EP55 DtEOの状況
――地球:DtEO本部 会議室
冷たい蛍光灯の明かりが照らす会議室に、十数名の幹部が静かに並び座っていた。
この日、議題となっていたのは、かつてのDtEO副官・フナシをギルドマスターに据え、地球から運用体制を構築しようとする提案だった。
「最終審議の結果……ラフリットがギルドマスターを継続。フナシおよびニナシの要求は、全面的に棄却する」
「ぐ……ぬう……っ!」
フナシは悔しげに拳を握りしめた。
一方、ラフリットは軽く肩の力を抜き、深く息を吐いた。
だがこの結末は、最初から見えていたものだ。
ゴールドスカーによる本部襲撃事件以降、ニナシへの信頼は大きく揺らいでいた。
特に問題視されたのは、事件当夜の行動である。
本部が混乱していた中、ニナシはどこかの「夜の店」に入り浸っており、現場に姿を見せなかった。
その事実が明るみに出たのは、店のホステス・ジュリアが自ら証拠写真を持って現れたからだった。
この“証拠写真降臨事件”により、ニナシ派だった中間幹部たちも激怒。
結果、票は自然と中立、あるいはラフリット支持に傾いていった。
すべては、ラフリットの目論見どおりに進んだ――とはいえ、彼は一切の関与を否定し、あくまで淡々とした態度を貫いていた。
「……ありがとうございます。では、引き続き、任務を全ういたします」
会議室を一礼して去るラフリット。その表情は一切の感情を見せなかった。
席に戻ると、端末に一通のメールが届いていた。
「……またか」
差出人は――ヒデン社の社長だった。
件名はシンプルに、「南部レベル10への進捗について」。
かつては完全に静観していたヒデン社だが、ここにきて頻繁に催促のメールが届くようになっていた。
「戦争が始まったあたりから……急に増えましたね……」
ラフリットは無難な返信を返した。だが、送信ボタンを押して間もなく、着信音が鳴り響く。
「……社長……直通……?」
通信先は、ヒデン社の代表取締役。
ラフリットは気を引き締めて応答する。
「はい。DtEOギルドマスターのラフリットです」
『メールを読んだ。まだレベル7が最大到達点か?』
「はい、現時点では。ですが、とある二人組が開拓を進めており、順調にいけば一ヶ月以内にはレベル8へ到達するかと……」
『その二人というのは? 直接話を聞きたい』
ラフリットは一瞬、言葉に詰まる。
だが、ハトヤの安全は地球においてもすでに法的・政治的に保障されている。
「……鳩廻集矢。ハトヤというプレイヤーです」
『……ハトヤ? まさか……ヒデンスターオンラインでトップだった、あのハトヤか!?』
「ええ、同一人物です」
『……それは期待できるな! ありがとう、すぐに連絡を取ってみる』
「ハトヤは今も高レベル帯におりますので、連絡はつかないと思います」
『そうか……ではメッセージを送って帰還を楽しみにしているよ』
電話はあっさりと切られた。
ラフリットは背もたれに身を預け、指を組み、遠くの景色を見つめるように天井を仰いだ。
「ハトヤさん……申し訳ない……また、面倒ごとを背負わせてしまったかもしれませんね……」
ラフリットは静かに呟いた。
南部レベル4エリア――《霊灯の街道》。
青白く揺れる霊灯が等間隔に並び、昼夜を問わず淡く街道を照らす幻想的な地。
その中を、リヴィエール隊とリンカ隊の二部隊が合同で駐屯していた。
静かに霊灯の影をすり抜けながら、リンカが戻ってくる。
「……やっぱり。あの城を占拠してるのは、北部連合でも南部連合でもなさそうです」
そう言って、リンカは手元の写真をリヴィエールに見せた。
城の構造、周囲の配置、そしてその場にいた人影――それらを無言で確認した後、リヴィエールがぽつりと呟く。
「なんとなくやけど、雰囲気が以前の修練の塔に近いなあ」
「……あの、犯罪者が巣食ってた時のってことですか?」
「せや。少なくとも軍人の類には見えへん。探してた連中――犯罪者の一部かもしれんな……」
リヴィエールは画像を拡大し、ある一人の男の姿に視線を止めた。
「ルド=グデス……」
名を口にしたとたん、周囲の空気が僅かに張り詰めた。
「とにかく、今は辛抱や。どちらかの連合が近いうちにあそこへ攻め入るはずや。その時を、じっくり待つんや」
リンカは小さく頷き、二人は再び周囲を警戒する隊員たちの中に溶け込んでいった。
――同時刻、地球:DtEO本部
数か月前より、フナシ派とニナシ派の影響力は急速に低下していた。
組織の方向性が揺れる中、DtEOは新たな二つの目標に焦点を絞って動き始めていた。
一つ目は、《ルド=グデス》の捜索。
彼の所在は現在も不明だが、かつて大混乱を巻き起こした犯罪者のリーダー格であり、依然として最重要対象とされている。
ゴールドスカーがルド本人でないことは、様々な情報からほぼ確定的となった。
そして、ゴールドスカーの正体――
それはかつてバレイが自ら救出し、戦火の中で命を落としたと思われていた“あの少年”である可能性が、極めて高かった。
この事実を、ラフリットはまだバレイに伝えていない。
――言うべきではない。
そう判断した末の、重い沈黙だった。
二つ目の任務は、《エリア1~4の治安維持》。
戦争の混乱に乗じ、下層エリアでは無法者の跳梁が目立ち始めている。
それらの摘発と排除は、DtEOに課された地味だが重要な任務であった。
《ヒデンスター・ノヴァ》は、生きていた。
人と人が交差し、思惑と策略が絡み合い、絶え間なく形を変えていく。
そして、その“生”には現実が密接に絡んでいる。
もはや、ただのゲームではない。
仮想世界……いや異世界と現実が地続きとなったこの世界で、DtEOもまた変化に順応し続けるしかなかった。
その中でも――
ただひとり、変わらぬ者がいた。
ハトヤ。
彼はただ、己の信じた道を貫き、最奥へと足を止めることなく進んでいた。




