EP42 戦闘開始
戦場は、既に形をなしていた。
転送ゲートの周囲には武装した犯罪者たちが集結し、塔の警備を完全に蹂躙していた。
その中でも――
ひときわ目を引く二人の姿があった。
「……ネフィラ、何故君が第二の塔にいるんです? ゴールドスカー様と第一の塔の予定だったでしょう?」
苛立ったように声を掛ける男。
黒いフードではなく、白衣のような戦闘装束を纏った長身の男――ヴィランツ。
眼鏡越しに睨むその目は、冷たい計算を湛えていた。
だが呼ばれた女――ネフィラは、どこ吹く風で首をかしげる。
「……来るなって、言われた。だから、こっちに来た。ヴィランツ、ネフィラは、どうすればいい?」
赤黒い髪色のサイドポニー。片目を隠した容姿に、赤と黒の軽装鎧。
身長はヴィランツとほぼ同じで女性の平均身長よりは高そうだ。
腰に佩いた灰色の長剣は、戦場慣れした者の動きを感じさせる。
だが――彼女の口調は、奇妙なほど幼い。
「まったく……会って間もない私に、1から100まで聞かないでください。」
ヴィランツは頭をかきながらも、やがて肩をすくめる。
「まぁ……でも、いいでしょう。私のスペルは、一人では使い勝手が悪いですから。」
そう言って彼は、自身のキューブを呼び出した。
その色は――深い、沈んだ緑。
異色のキューブ。
「ネフィラ、一応あなたもキューブは出しておいて。ゴールドスカー様が動きやすくなるよう、この塔の連中は全部潰しますよ。」
「……わかった」
そう返して、ネフィラもキューブを呼び出す。
それは深紅のキューブだった。
彼女はそれを、長剣の根元に嵌め込む。
キューブが剣と共鳴し、かすかに軋んだ音が鳴った。
――深緑と深紅。
二人は、明らかに他の犯罪者とは異なる「力」を持っていた。
・・・
・・
・
「ラキルは第三の塔、リヴィエールは第一の塔へ向かってください。私は、第二の塔へ向かいます」
緊急展開された指令本部。
ラフリットは即座にルートを分担し、自らも戦地に赴く意志を示した。
だが、ラキルが驚いたように声を上げる。
「いやラフリットさん! 地球での業務ばっかで、こっちの戦闘は慣れてないだろ!? どっちかが一緒に行った方がいいって!」
リヴィエールも何か言いかけたが――
ラフリットは、それを制するように笑った。
「……ラキル。ヒデンスター・オンラインに居た"深紅の死神ラット"……ご存じですか?」
「……は? え? ああ、もちろん知ってるけど……あいつ、深紅色のキューブ持ちのやべー奴だったじゃん」
「自分のシールド削って、3倍のダメージ与える**[ブラッドヴェイン]**使ってさ……昔、めっちゃPKされた覚えあるぞ……」
ラフリットは、口元だけで笑い――言った。
「あれ、実は私です。」
「……は??」
数秒の沈黙。
ラキルの顔から一気に血の気が引く。
「マジ……で?」
「マジです。ヒデンスター・ノヴァでそのキューブはもう持っていませんが……対人経験は、腐るほどあります。 ――安心してください。」
ラフリットはそう言って、装備を整えると、第二の塔方面へ駆け出した。
・・・
「……やれやれ、腕は鈍っていませんね」
ラフリットは、息ひとつ乱さず巨大な両刃の鎌――《S0 レッドサイズ》を振り抜く。
その赤黒く禍々しい軌跡は、迫り来る犯罪者たちを薙ぎ払い、血とシールドの火花を飛ばしていった。
音もなく消滅していくプレイヤー達。
彼はその一人一人の命を、正確に、確実に奪っていく。
だがそのとき――前方に、異様な赤い閃光が走った。
「な……っ!?」
即座に鎌の柄を前に突き出してガード体勢を取る。
瞬間、耳をつんざく衝撃と共に、視界が赤く染まった。
防ぎきった――しかし、それでもシールドは半分近く持っていかれていた。
「このスペルは……[ブラッドヴェイン]……!」
衝撃の余韻を感じながら、ラフリットの目が鋭く細まる。
その攻撃は――かつての自分が使っていたものと同じだった。
その前方、ゆらりと影が浮かび上がる。
「……あれ? シールド全部削れてませんよ。ネフィラさん」
声の主は、白衣風の戦闘装束に身を包んだ男。
整ったオールバックの茶髪と眼鏡――その中に、明らかな敵意と興味を混ぜたヴィランツがいた。
「……多分、ガードされた。威力、半減……」
ネフィラは、先ほどの一閃の主。
無表情で言葉を紡ぎながら、頭から青緑色の液体が入った瓶をぶっかけていた。
シールドポーション。
――ヒールポーションが飲用であるのに対し、
シールドポーションは身体に直接かけなければ効果を発揮しない。
初心者の頃はよく飲んでしまいがちだが、意外にもその甘いソーダ味が癖になり、
ポーションマニアになる者も少なくないという。
「……さて、こいつは“色付き”でしょうか?」
ヴィランツは、そう言いながら深緑のキューブを手に取り、ラフリットに向けて掲げた。
そのキューブは、深い森のような色合いを持ち、不気味なほどに冷たい“圧”を放っている。
その横で、ネフィラもすっと深紅のキューブを自身の灰色の長剣へと嵌め込む。
小さな音を立てて魔力が剣と融合し、微細な赤い粒子が宙に浮かび始めた。
ラフリットの脳裏に、即座に分析が走る。
――異色のキューブ保持者が二人。
幸い、ネフィラの持つ深紅キューブの性質は、かつて自分が使っていたものとほぼ同じ。
シールドを代償に爆発的火力を引き出す特性。 戦法も読める。
だが――問題はもう一人。
「……深緑のキューブは初見……未知の性能。より警戒すべきはこっち、ですね」
自身のキューブが“無色”であることは承知の上。
ただでさえ情報不足な中、これ以上の無駄なリスクは避けるべきだ。
「うーん……無色のキューブですね」
ヴィランツはキューブをくるくる回しながら、ラフリットを一瞥する。
「ネフィラさん、任せました」
「……わかった」
その言葉に応じて、ネフィラが一歩、前へと踏み出す。
静かな風が吹き、転送ゲート前の瓦礫が舞う。




