EP33 ラフリットの考え
バレイたちが去り、場には俺とラフリットの二人だけが残った。
「……それで、ラフリット。お前はどうするんだ?」
俺が問いかけると、ラフリットは少し間を置いてから答えた。
「──私は、少しハトヤさんとお話がしたいです」
そう言って、彼はゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「ニナシは、ヒデンスター・ノヴァにはほとんど興味がありません。最後に入場したのも……おそらく一年以上前になるでしょう」
「そんな奴がDtEOのギルドマスター、か」
思わず吐き捨てるように言うと、ラフリットは小さく苦笑した。
「ですので……私は、ここ二か月ほど、彼が興味を持つように色々と細工をしてきました。小さな刺激を与えるような行動を、少しずつ」
「……成果は?」
「わずかですが……関心は持ち始めているようです。しかし、それでも自発的にこの世界へ来ることはないでしょう」
俺は、無言で頷きながら続きを促す
「しかし、こんなことをしてニナシが来たとしても……その先に進むためには、確実な一手が必要です。そこで、ハトヤさん。お願いがあります」
その雰囲気から、なんとなく察していた。
「ヒデンスター・ノヴァに引きずり出したニナシをPKしてほしい……そんなところか?」
ラフリットは少し目を見開き、そしてすぐに笑みを浮かべた。
「──さすがですね……その通りです」
「構わないよ。俺がやってやる。ゴールドスカーを倒すにはDtEOの協力が不可欠だ……以前のDtEOがな」
「ありがとうございます……こんなに早く了承をいただけるとは」
「ニナシがギルドマスターになったと聞いた時点で、俺の中にはすでに“PK”の二文字が浮かんでたさ」
──思考は、無差別PKと大差ないかもしれない。
ふと、そんな自覚が脳裏をかすめる。
「……思考が危ういな。こうも自然に“排除”を選べるなんて、俺はもう普通じゃないのかもな」
ラフリットはゆっくりと首を横に振った。
「それは違います。この世界で生きる者にとって、“排除”は一つの方法です。あなたがやろうとしているのは、世界を良くするための選択です」
「……」
「私も、迷いながらこの決断に至りました。しかし今は確信しています。あなたがやるべきだと」
ラフリットは、まっすぐに俺を見て言った。
「あなたなくして、ヒデンスター・ノヴァは良くなりません。今していることは、きっと大勢の者を救うことになります」
「……ふ、慰めてくれてるのか? ありがとう。大丈夫だよ」
そう言って、俺は静かに立ち上がった。
「とはいえ、ニナシをPKしたところで、地球から消えるわけじゃない……だが、それでも何かが変わる気がする。いい方向に、な」
「はい、私もそう信じています。──よろしくお願いします、ハトヤさん」
俺は手を差し出し、ラフリットもすぐにそれに応え、力強く握手を交わした。
「これで、私は前に進めます……一ヶ月以内に、必ずニナシをヒデンスター・ノヴァに引きずり出します」
「進展があれば、また連絡してくれ」
「もちろんです! ──では、私は一度、地球に戻ります」
ラフリットは一礼し、ヒデンキューブを使って転送を開始した。
彼の決意と覚悟を、俺は背中越しにしっかりと感じていた。
──その場に残ったのは、俺と、肩に乗るはむまるだけだった。
「……一ヶ月か」
小さくつぶやき、ヒデンキューブを弄る。
「その間に、レベル6の防具を揃えるとしようか」
新たな戦いに備えて──それぞれが、静かに動き始めたのだった。
・・・
・・
・
地球──DtEO本部・ギルドマスター室
中央の大きな机には、山のような書類が乱雑に積み上げられている。
その横の広々としたソファーには、一人の男がだらしなく寝転がっていた。目を閉じて、タブレットを片手に動画か何かを見ているようだ。
──ドアをノックする音が室内に響く。
「入れ」
乱れた金髪を掻き上げながら言ったのは、この部屋の主──ギルドマスター、ニナシだった。
入室してきたのは、黒いスーツに身を包んだラフリット。
「遅いぞラフリット。机を見ろ。書類が山ほどたまってるぞ!」
(……また職務を一切行っていない。今日も帰れそうにありませんね)
そう思いつつも、ラフリットは笑顔を崩さない。
「では、また私の方で処理しておきます。ニナシ様、今からのご予定は?」
「今日もオフィスを見回るぞ! 監視は重要だからな!」
──もちろん、その“見回り”とやらは、ただ女性職員に声をかけてまわるだけの遊覧行動だ。
ギルドマスターとなり、地球本部に常駐するようになってからというもの──ニナシの好き放題は加速していた。
セクハラ、暴言、暴行。訴えようにも上層部に取り入っている彼に逆らえる者は少ない。
限界を超えて退職していく者も、後を絶たなかった。
「ところで、ニナシ様。ヒデンスター・ノヴァにいる隊員の何名かが、ニナシ様にお会いしたがっております。そろそろ一度、現地に顔を出されては?」
「は? どうでもいい。そんな暇あるなら、女と飯食ってる方がマシだ」
「──そうおっしゃると思いまして。こちらをご覧ください」
ラフリットは、あらかじめ用意していた一枚の資料を取り出し、そっと机の上に置いた。
「……ギルドマスター就任式?」
ニナシが眉をひそめる。
「ええ。少々タイミングは遅れましたが──就任を盛大に祝う式典を、ヒデンスター・ノヴァ内で開催するのです。豪華な料理も手配済みです」
「……ヒデンスター・ノヴァで飯、か」
「現地の食事は本当に美味しいものばかりですよ。まるで豆腐のようにスッと切れる極厚ステーキや、噛むと甘い炭酸が弾けるフルーツなど──」
ニナシの目が細くなり、思い出すように小さく呟いた。
「……ああ。どこかで見たな。あの雑誌か」
──それは、ラフリットが数日前、何気ない風を装ってニナシのデスクに仕込んでいた「ヒデンスター・ノヴァ美食ガイド」である。
「しかも、式典にはニナシ様を一目見たいという者も多く参列します。発表することで、DtEO内の士気向上にもつながるかと」
ニナシの表情が、少しずつ揺れ始める。
まだ迷っているようだが、明らかに興味は惹かれている。
「……それに、あちらにもニナシ様好みの女性が大勢おります。さまざまな装備、服装。中には、ゴールドを支払って楽しく食事を共にできる店もありますよ」
「……お?」
その瞬間、ニナシの鼻の下が明らかに伸びた。
「良ければ、具体的なプランは私の方で組み立てておきます」
「……よし! 内容がまとまったら見せろ!」
「かしこまりました。日時と詳細が決まり次第、すぐにお知らせいたします」
ニナシは気分を良くしたのか、立ち上がりながら宣言する。
「じゃ、社内を適当に回って、そのまま帰るわ。後は任せたぞー!」
「はい。行ってらっしゃいませ、ニナシ様」
ラフリットは笑顔を絶やさず、軽く一礼してニナシを送り出した。
──表情は変わらぬまま。その瞳の奥にだけ、強い光が宿っている。
(……一ヶ月。それまでに必ず、舞台を整えてみせる)
扉が閉まる音が響いたあと、ラフリットは静かに背筋を伸ばした。




