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異世界に逃げ込んだ犯罪者をPKするのが仕事です――ヒデンスター・ノヴァで命を狩る者  作者: 鳩夜(HATOYA)
第一部 第二章 ゴールドスカーとの決着

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EP36 それぞれの思惑

 俺は少しだけ自分自身のことを考えていた。

 ――俺は、犯罪を犯した者の弁明を聞く気になれない。


 理由を聞いたところで、どうせ何も得られない。

 何かを背負うわけでもないのに、余計な情報だけが頭の中に残る。


 たとえば、沼尾原が金を盗んだのが、実は先に自分の金を盗まれたから、それを取り返しただけだったとしたら?

 そんな話を聞いてしまったら……俺はきっと、少なからず同情する。

 例え嘘かもしれなくても、手が少しだけ、鈍る。


 だから俺は――今、目の前に見えている事実だけを信じるようにしている。

 奴は「盗んだ」と言った。それだけで、十分だった。


 思えば、かつて修練の塔で狩った犯罪者たちの罪状も、俺は知らなかった。

 だけど感情のままにPKしまくった。


 だが、それでも――俺は“殺している”わけじゃない。

 地球に、元の場所へ“送り返している”だけだ。

 これからも同じことを続けていく。きっと何も問題はない。


 ふわりと、温かい感触が頬に触れた。


「……はむまるか」


 小さな手のひらが、俺の顔を優しく撫でていた。俺もその手を包むように、そっと撫で返す。


「ふ……自己分析というよりは、PKの言い訳でも考えてるのかな、俺は」


 なんというか、こういうことを定期的に考えてしまう自分がいる。

 だが、悪い気分じゃなかった。

 ――これもきっと、俺がまだ“ちゃんと人間”である証拠なのだろう。


「……さて、報告でもするか」


 そう呟いたそのとき、キューブが微かに振動した。通信の着信。


「ハトヤさん。迅速な対応ありがとうございます!」


 通信の向こうで、ラフリットの声が弾んでいた。


「……もう分かったのか?」


「ええ。沼尾原が、店に戻ったみたいです。それで、ジュリアさんからすぐに連絡がありました」


「そうか。これで依頼はクリアだな」


「はい。また詳細が決まり次第、すぐに連絡いたします」


「ああ、わかった」


 通信が切れる。静寂が戻った。

 砂漠の静けさの中で、ふと疑問が浮かぶ。


(ラフリットは一体……どんな方法で、あのニナシを引きずり出すつもりなんだ?)


 空に広がる砂の風とともに、その答えはまだ、見えないままだった。


・・・

・・


 ――数日後。

 場所は、地球にあるDtEO(Deportation to Earth Organization)本部。

 その最上階、ギルドマスター室。


「ニナシ様、就任式の日程と詳細が決まりました。すでに準備もある程度進めております」


 そう言いながら、ラフリットは手に持った資料を丁寧に差し出した。


「お、おお……助かるよ」


 緊張と喜びの混じったような表情で、ニナシはそれを受け取る。

 ギルドマスターという立場を任されたことで、彼なりに責任と期待を感じているようだった。


「就任式は日本時間で3月1日、22時から開始予定です。最初の三十分間は挨拶や紹介、その後はささやかな宴の場が設けられます」


「3月1日……? その日はダメだ。別の日にしてくれ」


 資料に目を通すなり、ニナシは即座に却下した。眉をひそめたその表情は、どこか鋭くもあった。


「それに……なぜ、わざわざ“クリーンタイム”に被せてある?」


 ラフリットは一瞬、言葉を選ぶように間を取った。


「……時間については、DtEOの業務終了後に全員が集まりやすい時間を考慮した結果、22時頃が最適かと判断しまして」


「場所は“修練の塔”であり、クリーンタイムでも安全が確保されておりますので、特に問題視はしておりませんでした」


「万が一があるだろう。……日程も時間も、再調整しろ」


「……かしこまりました。一度確認の上、再提案させていただきます」


 ラフリットは深く一礼すると、その場を後にした。

 廊下へ出た瞬間、彼は小さく息をついた。


(ニナシ……想像以上に慎重な男ですね)


