EP49 現在の情勢
――約1時間後。
「ふう。あらかた情報は確認したか」
数か月ぶりの帰還。お知らせ掲示板やギルドログ、周囲の情勢をまとめて確認するのに思った以上に時間がかかった。
だが、あのとき感じた街の“ぴりついた空気”には、やはり理由があったようだ。
その主な要因――それは、ギルド領土戦の開放だった。
(ヒデンスターオンラインでも存在したコンテンツだ。頭の片隅では予想していたが……)
しかし、今回の実装には思わず目を見張った。
領土専用の城が、わずか1日で完成しているらしい。
この世界の構築スピードの異常性を、改めて実感させられる。
ざっくり説明すればこうだ。
北部・南部のエリア1~4、それぞれに攻城戦用の城が出現。
その城の頂上に設置された宝珠を破壊することで、破壊したギルドがそのエリアを「占領」する。
獲得した領土では、魔物が倒されるたびに一定額のゴールドが支給され、
さらに、城が安全エリアとして機能するため、拠点として活用することも可能。
まさに、MMORPGではおなじみの対人コンテンツだ。
……だが。
(正直、ヒデンスターオンライン時代では誰も興味なかった)
実装当時の空気は、今でもよく覚えている。
「レベル6や7に行けるのに、今さらエリア4を占領して何になる?」
そんな空気が支配していた。
ギルド戦に時間を割くよりも、高レベル帯で魔物を狩っていた方が儲かる。
それが、多くのプレイヤーの本音だった。
だが……今回は違った。
このギルド領土戦の開始と同時に、とある国家が動いたのだ。
──「我々は北部連合を結成し、ヒデンスター・ノヴァで領土を獲得する」
そんなことを言ってしまったものだから、当然、西の国も黙ってはいなかった。
──「我々も南部連合を結成し、ヒデンスター・ノヴァの領土戦に注力する」
こうして、北部連合 vs 南部連合という形で、現実世界の国同士の代理戦争のようなものが始まってしまった。
各地では小規模な連合や独立ギルドも入り乱れ、激しい戦いが続いているらしい。
宝珠を破壊できるのはクリーンタイムのみだが、
それ以外の時間帯でも軍が巡回し、拠点制圧の下準備を進めているようで、
俺が先ほどすれ違った武装集団も、そのうちのどこかの軍勢だったのだろう。
(……まったく。地球のいざこざをこんな場所まで持ち込むなよな)
ここでもまた、息苦しさが増してきた気がする。
だが、別の意味で驚かされたのは……
(それにしても、レベル10エリアに興味を持ってる奴が驚くほど少ないな)
現状、多くのプレイヤーにとって高レベル帯は、いまだに未知の領域。
(地球で例えるなら、エベレストの登頂とか、深海の調査……そんなスケールなのかもしれない)
そんな中、DtEOは明確なスタンスを打ち出していた。
「我々は戦争には関与せず、引き続き犯罪者の追跡とエリアの調査を続ける」
無理に戦争に参加せず、己の目的を貫く姿勢は、本当に素晴らしいと思う。
……ふと、ネフィラの方に目を向けると、彼女ははむまると遊んでいた。
無表情ではあるものの、どこかほんのりと楽しそうな気配を感じさせる。
あの暗い表情を浮かべていた彼女が、こうして少しでも笑顔に近づけたこと――
それだけでも、今日は良かったのかもしれない。
「ネフィラさん、体調はどうだ?」
そう声をかけると、ネフィラは少し口を尖らせながら答えた。
「さんを付けたらダメ。お腹もいっぱいで、いい感じ」
「あ、ごめんよ。じゃあネフィラって呼ぶよ。体調が戻ったのならよかった」
そう言うと、ネフィラはゆっくりと立ち上がり、もじもじとしながら口を開いた。
「あの……恩返しがしたい」
「恩返し? 気にしないでくれ。倒れていたのを見つけただけだし」
「違う。ここに居たいから。見つけた場所はここ……」
ネフィラは真剣な表情でそう告げた。
ずっと居てもらうつもりはなかったから、思わず少し動揺してしまう。
というより、判断が早いな。
行く当てが本当にないのかもしれない……。
「でも、俺は基本的にここには居ない。はむまるがいないとここの開閉が出来ないから、どちらにしてもずっといてもらうのは難しいんだ」
「じゃあ……それについていく」
「いや! 相当危険な地域だぞ。戦闘技術がなければ無理だ」
「大丈夫。ネフィラは結構強い……」
そう言ってネフィラは、懐から灰色の長剣を二本取り出した。
「そ、その剣……! 《グレイデュオ アシェン&ソーンブレイド》じゃないか!」
目の前にあるのは、伝説級の双剣。北部エリア・レベル5の深淵の洞窟にある、最奥の宝箱から極低確率でのみ出現する逸品だ。
二本で一対。性能はもちろん、見た目も重厚で気品に満ちている。
「北部のダンジョンに潜ったのか……?」
「腕試しで一度、一人で行かされた」
「行かされた……?」
その言葉にわずかな違和感を覚えつつも、俺は感心せずにはいられなかった。
あのダンジョンの最奥にソロで到達し、しかも双剣を入手している。もしや、相当なやり手か……?
「本当についてくる気があるなら、一度、手合わせしてもいいか?」
「わかった」
ネフィラは静かに頷き、灰色の双剣を構える。
その姿勢に無駄はない。直線的かつしなやかな動きで、確かな経験値が感じ取れる。
俺も装備を整える。赤く錆びた太古の短剣。そして迅雷刀。
「じゃあ、いくぞ」
静かな空気の中、俺たちは向かい合い、息を合わせるように動き始めた――。




