EP74 地球壊滅まで――あと330日と12時間
地球壊滅まで――あと330日と12時間。
その日、ラフリットはついに地球上で大規模な記者会見を開いた。
彼が公開したのは、ハトヤから託されたファイルの中にある決定的な一文だった。
「――次の“フィルホワイトデー”が起こった日、地球は崩壊し、完全に消失します」
場内は静まり返り、わずかにフラッシュの音だけが響いた。
本来ならば、主要各国に先に伝え、科学的・政治的な検証と議論を経て発表すべき内容だったかもしれない。
だが、ラフリットは時間の残酷さを知っていた。
このまま“誰かが動いてくれる”と信じて何もしなければ、何も変わらないまま終わる。
だから、彼は独断で動いた。
その会見は、数分後には世界中のSNS、メディア、動画サイトへと拡散され、瞬く間に“地球最後の預言者”として取り上げられた。
〈また地球滅亡商法か〉
〈あいつ、マジで頭おかしいんじゃないか?〉
〈国家からの正式な声明もないのに、よく信じるよな〉
ネットの反応は、はじめ猛烈な批判に包まれた。
陰謀論、カルト、金儲け、ヒデン社による新たなマネタイズ――。
罵詈雑言がラフリットの名前とともに飛び交った。
だが、すべてが否定ではなかった。
会見から数日後、一部の著名な科学者が証拠データを分析し、「少なくともこの現象は検証に値する」と発言した。
続いて、世界的宗教指導者が「これは神の試練と一致する」とし、信者にヒデンスターノヴァへの移住を勧める声明を出した。
その日から、世界は少しずつ変わり始めた。
地球壊滅まで――200日。
残された日々はもはや一年を切り、世界は未曾有の混乱に包まれていた。
この混乱は、かつてパンデミックが世界を覆ったときと同等、あるいはそれ以上だった。
人々は明確に三つの層に分かれはじめた。
一つ目は、「信じる者たち」。
彼らは全人口のおよそ30〜40%。
家を売り、車を手放し、地球での資産をすべて清算して、家族や子供と共にヒデンスターノヴァへの完全移住を選択した。
その影響で、ヒデンスターノヴァ内で使用される通貨「ゴールド」の価値は爆発的に上昇。
一方で、地球上の法定通貨は急速にその価値を失っていった。
「ノヴァ民」「移住民」と呼ばれ始めた彼らは、地球での生活を“過去”として捨て、新たな世界での生活に順応していた。
この頃には、ヒデンスターノヴァ内の攻城戦も完全に停戦。
全プレイヤーが、“終わり”に向けて静かに準備を始めていた。
二つ目は、「信じない者たち」。
これもまた、人口の30〜40%ほど。
彼らは、ヒデン社の計画を嘘だと断じ、あるいは「信じたくない」という現実逃避の末に地球に留まる選択をしていた。
「国家が正式に発表していないからフェイクだ」
「これは一種の集団催眠だ」
「ヒデン社の仮想空間ビジネスに乗せられるな」
「我々の神が、そんな終末を許すわけがない」
こうした声は主に、保守的な高齢層、一部の宗教団体、そして裕福層の間で強かった。
彼らは既得権益を手放せず、新しい世界を“逃避”と嘲笑していた。
そして三つ目は――「もう二度と行けない者たち」。
それは、かつてヒデンスターノヴァで命を落とし、退場となってしまった者たちだった。
この現実が広まり始めてからというもの、彼らの苦悩は深刻だった。
「あの世界で、ふざけてやられてしまった」
「本気を出す前に退場させられた」
「まさかこんな形で地球が終わるなんて……」
彼らは、“永遠の帰還不能者”となった。
自分だけが取り残され、最後の瞬間をただ待つしかない。
絶望のあまり、命を絶つ者も出始めていた。
SNSでは連日のように、後悔と悲嘆の投稿が流れ、人々はますます混沌の中へと引きずり込まれていった。




