EP32 今後について
ラフリットとバレイは、かつてからの旧友だったという。
お互いにDtEOに所属していることを知ったのは、配属後の偶然だったそうだ。
「地球側でのフナシ周辺の動きは、以前から怪しかったんです。だから私が警戒を続けていました」
ラフリットの目が伏せられる。
彼は、少なくとも事態を食い止めようとしていた。
「……そして、あの隔壁ボスでの出来事が引き金となりました」
ラフリットの言葉に、場の空気が少し重くなる。
フナシが突っ走って死んだ例の件か……。
「責任の所在を巡って審議が行われました。DtEO内での最高判断機関が動いたんです」
「そして、結果的に……ギルドマスターであるバレイに責任があると、そう結論づけられてしまいました」
「フナシのあれは完全に単独行動だったんだろ? 自己責任じゃないのかよ」
「我々もそう主張しました……ですが通りませんでした」
ラフリットは唇を噛む。そして次の言葉を吐き出すように言った。
「その結果……ギルドマスターの座は、フナシの実弟──“ニナシ”に渡ることになりました」
「戦犯の弟がマスターって……ありえないだろ……!」
俺は声を上げるが、当のバレイはあくまで冷静だった。
「こうなっては仕方がない。追放される前に、出来る限りの手は打っておいた」
「手?」
「まず、ラフリットをDtEOのサブマスターに就任させた。これで、今後の情報は最低限届く。そして──我がギルドハウスを切り離し、独立化させた」
「……独立化?」
「ああ、独立化の機能を駆使して巨大な施設をたくさん作りあの場所を街にしたかったのだがな」
バレイは少し悔しそうに笑う。
そんな計画を考えていたのか。
確かに独立化をすることでギルドハウスを手放す事になるが機能はそのままで残る。
そして、手放したことでまたギルドハウスを建てられるので、それでいくつも建てようとしてたのか……。
独立化させてしまうと完全に手が離れ収入も入らない……メリットが無い行為だ。
身銭を切って街を作ろうとしてたんだな……バレイ。
「……そして、ハトヤさん。この出来事はあなたも無関係ではありません」
「……俺が?」
「本当に、さっき“地球に戻った”と聞いたときは、血の気が引きました」
「……どういうことだ?」
重い空気が漂う中、サナが口を開いた。
「……ハトヤ。あなたに、地球で“逮捕状”が出てるわ」
「……は?」
我ながら間抜けな声が出た。
「理由は“ヒデンスター・ノヴァでの無差別PK”。本当の殺人ではないけど、仮想世界の秩序を乱し、DtEOの業務を妨害しているって……“公務執行妨害”よ」
「……公務? こじつけもいいところだな」
「本当にそうよ! ありえないわ!」
サナは拳を握って怒りをあらわにする。
「……その通りです。ですが、この理不尽が“フナシの弟”によって通ってしまった。私は……どこまでも無力でした……」
ラフリットは悔しそうに顔を覆った。
──そうか。
俺の事務所に集まっていたパトカーは、俺を“逮捕”しに来ていたのか。
「その通りだ、ハトヤ。巻き込んでしまって、本当にすまない」
そう言って、バレイは俺に頭を下げた。
……だが、すぐに俺は肩をすくめて笑って見せる。
「いや、いいんだよ。……これで“面倒な書類仕事”をやらなくて済む」
「え……?」
「帰らなくていい理由ができた。最高じゃねぇか」
そう言って、俺はバレイに向かって、ニッと笑ってみせた。
──一瞬の沈黙が流れる。
誰もが次の言葉を探していた。
「それで……どうするんだ? これから」
俺は、真正面からバレイに尋ねた。
この状況を受けて、彼が何を選ぶのか。それを聞きたかった。
「DtEOは追放となったが……我は、これまでと同じくゴールドスカーを討伐するために動こうと思う」
その言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「やることは、変わらないってことだな。──俺も、引き続き動くよ」
「……ありがとう、ハトヤ」
「修練の塔を奪還する日……ゴールドスカーを倒すって、約束したからな」
──その時だった。
俺の《ヒデンキューブ》に着信が入る。表示されたのは“DtEO”。
「静かにしてくれ」
皆にそう伝え、スピーカーモードで通話を取った。
『あ、ハトヤさん。やはりまだこちらにいらっしゃったんですね』
先ほどの受付担当の声だ。
「ああ。さっきの人か。すまない、地球に戻る前にやらなければならないことがあったんだ」
『そうですか。私はもう到着してますので、早く来てもらえますか?』
「ああ……ところで、結構時間がたってるが……バレイはまだ手が離せないのか?」
『ええ、まだみたいですね……』
その瞬間、通話の向こうに割り込む声があった。
「我ならここにいるが?」
「──バレイ……!」
画面にバレイの姿が映る。
それを見た受付の子は、明らかに驚いた顔をした。
「どうしてもハトヤを捕えたいようだな……DtEOがこんな騙し討ちのようなことをするとはな」
『だ、騙し討ち……? 無差別PKの癖によくそんなことが言えますね!』
舌打ちが聞こえたかと思うと、通信は一方的に切れた。
「……なんなのよ、あいつ!」
サナはずっと怒りが収まらない様子だ。
「まぁ……俺のことを“無差別PK”と、本気で思ってるんだろうな。DtEO内には、そういう噂が蔓延してるってことか……」
「……しばらくは、修練の塔には近づけないな」
バレイはまた申し訳なさそうにしていたが──俺は、軽く肩をすくめた。
「とにかく、状況は変わったが、やれることをやっていこうぜ。バレイ」
そう言って、俺は彼の背中をポンと叩く。
「……すまない──その通りだ」
バレイは、ようやく顔を上げ、立ち上がる。
「ハトヤ。我々は、隔壁ボスとの戦いで痛感した。己の弱さを」
そう言って、バレイは腰の武器を掲げた。
「ハトヤに並ぶまでとは言わん。だが──一ヶ月で、新エリアを開拓し、より強くなると誓う」
「エリア5以降に行くんだな。……応援してるよ」
「よし、では……ラキルとリヴィエールと合流後、早速エリア5で修行だ!」
バレイと俺は、力強く握手を交わした。
──これまでと違う立場になったが、目的は変わらない。
ゴールドスカーを倒すという決意だけが、確かにそこにあった。
そしてバレイたちは、その場をあとにした。




