EP63 ネフィラの覚悟②
「突然すみません」
玄関先で一礼するハトヤに、父と母は途端ににこやかな表情を浮かべた。
「いえいえ、よう来てくださった。さぁ、こちらへ」
猫なで声でハトヤをリビングに誘導する両親。
その笑顔の裏に、金の匂いに群がる亡者のような卑しさが垣間見えた。
「おい、お前は上に戻ってろ」
父の冷たい声に、わたしは肩をすくめる。
だが、すぐにハトヤが口を開いた。
「いえ、彼女のご紹介で参りましたので。同席いただきたいです」
「しかし、こいつは目に毒ですからね。パジャマ姿ですし」
「構いません。私の都合で急に伺ったので。もし同席が難しいようでしたら、今日は失礼させていただきます」
そう告げるハトヤの一言に、両親は慌てたように「着替えてこい」とわたしを送り出し、しぶしぶ同席を認めた。
着替えを済ませて戻ると、ハトヤが隣の席をポンと叩いた。
「どうぞ、私の横へ」
4人掛けのテーブル。
わたしとハトヤが並び、向かいには父、母、そして妹が座る。
「改めまして、はじめまして。ヒデンスター・ノヴァで活動している、ハトヤと申します。これはあちらでの名前ですが、こちらでもそう呼ばせてください」
「へえ、ヒデンスター・ノヴァで……実はうちの子もやってるんですよ。名前はライカって言いましてね」
父が得意気に言うと、母がすかさず被せてくる。
「姉と違って優秀でね~。ヒデンスター・ノヴァの専門学校に通ってるんですのよ」
わたしは拳を握りしめる。
わたしは高校すら行けなかったのに、妹には惜しみなく注がれる金と期待。
「この子、もうすぐ三年生なの。エリアレベル2まで攻略済みで、卒業にはレベル4が必要なんだけど、順調よね~」
「お母さん、あんまり褒めないで。出来損ないが可哀想でしょ?」
妹の視線が、わたしを嘲るように突き刺さる。
ずっと見てきた“あの顔”だ。
心臓がきゅっと縮こまるような感覚。
それを――
「……っ」
ハトヤが、そっとテーブルの下でわたしの手を握ってくれた。
(ハトヤ……)
その温もりに、震えていた体が静まっていく。
(なんで……ここまでしてくれるの……)
泣き出したくなるのをこらえながら、彼の横顔を見つめていた。
「では……本題に入りましょう。融資の件で伺いました。あなたが社長でよろしいですね?」
「ええ、そうですとも」
「必要な額は?」
「2000万ほど……それだけあれば再建できます!」
「なるほど。では決算書類と人員構成の一覧を見せていただけますか?」
言われるままに、父が山のような書類を持ってくる。
ハトヤは一つ一つを丁寧に、そして静かに確認していく。
数十分後、彼が一つの書類を指さした。
「ここ、気になりますね。給与と役員報酬が一緒くたにされています。詳細をお願いします」
父の表情が一瞬引きつる。
「出せないのですか? では給与一覧でも構いません。私が簡易的に計算しますので」
観念したように、父が提出した給与一覧を見て――
「……ふぅ」
ハトヤが、重いため息を漏らした。
「やはり……出し渋る時点で察していましたが……役員報酬……社長、あなたは月100万。奥様が50万。ライカさんが30万。赤字経営で受け取るには額が多いのでは?」
「何これ……お金なかったんじゃないの……?」
わたしは思わず声が漏れる。
「それに奥様とライカさんは実際には働いてないですよね? これならば従業員に少しでも還元すべきでしょう?」
「ハトヤさんの言う通り……おかしいよこんなの……」
「うるさい! 黙ってろ!」
父が立ち上がり、わたしに殴りかかろうとした瞬間――
ハトヤの目が鋭く光った。
「座ってください。今ここで手を出すなら、即契約は白紙にします」
睨みつけられた父は、舌打ちして椅子に沈んだ。
「状況は概ねわかりました。融資はしましょう。ですが、条件があります」
「ほ、本当に……!?」
「ええ。ただし――ライカさん、あなたはヒデンスター・ノヴァで訓練もされていると聞きました。ならば、“勝負”で証明していただきたい」
「勝負……?」
「ネフィラさんと一対一のデュエル。装備条件は同等とします。あなたが勝てば、2000万円は無条件で融資します」
「いいじゃない! ね、ライカ、やりなさい!」
「うける~。ネフィラに負けるわけないし。ま、楽勝かな♪」
「ただし、負けた場合……会社は私の協力企業が引き取ります。あなたは社長の座を降りていただきますが、会社には雇用として残って構いません。報酬は……見直しますが」
「……」
「さあ、どうしますか?」
わずかの間を置いて、父が顔を輝かせながら言った。
「やるに決まってる! ライカ、任せたぞ!」
「ふふっ、余裕だよ~」
「では――この書類に、署名をお願いします」
――カリ、カリ、とペンが走る音が響いた。




