EP79 終わりの日
薄暗くなった夕暮れの空の下、古びた木造の一軒家。
その小さな食卓には、二人分だけの料理が並べられていた。
茶碗に盛られた白いご飯と、湯気の立つ味噌汁。そして煮物。
老夫婦は言葉少なに箸を動かしていた。
まるで、これまでの人生と同じように。
「あなたと一緒なら、怖くないわね」
老婦人はふと微笑み、夫の皺だらけの手にそっと手を重ねた。
男は何も言わず、静かに頷いた。
テレビもスマホもつけていない。カウントダウンの存在も、ただ“空気”としてそこにあった。
・・・
カウントダウンタイマー 残り 11時間39分
住宅街の一室、窓から朝の光が差し込む。
母親は子供の寝癖を直しながら、笑顔を浮かべていた。
「ねえ、なんで今日は幼稚園お休みなの?」
「うーん、ママにもよく分からないけど……ラッキーだね。今日はいっぱい遊ぼう!」
そう言って笑う母親の目は、少しだけ潤んでいた。
しかしその涙を、幼い息子は気づかない。
「やったー! 明日も休みたいなー!」
「……そうね、きっと、明日もお休みよ」
母親は息子をぎゅっと抱きしめた。
言葉にできない真実を、笑顔の下に隠しながら――。
・・・
カウントダウンタイマー 残り 5時間22分
パソコンのモニターには、数行の文字だけが浮かんでいた。
「また明日な」
それが、青年がオンライン仲間に送った最後のメッセージだった。
何も説明しない。何も語らない。
それでも、相手には何かが伝わったはずだ。
椅子から立ち上がり、ベランダへと出る。
街の灯りはまばらで、星空だけが静かに輝いていた。
青年は空を見上げ、両手をポケットに突っ込んだ。
「……きれいだな」
呟いたその声は、夜風に溶けて消えた。
・・・
カウントダウンタイマー 残り 0時間40分
DtEO本部、最上階のカフェテラス。
誰もいなくなった静かな空間で、バレイはただ一人、星空を見つめていた。
無数の星が、まるで花火のように煌めいている。
「このどれかが……ヒデンスターノヴァなのだろうか……」
ぽつりと呟いたそのとき、
後ろのエレベーターが開き、二人の人影が現れた。
「なんや、バレイ。結局最後まで働いてたんか」
「まったく……最後まで変わらないな、バレイ!」
「ラキル、リヴィエール……! なぜここに? 最後は大切な者と過ごせと、あれほど……」
「うちらは、もう随分前からそうさせてもらったわ」
「バレイ。君も、俺たちにとっては“大切な人”だ。……だから、共に終末を迎えさせてくれ」
「がっはっはっ! 最後が我でよいのか? ……幸い、飲み物には困らぬ。既に時はないが、存分に語らおうぞ」
三人は顔を見合わせ、笑いあった。
もはや言葉は必要なかった。
テラスの奥へと進み、彼らは並んで星空を見上げる。
・・・
・・
・
カウントダウンタイマー 0時間00分
その瞬間、空が、黒く染まり始めた。
まるで、誰かがインクを垂らしたかのように。
星々が一つ、また一つと消えていく。
空が沈み、空気が凍りついていく。
地球は、音もなく、静かに――
深い、深い黒に包まれていった。
そして……
……
…




