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異世界に逃げ込んだ犯罪者をPKするのが仕事です――ヒデンスター・ノヴァで命を狩る者  作者: 鳩夜(HATOYA)
第一部 第二章 ゴールドスカーとの決着

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EP35 ラフリットの依頼

 翌日……


 ──ラフリット達と会議してから、およそ一週間が経過していた。

 今日は彼から「相談がある」と連絡が入り、俺はヒデンスター・ノヴァのレベル0草原エリアへと向かっていた。

 そこには、古びた小屋が一つ。魔物や他プレイヤーの気配すらない静かな場所で、ラフリットが密談の場としてよく使っているらしい。


 視界の先に、その小屋が見えてきた。小屋の前には、椅子に腰かけた二人の人物の姿があった。

 俺は小走りで駆け寄る。


「ラフリット! すまない、少し遅れてしまった」


「いえ! 急な呼び立てにもかかわらず、来てくださってありがとうございます


 ラフリットの隣に座っていた女性に視線を向けた。見覚えのない顔だった。


「えっと……こちらの方は?」


 そう尋ねると、その女性はゆっくりと立ち上がった。


「ジュリアよ。あなたが──ハトヤね?」


「あ、ああ……」


 ジュリアは俺を上から下まで、まるで品定めするようにじっと見つめた。


「パッと見は細身だけど、しっかりと筋肉があるわね。顔も悪くないし──合格、ね!」


 突然肩を叩かれ、思わず身を引く。


「えっと……どういう意味だ?」


「ジュリアさん、急にそれは……ハトヤさんが混乱してしまいます」


「ふふ、ごめんなさいね」


 三人は改めて椅子に腰を下ろした。


「で……ラフリット。お願いってのは、なんだ?」


「ええ、実は──」


 ラフリットが話し始めようとすると、ジュリアがそれを制して口を開く。


「ある男をPKしてほしいの」


「PK……それが、ラフリットの頼みか?」


「ええ。間接的にはなりますが、私のお願いでもあります」


 俺は少し目を細めて、二人を見た。


「PK自体に抵抗はない。ただし、理由次第では断らせてもらう」


「ええ。そうおっしゃるのも無理ありません」


 ラフリットとはまだ深い仲ではないが、彼が理由もなくこんなことを俺に頼んでくるとは思えない。

 それに──何か、ジュリアの前では話しにくい事情があるのだろう。


(つまり、ラフリットはジュリアに何かを頼み、その報酬としてこの依頼を……)


「察するに、これはジュリアに何かをお願いして──その報酬として、PKが必要になった……そんなところか?」


「へぇ、話が早いのね」


 ジュリアが満足げに笑う。


「で、ラフリットは一体何を頼んだんだ?」


「ええ……お願いしたのは、約三週間後の深夜1時に、“ニナシ”と会う約束をしてほしい、という内容です」


 ニナシ……なるほど。ならば、これはニナシをヒデンスター・ノヴァに誘い出す前準備ってわけか。


「……まぁ、わかった。で、誰をPKすればいい?」


「さすが“無差別PKさん”。二つ返事でOKなのね。理由とかは聞かないのかしら?」


 ジュリアはくすっと笑う。


「理由を聞いたところで、やることは変わらない。俺はもう地球に戻れない。PKすれば、その相手とは二度と会うこともない。興味もないさ」


「頼もしいわね。じゃあ──詳細を伝えるわ」


 ジュリアが静かに語り始めた内容を聞きながら、俺はすでに頭の中で戦いの準備を始めていた。


・・・

・・


 北部レベル3エリア・黄砂の荒野――

 乾いた空気が肌に刺さる。ここは強風が吹き荒れる過酷な砂漠地帯。

 舞い上がる砂粒が視界を覆い、時折発生する砂嵐がすべてを飲み込む。


「こんな場所に潜んでいたとはな……。だが、この環境、隠れるには悪くない」


 視界の先を見据えながら、俺はブーツを砂にめり込ませるように歩を進めていた。

 ――ブブブ……。

 耳の奥に響く、羽虫のような羽音。瞬間、砂地を突き破るように何かが飛び出した。


「出たな……サンドビートル」


 体長は優に三メートルを超える。硬質な殻に包まれたクワガタを思わせるその魔物は、一直線に俺へと襲いかかってくる。

 だが――避けるまでもない。

 俺はその突撃を正面から受け止め、右手に握った【S5 リファクション・ブレイド】を逆手に構え、そのまま突き刺した。


 ――ガギンッ!


