EP6 バレイの依頼
「そうだ、ハトヤ。一つ仕事を頼まれてくれぬか?」
突然、バレイが真剣な顔で切り出した。
「ヒデンスター・ノヴァでの活動を生業にしているのだろう?」
「バレイが俺に仕事? お前が無理な内容なんて俺にできる気がしねーぞ」
俺がそう返すと、バレイは苦笑しながら首を振った。
「いやはや時間がなくてな。地球でやってほしい依頼なのだ」
「地球での依頼か……わかった。バレイの頼みなら無料でいいよ。内容は?」
「……無料で頼むわけにはいかぬ」
「いや、いいって!」
俺たちはしばらく押し問答を繰り広げたが、バレイはしばし考え込んだ後、ニヤリと笑った。
「そうだ! では、報酬として『染色の扉』の場所を教えよう」
「……染色の扉!?」
思わず息をのんだ。
染色の扉──それはランダムに出現する謎の扉で、中に入ることでヒデンキューブに色を付与できると言われている。
だが、その出現条件は極めて不明瞭で、見つけるにはとんでもない運が必要だった。
俺のキューブは未だに無色。だからこそ、喉から手が出るほど欲しい情報だ。
「ちなみに……何色だ……?」
「黄色だ!」
「黄色……!」
キューブの染色は単なる装飾ではない。
色が付いた時点で、持ち主にスペルが使用できるという大きな恩恵をもたらす。
その為に、染色の扉の試練をクリアする必要があるが──
「ヒデンスター・ノヴァではまだ使用者を見たことがないぞ」
バレイは続けた。
「それに、染色の扉の試練は生半可な者では達成できぬ。いざ中に入れば、クリーンタイムのようになっており緊急脱出ができない」
「……それは、既に確認済みか」
ヒデンスター・ノヴァの世界において、緊急脱出不可というのは命の保証がないことを意味する。
だからこそ、染色の扉はリスクも大きい。
「いいのか? 部外者の俺に教えても……」
俺が尋ねると、バレイは力強く頷いた。
「犯罪者に見つかってしまうより、信頼できる人間に染めてもらいたい!」
「いや、でもバレイが染めた方がいいだろ?」
そう言うと、バレイは無言で自分のキューブを取り出し、俺に見せつけた。
それは、綺麗な緑色に染まっていた。
「我はもうこの通りだ」
「おお、いいな! ヒデンスターオンラインの時と同じ色だな!」
バレイはヒデンスターオンライン時代からずっと緑色の装備を愛用していた。
それが今も変わらず、こうして緑色のキューブを持っていることに、俺は妙な安心感を覚えた。
「俺も同じ色を探したいが……」
「それは流石に無理な話だろう。唯一無二の色だったな……この世界に果たして存在するのか……」
「……そうだな」
俺は少し肩をすくめた。
どちらにせよ、色付きのキューブと無色のキューブでは、圧倒的な戦力差がある。
「依頼を受けるよ」
そう答えると、バレイは満足そうに頷いた。
「感謝する。ハトヤは無色のままでも恐ろしい強さだ。染色は不要かも知れんがな」
「どうだか」
「内容は後でサナから送る。では頼んだぞ!」
気がつけば、クリーンタイムも終了していた。
退場ボタンが、再び現れている。
「……そろそろ戻るか」
俺はその場で退場ボタンを押し、地球へと帰還した。
サナに一声かけずに戻ってしまったが……きっとバレイから説明してくれるだろう。
・・・
数日後──地球にて。
俺は帰還してからの数日間、ネットニュースやテレビをチェックし続けていた。
サナからの依頼を果たすために、猫里凛花についての情報を探すためだ。
そして──
「……あった」
画面に映るのは、女子高生刺殺事件の見出し。
記事には、ある女子高生がストーカー被害に遭い、妹を守るために腹部を刺され死亡したと書かれていた。
そして、被害者の名前は──
「猫里 凛花」
「……やっぱり」
息をのむ。犯人はそのまま逃走し、行方不明のまま。
だが、警察やDtEOは、犯人がヒデンスター・ノヴァへ逃げ込んだ可能性が高いと見て、情報提供を呼びかけていた。
この記事を読んで、俺はサナから送られてきたメールを思い出す。
件名:リンカさんについて
リンカさんの状況を調べたわ。
結局、クリーンタイムが終わっても退場ボタンは出現しないまま……。
とりあえずこちらで匿うことになるけど、1点確認しなければならないことがあるわ。
猫里 凛花さんが地球でどうなっているかを調べて欲しいの。
私の予想が正しければ……数日以内にニュースで見ることになるわ……。
「……まさか、本当に」
サナの予想は的中した。
地球で殺された人間が、ヒデンスター・ノヴァに転送される……?
だとしたら、リンカは確かに死亡していることになる。
「……どういう原理なんだ?」
全く予想ができない。単なるゲームのはずの「ヒデンスター・ノヴァ」で、現実の死者が存在する?
もしこの事実が広まれば、ヒデンスター・ノヴァで遊ぶ人々の間に混乱を招くだろう。
二度とプレイできないプレイヤー達がもう一度ヒデンスター・ノヴァへ行く為に、自殺する可能性だってある。
リンカの妹に話を聞きたいが、どうやって接触するか……。
そんなことを考えていると、事務所の電話が鳴った。
着信:谷
電話の相手は、装備の取引で付き合いのある谷さんだった。
「もしもし?」
「鳩廻さん、先日は武器の納品ありがとうね。今日お金を持って行こうと思ったんじゃが、ちょっとバタついてしまっててね……。必ず支払うから少し待ってほしいんじゃ」
「いつでも大丈夫ですよ。それより何かあったんですか?」
いつもは落ち着いた口調の谷さんが、今日は少し辛そうに聞こえる。
「ああ……実はな、孫娘が亡くなってのう……。」
「……それは……お悔やみ申し上げます……」
「ありがとう……それでな、わしの娘がひどく落ち込んでて……。当たり前じゃがな」
「……そうですか……どうか傍にいてあげてください」
そう言った瞬間、俺はふとタイミングの妙に気づいた。
「谷さん、つかぬことをお聞きしますが……亡くなった孫娘さんの名は……?」
「ああ。猫里 凛花ちゃんじゃ」
「──!」
思わず、息が止まる。
まさか、こんな身近にいたとは……!
俺の中で、いくつものピースが繋がる。
リンカがヒデンスター・ノヴァで退場できなくなった理由、サナの予想、そして現実での死亡事件。
これが何を意味するのか、まだ完全には理解できない。だが、一つだけ確かなことがある──
俺はリンカがヒデンスター・ノヴァに死して飛ばされた理由を、もっと深く知る必要がある。
「……谷さん、実は凛花ちゃんの件でお伺いしたいことがあります。少しだけお時間いただけないですか?」
「聞きたいこと……? まぁ、少しだけなら大丈夫じゃ」
「有難うございます。では、すぐにお伺いしますね」
俺は急いで支度を整え、事務所を飛び出した。