EP37 就任式へ向けて
翌日――
ヒデンスター・ノヴァでは
広域チャットに一際目立つ告知が打ち出されていた。
運営が関与しているかのような装飾つきのポップアップが、画面の隅に浮かび上がる。
DtEOギルドマスター就任式のお知らせ
日時:3月1日 日本時間22時~
場所:修練の塔・中央エリア(セーフゾーン確保済)
内容:ギルドマスター・ニナシによる就任挨拶/盛大な食事会
※参加には事前申込みが必要です
「……盛大な食事会、ね」
その文言を目で追いながら、俺は静かに笑みを漏らす。
(すごいな……クリーンタイムをあえて狙って引きずり出すなんて)
3月1日まで、あと二週間と少し。時間は、決して多くない。
だが――十分に舞台は整いつつあった。
俺はすぐに、自宅ギルドハウスの作業机に腰を下ろすと、ラフリットへと通信を繋ぐ。
「はい、こちらDtEOのラフリットです。……貴方は、初めましてですね?」
ラフリットは端整な顔立ちに笑みを浮かべながら、わざとらしく言った。
(……来たな)
「えっと、就任式の告知を見て連絡しました」
「ああ! 見ていただけたのですね。ありがとうございます!」
「それで……俺も参加したいなと」
「恐縮です。ですが、申し訳ありません。参加申込みは私のほうでは受け付けておりません」
ラフリットは淡々と、だが意味深な口調で続けた。
「申込みはDtEOの代表番号へ。“DtEOの者が直接伺い、面談の上で参加証をお渡しします”。費用はいただきません。無料で食事を楽しめますので、ご安心ください」
「……そうですか。わかりました。そちらに掛けてみます」
「よろしくお願いいたします」
通信は、礼儀正しく、形式通りに切断された。
だがそのやり取りの裏には、明確な意図が含まれていた。
(……監視されているな)
「初めまして」――それは、ラフリットと俺が以前に取り決めた暗号の一つだ。
“自分が誰かに監視されている”状況でのみ、あえて初対面を装うこと。
つまり、これ以上ラフリットに頼ることはできない。彼の立場が危うくなる。
だが、それで十分だった。
この告知が出た時点で、既に仕掛けは始まっている。
(正攻法では入れない……素直に代表に電話して面談して、俺が参加しようとしている時点で、式自体をやめてしまう可能性もある)
多分、ラフリットはそれを“説明”するために、わざわざあの流れを作ったのだ。
残るは――侵入方法の確保。
目的はただ一つ、“就任式でのPK”。
それを可能にする唯一の舞台が、「修練の塔」だった。
(……久々に行ってみるか)
今なら、まだ周囲は祝賀ムードに紛れて気が緩んでいる。
警備体制も構築途中で、情報収集くらいは難しくないはずだ。
俺は手早く装備を変更した。
いつもとは違う見た目とギアを装着。
姿を変えた状態で、目的の地――修練の塔へと、転送された。
・・・
転送先は、想定していた光景とはやや異なっていた。
「……なんだこれ?」
周囲をぐるりと囲むのは、仮設の分厚い遮蔽壁。
四方は塞がれており、出入りできるのは前方の一方向だけ。明らかに入場経路を絞っている。
(これじゃ、自由に出入りできる状況じゃないな……)
周囲に目を配るまでもなく、DtEOの紋章を刻んだ装備の兵士がこちらに歩み寄ってくる。
「こんにちは。申し訳ない、冒険者さん。ただいま入退場の管理を行っております」
若いが目つきは鋭い。訓練された言葉で、丁寧に番号札を差し出してきた。
「こちらに名前をご記入いただき、この番号札をクイックスロットに入れてお持ちください」
俺はあえて質問を挟む。
「これって……出るときに返すやつだよな?」
「ええ、そうです。入退記録を残しておりますので」
「……万が一別の場所から転送したり、魔物に倒されて強制退場させられたらどうなる?」
兵士はまるで待ってましたと言わんばかりに微笑む。
「この番号札はDtEOで作成した専用アイテムです。修練の塔の外に出ると自動で消滅するようになっています」
「へぇ、それで外に出たかどうか分かるわけか」
「さらに……クイックスロットから取り出した瞬間も、我々に通知されます。数秒以内に警備が対応しますので、お気をつけください」
(つまり……途中抜けや無許可潜入はほぼ不可能ってことか)
「すごいな。じゃあ、安心だね!」
軽く笑ってごまかしながら、俺は偽名で記入し、番号札を受け取った。
内部は既に、就任式の準備が進行していた。
警備の数は多すぎず、少なすぎず。
自然な雰囲気を装っているが、その奥に潜む緊張感は見逃せない。
式場に使われるであろう空間――中央エリアの様子、構造、天井の高さや柱の配置まで、全てを目に焼き付ける。
(入退時間が完全に管理されてるなら、事前に潜入して隠れる案も厳しいな……)
つまり、侵入するなら式の最中に“正規のルートを通らず”入り込むしかない。
そのためには、札を持たずに侵入し、なおかつ警備に感知されないルートを構築する必要がある。
調査を終えた俺は、静かに修練の塔を後にした。
(大まかな侵入とPKの方法は見えた……。あとは細部を詰めるだけ)
だが、心の奥に一つの引っかかりが残る。
(あんな大々的に就任式をやる……しかもクリーンタイムにだ)
このイベントは、ただニナシを引き出すだけが目的ではない。
“もう一つの問題”――恐らく、それすらも引き寄せるように設計されている。
犯罪者たち。
あるいは――ゴールドスカー。
DtEOも、ラフリットも、その可能性に気付かないわけがない。
(ラフリットのことだ。きっと何か対策は練っている……)
だがそれが何かまでは、まだ見えない。
(信じるしかない、か……)
静かに、しかし確実に。
就任式という「罠」の準備は進みつつあった。