 一閃。魔物は一撃で沈黙し、砂上に崩れ落ちた。


「防具は既に一部レベル6。レベル3の魔物ごときじゃ、傷一つつけられねぇな」


 見た目と勢いだけは一人前だが、このエリアの敵はすでに脅威になり得ない。

 その後も、時折現れるサンドビートルや砂蜥蜴を片手であしらいながら、砂丘を進んでいく。


「……ここか」


 砂嵐を越えた先に、岩肌がむき出しになった自然の洞窟が口を開けていた。


「ジュリアの言っていた拠点……あれだな」


 周囲に気配はない。俺は慎重に足を踏み入れ、洞窟の中へと進んだ。

 内部には松明が等間隔に設置されており、明らかに人の手が入った形跡が残されている。


(このまま進めば……沼尾原がいるかもしれない)


 道なりに進んでいくと、岩でできた足場が終わり、足元が柔らかい砂へと変わる。

 その先には、まるで砂浜のような開けた地形が広がっていた。

 中心には大きな湖が横たわり、その静寂が周囲と対照的に不気味さを演出していた。

 そして――湖のほとり。

 そこには木材で組まれた簡素な小屋が一つ、ひっそりと佇んでいた。


「……あそこか。奴は、あそこに潜んでいるのか……」


 俺はリファクション・ブレイドの柄を少し握り直し、風に吹かれながら、無言で湖のほとりへと歩みを進めた。


 その瞬間だった。


「インフェルノスピアッ!」


 声と同時に、灼熱の槍が唸りを上げてこちらへと飛んできた。

 反射的に、俺は【リープ】を発動。空間にキューブを放ち、ほんのわずか横へ瞬間移動する。


 着弾と同時に砂が爆ぜ、灼熱の炎が風とともに広がった。


「……インフェルノスピア。赤色のキューブか」


 前方を見据えると、燃え立つ砂煙の向こうに一人の男の姿があった。


「くそ! くそっ! 俺の平穏を邪魔しやがって!」


 逆光の中、怒りと混乱に満ちた叫びを上げながら、男が立っていた。

 その手には、赤色に輝くキューブが握られている。


「ラキル以外にも……赤色のキューブがいたのか」


 特徴は聞いていた沼尾原と一致しているな。


「お前、店の金を盗んだんだろ?」


「ああ、盗んださ! でも、あいつらが悪いんだ……! あいつらが俺を追い詰めたんだ……!」


 言い訳がましい言葉が虚空に消える。


「もうしゃべるな。正直、どうでもいい。さっさとPKさせてもらうぞ」


 そう言いながら、俺は右手に握る武器を構える。


 だがそれは【リファクション・ブレイド】ではない。対人戦を見越して、今は【S0 迅雷刀】を装備している。


(リファクションで一撃粉砕でもいいが……ちょうどいい。対人戦の練習に付き合ってもらおう)


「俺は全身レベル4の装備だ! お前も他のやつらと同じようにぶっ殺してやる!」


 そう叫びながら、沼尾原は左手のキューブを前方に放り投げる。


「フレイムバーストッ!!」


 赤いキューブが空中で点滅し、爆裂する火球が放たれた。

 ――だが、それも無意味。


 俺は【ディスラプションカット】を発動。

 刀を抜いたような一閃が空間を走り、放たれた火球ごとスキルの“中間”を抹消する。火球は何もなかったかのように霧散した。


「なっ……!?」


 沼尾原が明らかに狼狽する。だが、それでも必死に剣を振りかざしながら突っ込んでくる。


「当たれよ! インフェルノスピアッ!!」


 再度放たれる炎槍。しかし俺は再び【リープ】で空間を斜めに抜け、スライド回避。

 その間も、奴は剣を乱打し、火球を次々に放つが……すべて空を切るか、ディスラプションで無効化される。


「なんで……! なんで当たらねえんだよっ!!」


 焦燥と怒りが混ざり合った叫び声。だが、俺の表情は変わらない。


(……これは。何の練習にもならないな)


 心の中で、そう呟いた。

 ――キューブを握る。


 【ゼロフラクチャー】、発動。


 俺はキューブを砂地に叩きつけた。

 空間に見えざる“裂け目”が広がり、沼尾原の動きが“始まり”と“終わり”に断絶される。

 遅延された動作の間、刀を構えたまま、俺は彼の側面に回り込む。


 そして複数回一閃を放つ。


 迅雷刀が空気を裂き、時間差で襲った“終わり”のダメージが一気に解き放たれる。

 ――その体は一拍の遅れで、切り刻まれ粒子となった。


 静寂。


 俺は刀を納め、その場に腰を下ろした。砂の感触が服越しに伝わる。


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