EP75 地球壊滅まで――あと120日
地球壊滅まで――あと120日。
世界の政府は、当初こそ「ラフリットの主張は一個人の暴走である」と否定の姿勢を貫いていた。
だが、ヒデンスターノヴァへの“大規模人口移動”という、現実的な数字の波がそれを無意味にしていった。
黙っていれば、自国の国民が他世界へと流出する。
そして戻ってこない者も増え始めた。
このままでは、国家機能そのものが崩壊しかねない――。
各国政府は公式には冷静を装い、
「状況を注視している」
「過激な行動は控えるように」
「ヒデン社に対して情報開示を求めている」
などと国民に呼びかけた。
だがその裏で、軍や国家プロジェクト単位での“選抜移住”が秘密裏に始まっていた。
大企業もまた、自社の研究開発部門や上層部をこっそりとヒデンスターノヴァに送り込んでいた。
しかし、地球とヒデンスターノヴァの往来は自由。
形式的には、何の法律にも触れていない。
そのため、表面上はあくまで「穏やかな日常」が続いていた。
学校も開いていた。
会社も動いていた。
コンビニには普通におにぎりが並び、SNSにはペットの写真が投稿されていた。
「まあ、念のためだよね」
「滅亡日前日から有給取ってヒデン行くわ」
「終わらなかったら普通に戻ってくるだけだし」
そんな空気が、大多数の人々を包んでいた。
地球壊滅まで――50日。
異常は、確実に進行していた。
ヒデンスターノヴァ内の通貨である〈ゴールド〉の高騰が止まらず、
かつて1000G=1万円だった相場は、わずか数週間で1000G=1000万円以上にまで暴騰していた。
もはや現金はヒデンスターノヴァにとっては紙切れ同然だった。
完全移住者も日ごとに増加し、地球の人口は目に見えて減少。
住宅街に空き家が増え、通勤電車は徐々に空き始めた。
その一方、移住できない者たち――情報弱者、貧困層、排他主義者、信念的否定者たちによる略奪行為が一部地域で頻発。
スーパーが襲撃され、都市部では略奪を警戒しての軍や警察の非常配備が増えていった。
混乱は局所的だったが、確実に“終末の匂い”が漂い始めていた。
――地球壊滅まで、あと5日。
驚くほどの静寂が、世界を包み込んでいた。
大規模暴動もなく、メディアの報道も最小限。
かつてのようにSNSは怒りで溢れることもなく、人々は淡々と、ただ“その日”を待っていた。
この状況に、順応してしまったのだ。
人は、どんな異常にも慣れる。
たとえ“世界の終わり”が近づいていたとしても。
一部の小国や島嶼国家は国家機能を停止し、半ば事実上の崩壊を迎えていたが、
ほとんどの国々は「何事もなかったかのように」今に至っていた。
だが、真に変わっていたのは――ヒデンスターノヴァ側だった。
爆発的な人口流入により、こちらの秩序が限界を迎え始めていたのだ。
元から存在していたノヴァ民やプレイヤーたちは、急増した“移住民”に困惑し、軋轢が生まれていた。
しかも、多くの移住者は戦闘経験も知識も持たず、安全地帯である〈マルチポータルタウン〉に留まり続ける状態に陥っていた。
PKを避けるため、人への攻撃は禁止される動きが強まり、DtEOがその治安維持のために各エリアで警備を担当していた。
ラフリットを中心としたギルド連合が、「PK全面禁止」「居住民保護」の声明を出し、秩序の維持に奔走していたが――
それでも、限界は近かった。
都市は溢れかえり、インフラも不安定になり、物資の取引価格も変動しはじめていた。
地球が終わる前に、ヒデンスターノヴァが壊れてしまうのではないか――
そんな声が、一部のプレイヤーたちの間で囁かれるようになっていた。
そして、世界はついに“その日”を迎えようとしていた。




