EP47 冒険中
――ゴールドスカー討伐から約三ヶ月後
俺は再び、エリアレベル10を目指して日々突き進んでいた。
現在いるのはレベル6エリア――《夢幻の書庫》。
無限に続くように見える巨大な図書館で、無数の魔道書が静かに並んでいる。
だが、それらの大半は不思議な力によって本棚から取り出すことができず、知識を守る精霊たちが侵入者を試すべく徘徊していた。
「すげえ数の本……だけど、読む手段がないんじゃ意味がないな」
この書庫は、一定時間同じ場所に滞在すると“本の姿をした魔物”や“魔道書の精霊”が出現する為、長居は命取りだ。
常に移動を続けなければならず、結果として休憩をとれる場所は極めて限られていた。
そして今、俺はその稀少な“安全地帯”に身を置いている。
本棚がまったく存在しない、白く輝く床に囲まれた空間。
その中央には巨大な門が立ちはだかり、左右には宙に浮かぶ魔法陣が回転していた。
「……休憩っていうより、ここで完全に詰んじまってるな……」
魔法陣を眺めつつ、俺は小さくため息をついた。
門の前には、開錠条件が丁寧に記された浮遊パネルがあり、内容はこうだった。
『同一ギルドのメンバー2名が、同時に左右の魔法陣に触れることで開門する』
開けられれば、その先に《レベル7》エリアへと続く隔壁がある……はずだった。
しかし、当然ながら俺は一人。
ギルド「はむまる隊」唯一のプレイヤーであり、仲間と呼べる存在はただ一人。
「……キュキュ!」
そのタイミングではむまるが飛び出してきた。胸に手を当てて、自信満々の表情を浮かべている。
「……そうか! お前も“はむまる隊”の一員みたいなもんだもんな!」
「キュ!」
――なら、やってみるしかない。
俺とはむまるは左右の魔法陣へと同時に手を伸ばした。
……だが。
「……反応、なし、か……」
「キュウ……」
はむまるが寂しそうな顔をする。
その悲しみが、門が開かなかったことへのものか、自身が“ギルドメンバー”と認められなかったことに対するものなのかは、分からない……。
「……困ったな」
俺の知り合い――リンカやサナ、バレイたちは全員DtEO所属だ。
一時的なギルド脱退なども難しいだろうし、まさかはむまる隊に加入してくれ、なんて簡単には頼めない。
「知らない誰かに手伝ってもらう……しかないか? だが、それなりに強くなきゃレベル5すら耐えられないだろう」
しばらく門の前で悩んだ後、俺はひとつの決断を下した。
「……仕方ない。一度帰還しよう。ここまでのマッピングは済んでるし、次はもっと早く来られるはずだ」
もう三ヶ月……。外の状況も気になっていた。
エリアレベル5以降では通信ができないため、情報が完全に遮断される。
帰還した際には、その分まとめて通知や出来事が流れ込んでくるのも恒例だ。
軽く肩を回し、俺は懐から《ブレイクエスケープクリスタル》を取り出す。
「よし……帰還!」
そして、マルチポータルタウンへと帰還した。
「ふう、人がいると安心するな……」
まず向かうのは《無人取引所》。出品していた装備の売上を確認し、しっかりとゴールドを回収する。
そして、レベル6エリア《夢幻の書庫》で手に入れたアイテムの登録作業に移った。
「……よし。いい感じに売れてる」
だが、そのとき――手元のアイテム一覧に目を通していた俺は、思わぬ異変に気がついた。
「……あれ? 神器化結晶石が……二つ?」
背筋に微かな緊張が走る。
神器化結晶石。破壊不可能の特性を持つ、現状使い道が不明のアイテムだ。
「……ゴールドスカーを討伐した時に手に入れたか……?」
この世界では、誰かをPKし“消滅”させた場合、その者が持っていたアイテムはランダムに四散し、新たな宝箱として各地に現れる。
しかし、“破壊不可能”に設定されている一部のアイテムだけは、討伐者に直接転送される仕様だ。
この追加された神器化結晶石は――ゴールドスカーが手に入れていた物だろう。
「……二つあっても今は使い道はないけどな……」
ひとまず、そのまま所持し、作業を再開する。
だが――作業を続ける中、ある違和感が頭をよぎる。
「……なんだ? 街の雰囲気、どこかピリついてるな」
気のせいかと思った。
何せ帰還は三ヶ月ぶり。その間に何かがあっても不思議ではない。
ポータルでの用事を終え、俺はギルドハウスがある《南部レベル3エリア・機構の谷》へと向かう。
あの独特の金属と機構が混ざり合う風景が、妙に懐かしく感じた。
――だが。
「……今日は、なんか……やけに人が多いな」
普段、この辺りで他人とすれ違うことなどほとんどなかった。
なのに今日は、行き交う者の大半が二人組以上の小隊で行動しており、その視線がこちらへと集中しているのを感じた。
(ジロジロ見すぎだろ……俺、そんなに目立つか?)
この居心地の悪さに、思わずフードを深くかぶる。
だが、ギルドハウスが近づくにつれて、その数もまばらになり、視線も途絶えた。
「……誰にも知られたくない場所だ。ここに来る奴がいなくて助かった」
そう安心しかけたその時――
「……っ!?」
視界の端に、壁のそばで崩れ落ちている人影が映った。
慌てて駆け寄る。
「おい、大丈夫か……!?」
「う、うぅ……」
倒れていたのは、一人の女性だった。
赤黒く染まった髪、サイドポニーの片方が長く垂れ、片目を隠すようにしている。
赤と黒の軽装鎧を身に纏い、体格は俺とほぼ同じくらい――平均的な女よりも、やや大きい。
「……くちびる、カサカサじゃねぇか……脱水症状か?」
この世界でここまで衰弱しているとは……。
ためらうことなく、俺は彼女の身体を抱え上げる。
「重いってわけじゃないけど……身長が俺と同じくらいか……」
そう独り言を漏らしながら、ギルドハウスへと足早に向かっていった。
――この時、まだ俺は気づいていなかった。
この女が、再び物語の渦中に加わることを。




