EP7 調査
電話を切った俺はすぐに身支度を整え、事務所を出た。
谷さんの家は電車で30分ほどの距離でそこまで遠くはない。
車窓から流れる景色を眺めながら、俺はこれからの展開を考えていた。
リンカの妹に会うことができれば、何か重要な情報が得られるかもしれない。
彼女がどんな状況だったのか、何を感じていたのか。
……しかし、家族を亡くしたばかりの人間に、果たしてそんな話ができるのか?
そう自問自答しているうちに、目的地へ到着した。
谷家の玄関前──
谷さんの家の前に立ち、俺はインターホンを押した。
「はいはい、どちらさま──」
ガチャリと扉が開き、中から谷さんが顔を出す。
「おお、鳩廻さんか。よう来たのう、まあ入りなさい」
「突然なのにすみません。ありがとうございます」
「いえいえ、誰かが来てくれるのは嬉しいもんじゃ。この家、一人暮らしだと広すぎるからのう」
そう言いながら谷さんは俺を家の中へ招き入れた。
リビングに通されると、落ち着いた雰囲気の和室が広がっていた。
仏壇があり、そこにはまだ新しい花が供えられている。
きっと、亡き妻、そして凛花の為のものだろうか。
「……」
俺は何も言わずに、軽く手を合わせた。
谷さんは静かに見守っていたが、やがて口を開いた。
「いやぁ、鳩廻さんにはいつも世話になっとるが……孫のことでこうして来てもらうとは思わなんだ」
「いえ……俺もまさか、こんな形で関わることになるとは……」
俺は谷さんとは仕事の付き合いが長いが、彼の家族のことは詳しく知らなかった。
装備品の依頼は、いつも"息子の子供たち"から受けていた。
しかし、谷さんには娘もいて、彼女は結婚して「猫里」姓になっていた。
その娘の子どもたちが、猫里凛花とその妹というわけだ。
「まさか谷さんのご家族だったとは……正直、驚きました」
「わしも、まさかこんな縁があるとは思わなんだよ」
少しの世間話を交わしたあと、俺は本題に入ることにした。
「……凛花さんには妹がいるんですね」
「ああ……おるよ」
谷さんは少し辛そうな顔をした。
「姉が死んだのは自分のせいだと、ひどく悔やんでおる。なんとかしてやりたいのじゃが、今はどうにも……」
「……」
凛花が命をかけて妹を守った。
その妹は、きっと計り知れないほどの罪悪感を抱えているはずだ。
話を聞ければ何か分かるかもしれないが──今の状態で聞き出せるとは思えない。
「谷さん……妹さんと、お話しすることは可能でしょうか?」
「……悪いが、今はとても話せる状態ではないのう」
やはり、そうか……。
「そうですよね……では、落ち着いてからで構いませんので、もし可能なら俺に連絡をいただけますか? お姉さんのことで、どうしてもお伝えしたいことがあるんです」
「……お伝えしたいこと?」
谷さんが少し不思議そうに俺を見る。
「はい。詳細は直接お話したいのですが……どうか、よろしくお願いします」
俺はそう言って、自分の連絡先と事務所の住所を書いた紙を谷さんに渡した。
谷さんはそれを受け取り、少し考え込んだあと、
「……わかった。渡してみるだけ渡してみるよ」
そう言ってくれた。
「ありがとうございます」
「……色々聞きたいが、言えない理由……何かあるんじゃろ?」
「そう……ですね。すいません」
俺ははぐらかすように笑った。
本当は凛花が今もヒデンスター・ノヴァにいることを伝えたい。
だが、それをどう説明すればいいのか……いや、そもそも伝えるべきなのかも、まだ分からない。
とにかく、今は妹と話すための手がかりを待つしかない。
その日はそれ以上の話はせず、谷さんの家を後にした。
外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
「さて、どう伝えるか……」
そんな事を思いながら俺は事務所へと戻った。
・・・
・・
・
数日後──
何気なくつけていたテレビで、犯罪率の大幅減少について議論がされていた。
「……近年の犯罪率は、ヒデンスター・ノヴァが登場してから急増しましたが、DtEOの設立と国際法の改正により、大幅な減少を見せています」
「そうですね。特に、ヒデンスター・ノヴァに一定期間逃亡した場合、軽重犯罪を問わず処刑されるという新たな国際法が制定されてからは、犯罪発生率がかつての70%程度まで下がったとのことです」
この「一定期間」という基準が曖昧だった。