 3月1日――あの日付を拒否されること自体は、ラフリットにとって想定内だった。

 実際、その日はニナシが深夜にジュリアと接触する約束をしてくれと、ジュリアに依頼していたからである。


 本来であれば、そのスケジュールに気を取られるあまり、式の開始時刻――つまり「クリーンタイム」に目が行かないだろうと踏んでいた。

 だが、結果はその逆だった。


(クリーンタイムの知識など何も知らないと思っていたが……どうやら、ある程度は把握しているようですね)


 冷静な分析と慎重な判断。予想以上に、手強い相手だった。

 ラフリットはその足で、すぐにジュリアへ連絡を入れた。


「――あら、ラフリット。うまくいったのかしら?」


 通信の向こうから聞こえてきたのは、ジュリアの気だるげで優美な声だった。


「……すいません。日程はともかく、時間についても変更してほしいと、ニナシ様から言われてしまいました」


「ふぅん。なるほど。……ただの馬鹿ってわけじゃないのね。それで? 何をしてほしいのかしら?」


「ええ。就任式を“3月1日22時から”で、予定通り開催するように……ニナシ様の心を誘導していただきたいのです」


「まったく、あいかわらず無茶を言うわね。……高くつくわよ?」


「……承知の上です」


「まぁいいわ。任せてちょうだい。その程度なら電話一本で充分よ。一時間後にまた連絡するわね」


「ありがとうございます」


 通信が切れた後、ラフリットは軽く肩を落として深く息を吐いた。


(一時間で……本当に説得できるのだろうか)


 それでも彼は、信じるしかなかった。ジュリアという存在が、どれほどの“やり手”かは十分に理解している。


 ――一時間後。

 約束通り、ちょうどぴったりの時間にジュリアから通信が再び入った。


「ジュリアさん! どうでしたか?」


「完璧よ。むしろね、向こうから“3月1日22時にしてくれ”って言い出すと思うわ」


「すごいです……一体どうやって……!」


「ふふ、企業秘密よ」


 画面越しのジュリアは、いつものように艶やかに微笑んでいた。


「とにかく、魔法が解ける前に急いでニナシの元へ戻りなさい。今ならすんなり通るわ」


「……そうですね。ジュリアさん、本当にありがとうございました」


 通信を切断したラフリットは、その足で急ぎニナシの部屋へと戻った。


「失礼します。ニナシ様、先ほどの時間調整の件ですが――」


 言いかけたその瞬間、ニナシの口が先に開いた。


「おお、ラフリット。待っていたぞ。……時間調整は不要だ。むしろ、3月1日22時からで進めてくれ」


「……!」


(すごい……本当にその時間で構わないと、言った)


 心の中で驚きを隠せないまま、ラフリットは努めて自然な笑顔で返した。


「……わかりました。早速、準備に取りかかります」


「よろしく頼む」


 ニナシは満足げにうなずくと、ラフリットを見送った。

 そして彼が部屋を出て数秒後、ニナシは素早くデバイスを操作し、誰かへと通信を繋いだ。


 やがて画面に映ったのは、異世界側の熟練の冒険者と思しき壮年の男。

 どこか懐かしげな顔で、笑いながら呼びかけてきた。


「おお、ニナシよ! 元気にしておるか?」


「うん、元気にしているよ。ところで、ちょっとお願いがあってさ……」


「ふむ、何でも言ってみなさい」


「3月1日までの間、ラフリットの動向を探ってほしい。もし怪しい点があれば、すぐに知らせてほしいんだ」


「……ほう? 中立で有名なラフリットのことを、疑うのか?」


「そうなんだ。本当に“中立”なのか、念のため確認したいだけだよ」


「……まあ、事情はわからんが、わかった。すぐに準備を進めよう」


 ニナシの瞳は静かに細められ、その奥底に、冷たい光が宿っていた。


 ――少なくとも、彼は「表」と「裏」の両方で、事態を把握しようとしている。

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