EP50 腕試し
小屋から少し離れ、開けた場所へと移動した。
そこで俺とネフィラは距離を取って向かい合っていた。
《グレイデュオ》――正式名称は《アシェン&ソーンブレイド》。北部エリア・レベル5の最奥でのみ入手できる伝説級装備だ。
この双剣には、ある特殊な性質がある。
通常使用する場合は、性能こそ優れてはいるが、レベル5相当の威力にとどまる。
しかし――
シールドに干渉することで、その真価が解放される。
自身、または相手のシールドが削れた際に発生するエネルギー。
それを一定以上吸収することで、二つの剣は融合し、大剣モードに移行する。
その火力は、俺の《リファレクションブレイド》をも凌ぐ。
そしてこの世界においては珍しく、装備とキューブスペルの相性が極めて重要だ。
大剣状態を維持しながら戦えるかどうかで、この武器の性能は天と地ほども変わってくる。
ネフィラがどこまで使いこなしているのかは分からないが――
「……楽しみだな」
俺は小さく呟きながら、ナイフを手に取った。
「じゃあ、ナイフが地面に刺さったらスタートだ」
そう言って、ナイフを真上へと投げる。
――ザクッ。
地に突き立った刹那、ネフィラが音もなく動いた。
「はやいッ……!」
その初速は俺以上。だが――
攻撃は単調気味だ。直線的な斬撃が多く、読みやすい。
しかし連撃の速さそのものは本物。
すべてを捌ききるには、かなりの集中が必要だ。
そのときだった。
「ブラッドヴェイン!」
ネフィラの声が響く。
彼女の左手に握られていた剣の根元――そこに、深紅のキューブが装着されていた。
赤黒い魔力が奔流となって溢れ、至近距離から一閃。
「ッ――!」
俺は咄嗟に右へリープし、辛うじてそれを回避する。
(深紅のキューブ……! しかも、ブラッドヴェインだと!?)
これは偶然か、それとも……。
ブラッドヴェインは、自身のシールドを半分消費して放つ一撃必殺のスペル。
して、それによって発生するシールド干渉エネルギーは、グレイデュオの合体条件にピッタリ合致する。
加えて、もし《ブラッドオブスティグマ》まで使えば、相手のシールドを吸収して強化しながら戦える。完璧な構成だ。
(なんという相性……一つの完成形じゃないか……)
これなら、大剣モードへの移行も容易。
しかも、維持まで狙える。ここまで組み合わせが整っているプレイヤーは、そうそういない。
だが――
「……使わないのか?」
ネフィラは一向に大剣モードに変形させる気配がない。
(……まさか)
しびれを切らした俺は、ゼロフラクチャーを発動。
空間を砕き、ネフィラの周囲の時間を鈍足化させる。そして、そのまま駆け寄り、剣を突き立てた。
――戦闘終了。
ネフィラは肩で息をしながら、目を伏せていた。
「なあネフィラ、なんで大剣モードを使わなかった? まさか……手を抜いたのか?」
俺の問いに、ネフィラはわずかに眉を寄せ、険しい表情を見せた。
そして、頭上に――「?」マークが浮かんでいるように見える。
「もしかして……知らない?」
ネフィラは小さく頷いた。
「……なるほど。説明には書いてない隠し性能だからな。よし、教えてあげるよ」
俺は微笑みながら、グレイデュオの真の使い方を、ゆっくりとネフィラに教えることにした。
彼女には――可能性がある。
今ここで物にできるのであれば、連れて行く価値は十分にある。
ギルドにも所属していないようだし、何より……あの扉を開ける条件を満たすことができる。
数時間後――。
そこには、手慣れた動きで《グレイデュオ》を合体させ、大剣モードで訓練に励むネフィラの姿があった。
「……すごいな。元々、大剣を使っていたのか?」
「双剣の前はずっと使ってた」
「なるほどな……納得だ」
俺は感心しながらも、先ほど教えた戦法について確認する。
「俺の言った戦い方、覚えてるか?」
「うん。ブラッドヴェインを打つ前に……いっぱい斬るとき、クロスオブスティグマをつける」
「そうだ。それをすればシールド値を維持しながら火力を出せる。忘れないようにな」
彼女の吸収力は凄まじい。
数時間前まで存在すら知らなかった大剣モードを、今や完全に自分の武器として扱っている。
「……よし、今日はしっかり準備しておこう。明日から、いよいよ再出発だ」
そう声をかけると、ネフィラが少し不安そうな顔をしてこちらを見つめてくる。
「あの……ネフィラは……」
「……ああ、ちゃんと言ってなかったな」
俺は右手を差し出しながら言った。
「粗削りな部分はある。でも、それは俺も同じだ。共に、先へ進もう」
ネフィラの顔がぱっと明るくなり、俺の右手を両手でしっかりと握ってきた。
「……よろしく」
そんなネフィラに微笑みを返しつつ、俺は懸案事項を思い出す。
(そうだ。一応、帰還の報告だけはしておくか……)
俺はギルド通信用のキューブを取り出し、ラフリットに通信を繋いだ。