そもそも、ヒデンスター・ノヴァに逃げ込んだという確証を得るのは難しい。
そのため、犯罪を犯して逃走し、その後地球で発見されなかった者は、ヒデンスター・ノヴァに逃げたと見なされる。
実際は逃げていなかったとしても、だ。
しかし、この制度が犯罪抑止力となっているのも事実だった。
軽犯罪者であっても、ヒデンスター・ノヴァに逃げ込んだと認定されれば即処刑。
その恐怖からか、自首する者が増え、結果的に犯罪自体が減少しているという。
「……実際、猫里凛花を殺害した犯人も、一度ヒデンスター・ノヴァに逃れたものの、その後すぐに自首したそうです」
──この犯人も処刑の恐怖から観念したのだろうか。
それとも、ヒデンスター・ノヴァで孤独に生きるのが辛かったのか……。
いずれにせよ、凛花の仇は法の裁きを受けることになった。
その時──
ピンポーン……
事務所のインターホンが鳴った。
時計を見ると朝9時。
こんな時間に誰かが訪ねてくることなど、今までなかった。
俺はすぐにスーツに着替え、玄関へ向かった。
「いらっしゃいませ。どう……ぞ」
目の前に立っていた少女を見た瞬間、俺はすぐに分かった。
猫里凛花の妹──間違いない。
それほど、彼女は凛花にそっくりだった。
応接用のソファに彼女を座らせ、お茶を用意する。
「……凛花さんの妹さん、ですね?」
「ええ、そうです。千尋と言います。おじいちゃんから手紙をもらって、来ました」
「わざわざご足労いただいて申し訳ありません。お電話をいただければ、こちらからお伺いしましたのに……」
「いえ……母は私以上に憔悴しています。話の内容によっては、私だけで聞いたほうがいいと思ったので……」
「……分かりました。ありがとうございます。では、まず最初にこれだけは言わせてください」
俺がそう言うと、彼女はじっと俺の顔を見つめた。
「あなたの姉、凛花さんは亡くなったというには早い……少し特殊な状況にあります」
「……?」
彼女は疑問の表情を浮かべたが、俺は話を続ける。
「結論を言うと──凛花さんに会えます」
その言葉を聞いた瞬間、妹さんは目に涙を浮かべ、驚いたように身を乗り出した。
「本当ですか! どうやって!?」
「ここから話すことは、他言無用でお願いします。あなたはヒデンスター・ノヴァをご存じですか?」
俺がそう聞くと、彼女は頷いた。
「え? ええ……フィルホワイトデーの時に行ってみただけですが……全然興味が湧かなくて、それ以来は一度も行ってないです」
「……凛花さんはどうでしたか?」
「姉は……私が隣で消えるのを見て、それがかなり怖かったようで……絶対に行かないと言ってました。知る限りでは、一度も入場していないのではないでしょうか……」
「なるほど……」
──ヒデンスター・ノヴァに一度も入場したことがない。
第三者によって殺害された。
……この二つが、彼女が今ヒデンスター・ノヴァにいる理由なのか?
「ありがとうございます。では、質問は次で最後です。凛花さんは、火葬後の骨上げに参加されましたか?」
そう尋ねると、妹さんの表情が暗くなった。
「……参加しました。でも……骨が全部燃えてしまって、拾い上げることができなかったんです。隅にあった灰を骨壺に入れました……」
「……なるほど」
──ヒデンスター・ノヴァに行くとき、肉体は粒子となり、ヒデンキューブに吸収されたのち転送される。
つまり、肉体が存在することが必須。
そして、凛花の遺体は骨すら残らずに消えていた。
……火葬の最中、何らかの条件が揃い、転送が発生した可能性がある。
(まあ、俺が考えることでもないか……)
とにかく、この情報はそのまま報告しよう。
「ありがとうございます。では、質問は以上です」
「で! 姉にはどうやって会えるんですか!?」
妹さんが勢いよく聞いてくる。
俺は、ゆっくりと答えた
「凛花さんは、ヒデンスター・ノヴァにいます」
「……ヒデンスター・ノヴァに……? え……?」
彼女は混乱した様子を見せた。
無理もない。
自分の姉が、ゲームのような世界で生きていると言われて、すぐに理解できるはずがない。
「なんなら、私と一緒に会いに行きますか? 凛花さんの元へ」
「……もちろんです! 会いに行きたいです!」
妹さんは力強く頷いた。
俺はその姿を見て、静かに微笑む。
「では、行きましょう」
そう言って、俺たちは共にヒデンスター・ノヴァへと入場した。