EP40 残り10時間
――そして、3月1日
――マルチポータルタウン 12:00
時計の針が真上を指していた。
就任式まで、残り10時間。
「……そろそろ動くか」
そう呟いた俺は、人通りの多い通りを歩きながら、“利用できそうなパーティ”を探していた。
目立たず、だが確実に動いてくれる者。できれば若くて、元気で、素直なタイプ。
そんな条件を頭に浮かべながら歩いていると、ちょうど高校生ぐらいの少年たち6人が、ああでもないこうでもないとワイワイ話しながら集まっているのが見えた。
「――よし、彼らにしてみるか」
俺は歩み寄り、できるだけ穏やかな声で声をかけた。
「君たち、すまない。今から狩りに出かけるのかい?」
「え? ああ、そうですけど……」
少年たちは揃って警戒した目を向けてきた。まあ、当然か。
見知らぬ大人に声をかけられて、即座に信用するほど甘くはない。
「突然声をかけてごめん。実はちょっと、お願いがあってね」
「えっと……でも、今から狩りに……」
「報酬は、レベル5の武器《S0 炎の剣》を6本。どうかな?」
その瞬間、少年たちの目の色が変わった。
「マジ!? レベル5装備って……」「嘘だろ、それって超高級……!」
――そしてすぐに、ひそひそとした相談が始まる。
「怪しくね……?」「でも……もらえるなら……」
俺は苦笑しながら続けた。
「依頼の内容を聞いてから決めてもらって構わないよ。無理なら断ってくれてもいい」
「……わかった。で、内容は?」
「簡単なことだ。俺の合図で、修練の塔・第三の塔付近にテレポートしてくれ」
「そして、そこに立っている警備員の注意を20秒ほど引きつけるだけでいい。ある程度経ったら帰ってもらって構わない。ただし、この依頼の事は誰にも話さないでくれ」
「そんな簡単でいいの? お兄さんは……何するの?」
「詳しくは言えない。でも、君たちが助けてくれると、とても助かる」
「やろうぜ!」「炎の剣もらえるならやるしかないっしょ!」
彼らはすぐに乗ってきた。俺はその場で武器を6本渡し、転送の準備をさせる。
「じゃあ、10秒数えて、一斉に入場な」
「OK! せーのでいくぞー!」
カウントダウンが始まる。
**10……9……8……**と続き、ゼロの瞬間、6人の少年たちは塔へと転送されていった。
その直後、俺も続いて転送した。
――修練の塔 第三の塔前
「なあなんでこんなに厳重なの? 今日なんかあるの?」
「え、えっと……お知らせ見てないのかな、君たち……」
すでに少年たちは、2人の警備員の相手に夢中だ。
軽く言い争いをしているように見えるが、これは予定通りの演技だろう。
その瞬間、俺は姿勢を低くして――塔の外壁の裏側へと、リープで跳んだ。
「ん、今……誰かが入場したような……?」
「え? 気のせいじゃね? それよりこの子たちの対応手伝ってくれよ」
「……ああ。そうだな」
警備員は違和感を覚えつつも、追跡まではしなかった。
作戦は成功だ。
第三の塔周辺にはすでに、就任式の参加者と思われるプレイヤーたちが集まり始めていた。
目印として首から名札を下げている者も多く、中にはまだ参加者か分からない者も混ざっている。
だが、時間が経つにつれ、その割合は確実に名札持ちばかりになるだろう。
それまでに隠れておく必要がある。
俺が目を付けたのは、バレイが建てた大型マンションだった。
最上階まで一気に駆け上がる。幸いここは参加者以外立ち入り禁止ではないし、住人の姿も見えない。
「……ここなら、見晴らしもいい。舞台の上まで見える」
人目もない。退路も確保できる。
それに、もしもの時には上空から一気に動ける立地だ。
「よし、ここで時間まで待機しよう」
俺は身を屈め、舞台の設営を遠巻きに見下ろしながら、じっと静かに身を潜めた。
――21時50分 修練の塔・第三の塔前 就任式会場
人が――多すぎる。
開け放たれた式典広場には、無数のプレイヤーたちが押し寄せていた。
就任式が開かれるという情報がゲーム内で広まり、
DtEO関係者、式典招待客、そしてただ“ご飯”につられた通行人たちが、目当てもまちまちに入り混じっている。
さらに、《ヒデンスター・ノヴァ》内で活動するテレビアナウンサーたちまで現れ、マイクを手にあちこちで実況やインタビューを繰り広げていた。
「いや~、すごい熱気ですねー! こちらではDtEOの新ギルドマスター就任式が――」
ステージ前のスクリーンでは、マルチポータルタウンの料理屋が提供する豪華なビュッフェの映像が流れている。
ちらほらと、料理を皿に盛っただけで帰るような連中も見受けられたが、全体としては活気に満ちた光景だ。
関係者席には、既に主要なDtEO幹部たちが着席していた。
ステージ左側、中央寄り。
ラフリットは真剣な顔で背筋を伸ばし、まっすぐ壇上を見つめていた。
そのすぐ隣で――ニナシは笑っていた。
幹部たちと楽しげに談笑し、時折冗談に肩をすくめては、柔らかな笑顔を見せている。
「さすがニナシ様……今日の装備も完璧だな」「いや、緊張してるよ」
見た目にも油断はなかった。
身にまとう装備はレベル5で装飾に力を入れた高級品。
胸元には、ギルドマスターの証である白銀の徽章が輝いていた。
一方、その周囲には会場警備として、
ラキル部隊や、リヴィエール部隊の面々がすでに展開を終えていた。
第一~第三の塔にも、警備兵が分散配置され、まさに万全ともいえる布陣だ。
さらに普段は姿を見せない、調査・補給部隊までもが総動員されている。
しかし――
「はー、マジだるいわ……なんでこんな日に俺らまで出なきゃいけないんだよ」
「だよなー。もうとっくに寝てる時間だっつの……」
「お前はいつも昼寝してるだろ。草原エリアで転がってるだけじゃん」
そんな小声のやり取りが、警備ラインの一部で交わされていた。
彼らは調査部隊のメンバー。
本来ならばフィールドの奥地で未知のアイテムや素材を収集したり、補給拠点を管理したりする精鋭だった――はずだった。
だが、今やその実態は“天下り先”。
活動記録は形ばかりで、調査と称して草原で昼寝。
補給任務は、ゴールドを使ってマルチポータルタウンで物資を買い足すだけ。
現場の声すらほとんど拾わない、名ばかりの部隊へと成り下がっていた。
その配置を提案したのはラフリットだ。
「普段犯罪者を相手にしている、戦闘部隊がニナシ様を近くで守るべきでしょう」
言葉巧みに、ニナシを納得させていた。
ラフリットの胸中にあったのは、
すべては順調。滞りなどあるはずがない。
"そう信じて疑う者は、誰一人としていなかった。"




