EP38 侵入方法
北部レベル6エリア──氷鎖の雪原
一面の銀世界。
風に混じる氷の粒は鋭利な刃となって頬を裂き、ただ立っているだけでシールドに継続的なダメージを与えてくる。
そんな極寒の地に、粗末ながらも仮拠点が設けられていた。
周囲には動かぬまま氷に埋もれた魔物たちが点在し、時折、不意に眼を開けて蠢く。
その静寂のなか──拠点の一角で焚火にあたる金色のキューブ保持者、ゴールドスカーの姿があった。
「ゴールドスカー様!」
雪を蹴って一人の部下が駆け寄る。手には最新の通知画面が開かれている。
「就任式のお知らせ、見ましたか? 3月1日、クリーンタイムです!」
ゴールドスカーは視線だけを上げた。
そして、唇に薄く笑みを浮かべる。
「……ふふ。ギルドマスターをそこで倒したら、どんな反応が見られるだろうね」
「なら、就任のあいさつのタイミングで襲撃しましょうよ!」
「なんなら俺がギルドマスターをぶっ殺しに行きますよ!」
その瞬間、ゴールドスカーの目が凍る。
静かに、鋭く、相手を刺し殺すような視線。
「……僕が殺すんだ」
その声音には、温度がまるでなかった。
「その場所から見る景色を譲る気はない。先走れば、まずお前が消えることになるよ」
「へ、へへ……すいません、出過ぎた真似を……」
しっかり後方支援、させてもらいます……!」
凍りついた空気の中、部下は慌てて頭を下げる。
「わかればいいんだ」
ゴールドスカーは静かに立ち上がる。
その手には、レベル6の最終型装備が光を放っていた。
「本当は全身レベル7にしたかったけど……ここまでか」
「でも……もうすぐレベル7の武器だけは完成しますよ」
「……そうだね。就任式の日までに準備を整えよう」
そのとき、吹きすさぶ雪の向こうから──黒い影が現れた。
風を裂いて近づく人影。滑らかなデザインのフルフェイスマスクで顔を覆い、その動きには一切の無駄がない。
「……何の用だい?」
ゴールドスカーの声は冷えたままだ。
「その祭りに、ネフィラとヴィランツを貸してやろう」
男の声は洞窟で会ったときと同じく、太く、抑揚がなく、それでいて支配的だった。
「色付きのキューブ持ちがお前さん一人じゃ、荷が重いだろう?」
「……あいつらか。使えるとは思えないね」
「安心しろ。おいらの言うことを忠実に守る。勝手な行動はさせないぜ」
「おまえさんがギルドマスターを殺すとき、邪魔する者を排除してやる」
ゴールドスカーは肩をすくめる。
「……好きにすればいい。僕はただ、大衆の前で“狩る”だけだ」
炎が吹雪に掻き消される。
仮拠点を離れ、ゴールドスカーたちは再び猛吹雪の中へと姿を消していった。
嵐の向こうにある、血と混沌の宴を求めて――。
・・・
・・
・
――ハトヤのギルドハウスにて
静かな時間が流れていた。
風はなく、機構の谷の奥にある秘密のギルドハウスは、ひんやりとした静寂に包まれている。
その中心に座る俺は、一つの小さな石をじっと見つめていた。
「……さて、結局わからなかったな」
手にしていたのは、以前手に入れたアイテム――神器化結晶石。
かつての《ヒデンスターオンライン》では、明確な使い道があったアイテムだ。
――キューブの上に置く。ただそれだけで、
石は即座に吸収され、キューブが神器化。性能が劇的に上昇する。
だが――今は違う。
「ヒデンスター・ノヴァでは……まるで無反応、か」
何度試しても、石はただの石でしかなかった。
幽輝王グランヴェイルのドロップ品も、確かに性能がゲームと微妙に異なっていた。
そのときは気のせいかと思ったが……今は違う。
これは、構造そのものが異なる世界なのかもしれない。
「だが……ある意味、これは“助かった”とも言えるな」
キューブの神器化がゲームと同じなら、
ゴールドスカーもすでに神器化済みだっただろう。
だが、この石が機能していない以上、奴のキューブも神器化していない可能性が高い。
「……とはいえ、放っておける問題じゃないな」
膝の上に石を置き、軽くため息をついた。
ふと、ある考えが浮かぶ。
「そういえば……フィルホワイトデー以降、一切の情報を追っていなかった」
もし、あのゲームでその後のアップデートによって仕様が変わったのなら?
ヒデンスター・ノヴァは、そのシステムが基になっている。
変更がこの世界にも反映されている可能性は、決して低くない。
「……となると、地球に戻って確認するしかないか」
リスキーだ。だが、それしかない。
地球とノヴァは完全に隔離されており、物理的な持ち込みは不可能。通信も通話も一切通じない。
ただ、唯一可能な手段がある。
「文章にして持ち込む」
地球で集めた情報を記憶し、ヒデンスター・ノヴァ内の“白紙本”に記入することで転写できる。
情報ブローカーたちはこの方法でノヴァ内で金を稼ぎ、情報商人として成り上がっている。
言語の壁もなぜか発生せず、海外のローカル情報なども知ることが出来る為、一部の界隈では密かなブームになっているという。
脱線したが、最新の神器化結晶石について調べるなら、地球に戻るしかない。
ずっと、もう戻ることはないと思っていた。
この世界で生きていくと決めていたし、未練も残してこなかった。
だが――
「今だけは、あえて一度、戻らせてもらう」
ゆっくりと立ち上がる。
静かに退場ボタンを押し、俺はもう一度地球に戻った。




