
妹はしゃくりあげながら、何度も何度も頷いた。
その光景を見届けた俺とサナは、そっと席を外した。
「ハトヤ、妹さんには……」
サナが静かに切り出す。
「ああ、言ったよ。本人には、地球で死んでしまったことは伝えていない」
俺は頷きながら答えた。
「今は、退場ボタンが壊れているだけってことにしてくれって頼んだ」
サナは短く「そう……」と呟いた。
「こんな悲しみを生む犯罪者はここにはまだ沢山いるのか……」
俺は拳を握りしめる。
犯罪者の多くは今もヒデンスター・ノヴァで罪を償わず堂々と生きている。
全員がすぐに自首するわけではない……。
こんな事……許されるのか?
ヒデンスター・ノヴァは、犯罪者が罪から逃れるための場所じゃない。
ここは、純粋に楽しむための世界だ。
「全員、追い返すべきなんだろうな……」
そんな風に考えていると、不意にサナが俺の顔を覗き込んだ。
「もしかして、DtEOに入る気になった?」
ニヤリと微笑みながら、茶化すような口調で言う。
「なっ……違うって! ただ、犯罪者のせいでヒデンスター・ノヴァが純粋に楽しめる場所じゃなくなってると感じただけだ」
俺が慌てて否定すると、サナは「ふーん」と意味ありげに頷いた。
「まぁいいわ! それより、バレイが呼んでたわ。報酬の件じゃない?」
「わかった。行ってくる」
そう言われて、俺はバレイの元へと向かった。
バレイのオフィスに入ると、彼は俺に向かって手を振った。
「ハトヤ、よくやってくれた。まぁ座ってくれ」
言われるままに、俺は席に腰を下ろす。
「報告書は一通り読ませてもらった。こういった事態は……実は二例目だ」
「……二例目?」
俺は思わず眉をひそめた。
「以前にも同じようなことがあったのか?」
「ああ。ヒデンスター・ノヴァに一度も入場した事がない青年が、第三者の手によって亡くなった。そして……この世界に来た」
バレイは静かに語る。
「その子にも退場ボタンはなかった」
「その子は、今どこに?」
俺の問いに、バレイは一瞬、言葉を詰まらせた。
「……この世界でも亡くなってしまった。もう、どこにもいない……」
バレイの声はかすかに震えていた。
「そうか……」
俺はそれ以上、何も言えなかった。
「……暗い話はよそう」
バレイは顔を上げると、力強く言った。
「リンカ君についてもしっかりと我々で匿う。安心してくれ」
「分かった。任せたよ」
「さて、早速だが……染色の扉の件だ。聞くか?」
「もちろん!」
俺は気を取り直し、身を乗り出した。
こうして、バレイから染色の扉の情報を聞き出すことになった――。
・・・
「……ここか……!」
俺は目の前の黄色い扉を見上げ、思わず息をのんだ。
「というか……なんでサナがついてくるんだ……?」
「私も一緒に入場して調査する。そのためよ」
サナは当然のように言う。
「中はクリーンタイムだぞ? 危険だ……」
「大丈夫よ。死線はそれなりに越えてきたわ」
サナは自信満々の表情を浮かべ、俺を見据えている。
「分かった。1年振りだな。一緒に行動するのは」
「そうね」
そうして俺たちは、目の前に立つ黄色い扉に手をかけ、その中へと足を踏み入れた。
「うわ、地面は水浸しね」
サナが眉をひそめながら、足元を見つめる。
靴が半分埋まるほどの水が、地面を一面覆っていた。
目の前には鬱蒼とした森が広がり、雷の音が激しく鳴り止まない。
「……これは、雷雲の森じゃないか」
俺が呟くと、サナが首を傾げた。
「知ってる場所?」
「ああ。ヒデンスターオンラインで見たことがある場所だ」
「ふーん……」
サナは興味深げに辺りを見回した。
この森の特徴は、常に不規則に木に雷が降り注ぎ、その影響で周囲の水にも電流が走ることだ。
だが、木の位置と雷にさえ気をつければ、比較的安全に移動できる。
「木の近くを進めば安全だ。雷には十分気をつけろよ」
「了解」
サナは慎重に頷き、静かに歩き始めた。
耳元で何度も爆竹を炸裂させられているような轟音の中、俺たちは慎重に前へと進む。