EP67 ヒデン社へ
スーツに袖を通し、俺とネフィラは15階建てのガラス張りのビルを見上げていた。
ここが、ヒデン社の本社――
ヒデンスターオンラインを作り上げた巨大企業。俺たちのこれからに、確実に関わってくる存在だ。
「先輩……緊張しますね……」
「いや、“先輩”って……まあいいや。緊張するな。社長は声はデカいが、悪い人じゃないよ」
ネフィラも元営業職だけあって、スーツ姿は板についている。
その落ち着きようとは裏腹に、俺の方がちょっとドキドキしていた。
受付に名前を告げると、案内はスムーズだった。すでにアポは取ってある。
応接室で数分待っていると、扉が開いた。
「ハトヤ君、待たせてすまない。ネフィラさんだね? ようこそ」
入ってきたのは、ヒデン社の代表・瀬日田社長だった。
白髪交じりの強面だが、どこか親しみのある声。
以前一度だけ会ったことがある。
彼は挨拶もそこそこに、そのまま社長室へと案内された後、本題を切り出してきた。
「早速だが……“最果て”の件だ。レベル10の最果てで何があったのか、教えてもらえないか?」
「……なにか参考にしたいと仰っていましたね」
「その通り。我が社のオンラインゲーム、ヒデンスターオンラインの今後の展開のためだ。参考になる情報があればと期待していた」
確かに、アップデートはフィルホワイトデー以降滞っていた。
「ですが社長……それなら自社で新展開を作ればいいのでは? 開発部隊もいるんですよね?」
俺の疑念に、社長は言葉を濁す。
(やっぱり……表の理由だけじゃないな)
「とにかく、見たことをお伝えします」
そう言って俺は、あの日“最果て”で見た情報を告げた。
『身体の統合が完了していない……』
社長はその言葉を聞くと、顔を険しくした。
「……どういう意味かはわからない。ですが、これが俺たちが最後に触れた情報です」
「…………」
一瞬の沈黙のあと、俺はかまをかけることにした。
「それと……社長がついている“嘘”についても、俺は知ってしまいました」
「な、何のことだ……?」
社長の動揺は隠せない。
「“ヒデンスター・ノヴァがヒデンスターオンラインを盗んだ”と、世間では言われてますが……本当は、逆ですよね?」
社長は驚き、そして――崩れ落ちそうな表情を見せた。
「……ハトヤ。どこまで知っているんだ? わしは……この秘密を一人では抱えきれない……!」
俺は手を上げて制した。
「すいません。実はほとんど知らないです。でも、知っていると思われる人物は心当たりがあります」
「誰だ?」
「ヒデンスター・ノヴァで出会った、“ドワーフ族”を名乗る人物です」
「……人以外の種族か」
その瞬間、瀬日田社長は立ち上がった。
「ハトヤ。いずれ君は、“真実”にたどり着くことになる。だが……それを知って絶望しないか? 何があっても」
「え……」
「……専務は、事実を知ったその日に自ら命を絶った」
俺もネフィラも、思わず息を呑んだ。
「……それでも。どんなことがあっても受け止めます」
ネフィラも、小さく頷いた。
社長は重く深い息を吐いた後、決意したようにボタンを押す。
「わしが居なくなれば、もう誰もこの事を知らなくなる。それだけは避けねばならん」
カタン……と音を立てて、壁の一部が回転し、隠し扉が現れる。
中には、鉄製の重厚なエレベーター。
「……ついてこい」
俺たちは何も言わず、その中へと乗り込んだ。
エレベーターは、ゆっくりと、だが確実に――地の底へと降りていく。
・・・
・・
・
南部レベル4エリア《霊灯の街道》 領土戦城──
ハトヤたちが地球で真実に迫るそのころ。
別の地で、一つの決着が今まさに下ろされようとしていた。
血に染まった石畳。霧のようなオーラが立ちこめる古城の踊り場に、二人の男が向かい合っていた。
バレイと大犯罪者ルド=グデス
互いにシールドは破損し、戦闘時間はすでに1時間を超えている。
地面には幾重にも斬撃と刺突の痕が刻まれ、彼らがこの場で“生きるか死ぬか”を賭けてきたことを物語っていた。
バレイは長柄の薙刀を、ルド=グデスは黒鉄の槍を構える。
「……ふ。互いのシールド、割れたな」
「ぐっ……お前、一体……なぜそこまで犯罪者討伐に拘る!?」
バレイは瞳を細め、微かに口元を上げた。
「愚問だが、答えてやろう」
その声には、揺るがぬ信念が込められていた。
「この世界は……綺麗であるべきだと、我は考える」
風が吹き抜ける。吹雪のように冷たい静寂が空気を裂いた。
「法律が存在しないに等しいヒデンスター・ノヴァ。このままでは、お前らのような者が溢れ返る……やがて世界は黒に染まる」
「……だから殺すってのか」
「我はこの世界を汚したくない。犯罪者を一掃した後は……この世界に蔓延る戦争すら止めるつもりだ」
「この戦いなど、通過点に過ぎん」
ルド=グデスの目が見開かれた。侮辱にも似たその宣言に、感情が爆ぜる。
「この俺が、通過点……だと……? ──寝言は寝て言えッ!」
怒声とともに、彼は鉄色のキューブを取り出す。
パキィィン……!
空気が歪むような衝撃。周囲の魔素が引き寄せられる。
キューブが放つ色は、まぎれもなく“異色”。
「やはり……貴様、“異色キューブ”の持ち主か……!」
バレイも対抗するように、緑色のキューブを構えた。
二つの力がぶつかり合う。
圧力、殺気、膨れ上がる戦意。
この戦いが終わるとき、
一つの闇が消え、あるいは更なる深淵が開かれるかもしれない──
決着の刻は、すぐそこに迫っていた。




